Ⅳ:信仰 - 狂信の形象 -

〝カルテット〟 / サチュル


 西方の南部に位置する某国、紳士の国とされるその地に、首都である〝サチュル〟という都市がある。

 石造りの建物が比較的多く散見され、かつては決闘の聖地として使われていた巨大闘技場も、この石造りによって建てられている。

 今では、そんな場所も観光の名所として、有名になっているという。

 とにかく――。

 アリスとユキト、彼の有名な殺人鬼である〝殺戮少女アンノウン〟の一行は、西の国からはるばる時間をかけてやって来たのである。

 ただし。

 その内の一人、ユキト=フローレスは、明らかに今回の件に難色を示していた。


「うぅむ……」

「ねぇ。ユキト。貴方はまだ頭を抱えているの?」

「だって。そりゃそうだろうさ。ああ。憂鬱だ。嫌だ」

「まったく。困ったものだわ。小心者って嫌よね」

「なんとでも言えば良いさ。ああ。もう」


 そう。

 ユキトはこの現地に入ってから、否、入る以前から――この仕事を知った時から――ずっと、気分が悪いままであった。

 理由は、本人からすれば、言うまでもなく明白である。

 〝相手が悪い〟。

 百戦錬磨のユキトを以てして、なお、相手が悪いと言わざるを得ない。

 その一方で、呑気な、少女だ。

 元祖、殺戮少女のアリスは、実に飄々とした様子で、クレープを片手にしながら、のんびりと街の中を歩いていた。

 〝サチュル〟の街中は、その構造上、比較的道が細い傾向にあるが、その中でも、今の二人が歩くこの道は、多くの人が行き交う大通りなのである。

 そんな中で、ずっと頭を抱える黒いコートの青年と、それを、呆れ顔で眺めている黒いゴシックドレスの少女。

 好奇の目は避けられない。

 だが。

 今のユキトは、そんなコトを、気にしている余裕などないのである。


「ああ――。駄目だ。今回ばかりは戦闘を避けたい」


 死ぬ。

 今回ばかりは、ユキト自身、無事で済むとは到底思えない。

 最悪のビジョンばかりが、彼の頭の中では流れており、事実、ソレは現実に起こると仮定しても、おかしくはない状況であった。


「アリス。神様から増援を頼めないかな。今回ばかりは」

「馬鹿じゃないの。貴方は。今までにそんなコトをできた試しがないでしょう?」

「いや。そうは言っても。今回は明らかに頭数が足りていないじゃないか」

「仕方がないじゃない。神様がそうしろって言うのだから。やるしかないでしょう」

「うむぅ~……」

「大体。貴方は深刻に考えすぎなのよ。所詮は人間じゃない。いくら数が多いと言えど」

「そうは言ってもね。今回は流石に規模が違いすぎる。ああ。どうしてあんな集団を一手に相手しなきゃならんのだ」

「やれやれ……。ね」


 小心者、と、呟くアリス。

 だが。

 人間の目線から見れば、この状況は、間違いなく旗色が悪いと言わざるを得ない。


 教団。またの名を。〝カルテット〟と呼ぶ。


 ユキトが言う、集団、それは彼らのコトを指す言葉だ。

 口に出すコトもはばかられる、いわば、世界の暗部のような存在である。

 どの時代にも、常軌を逸した狂気的集団とは存在するものであり、ユキトやアリスのような者が存在するのと同様に、加えて、徒党を組んで異常な数に膨れ上がる、そんな宗教が存在している。

