深紅のダンスホール (前編)


     ◇


 談笑。

 晩餐会という名の、フローレス一族が一堂に会す、見世物小屋が進行していた。

 一族の後継者たる、ユキト=フローレスという存在が、確固たるものであるというコトを、対外的に、証明しなければならない。

 フローレスとて