 カルテット、つまり、四重奏という意味の言葉だ。

 名前こそ、捻りのないシンプルな団体だが、実情は極めて不透明で且つ実態不明であり、内情がどのようなものであるか、一般の人間は、知る由もない。

 ただ、恐ろしい、近づくべきではない。

 そういう団体、と、世間一般では語られるコトが多い。


『〝口に出せば、消される、殺される〟』


 など、そんな噂さえ、まことしやかに囁かれている。

 正確な規模も、真相も、活動内容も、確かな情報として知る者は、この世界にほとんど存在していないのだろう。

 加えて。

 恐ろしいコトに、この教団の構成員は、世界中にまで広がっている。

 実は、隣に住んでいた彼が、カルテットの信仰者であった。

 など、恐ろしい話が、そう珍しいコトでもない。

 と。

 すべてを踏まえた上で、今回、下った神託を見てみれば良いだろうか。


 ……――〝サチュル〟に根付く〝カルテット〟の〝壊滅〟。


 殺せ、と、カミサマたっての希望である。

 ふざけるな、と、ユキトは内心で憤慨をしていた。

 頭を抱える。

 どうすれば良い、重箱の隅を突いて重箱から中身がすべてあふれ出した時、その対応は、どうすれば良いのだ。

 本当に、神々とは、無能なのではないか。

 ユキトの憂鬱、それは、現在を見据えた未来の想定である。

 生きて帰れる保証が、不透明、不鮮明なのだ。


「相手があのカルテットだなんて。正気を疑うよ。たった二人でどうしろって言うんだい?」

「あら。貴方は。私の力を疑っているの?」

「違う。そうじゃない。キミは確かになにがあっても死なないかも知れない。けどね。ボクが言いたいのはそういうコトじゃないんだ」

「?」

「ボクは。キミとは違う。普通の人間で普通に死ぬ。脆い。そういう存在なんだから」


 そう。

 アリスは、恐らく、なんだかんだ言いつつ結果を残して生存するコトができるだろう。

 負ける姿が想像もできない、それは、断言しても良い。

 ただ。

 ユキトはただの一般人であり、人間であり、神の加護など一切持っていない。

 銃弾が貫けば死ぬし、剣が刺されば動けなくなるし、捕まれば逃げる術などない。

 加えて。

 相手は、あの、カルテットである。

 拷問、と、そんな生易しい代物では、到底、語り得ないだろう。

 死なない、ギリギリのところで、殺し続けられる。

 ユキトは、そこまでを想定し、小さく身震いをする。

 狂気とは、正に、恐ろしいモノなのだ。


 〝人間爆弾〟という言葉が存在する。


 文字通り、人間に爆弾を付けたまま、粛正という名の下に当事者ごと爆破をする。

 標的の破壊と、一人の、尊い犠牲を払う。

 カルテットは、そういった行為を神聖化しており、正当化する団体なのだ。

 嬉々として命じられ、命じ、神の御名の元に裁きを下す。

 恐ろしい、と、それ以外の感想はない。

 と。


「考えれば考えるほどに。関わり合いになるべき組織じゃない。どころか手を下すだなんて愚策中の愚策なんだが?」

「神様が言うのだから。やるしかないわね。残念だけれど」

「はあ……」

「本当に。珍しいわねぇ。こんなに情けないユキトを見るのは久方ぶりだわ」


 あれは、確か、仕事を始めた頃の話だったかしら。

 そう、アリスは目を細めて、懐古に浸っている。

 が、正直、そんなコトに構っている余裕はまったくない。


「大丈夫よ。ユキト。貴方は絶対に死なないわ」

「はい?」

「だって。この私が付いているのよ? って。こういう話。何度言えば分かるのかしら?」

「いや。だってキミ。全然頼りにならないじゃないか」

「殺すわよ?」

「いやいや。実力は本当に折り紙付きなんだって。だけど――」

「だけど?」

「殺し始めたら周りが見えなくなるじゃないか。キミは」

「…………」


 言葉を失ったらしく、閉口、黙ったままユキトから目を外す。


「見えなくなるでしょ?」

「いや……。えっと。どうでしょうね……?」

「見えなくなるだろう?」

「……――ぅっ」


 ついっ、と、今度は横に視線を逸らすアリス。

 分かりやすい、明確な、肯定だ。

 ソレでは困るので、ユキトは、その視線の先に回って強引に目を合わせる。


「殺しを始めて。テンションが上がったその状態で。ボクの様子を鑑みる余裕が。本当にあるのかい?」

「あ、あるわ……よ……?」

「本当に?」


 じいっ、と、ユキトが熱を込めた視線を送り込む。

 ぷいっ、と、頬を膨らませ、アリスはさらに顔を横に背けた。

 曰く。


「貴方が弱いのが悪いのよっ!!」

「ボクのせいかっ!?」

「あぁ! 女の子に守られなきゃいけない。そんなユキトって本当に情けないわっ!!」

「ちょ……。キミってヤツは――!!」

「ばぁか。ばぁか!!」

「キミにだけは言われたくないよ――……!!」


 往来、人が数多く行き交う、そんな場所で子どものような喧嘩をしているアリスとユキトの姿。

 当然。

 周囲の注目は集まるばかりであった。

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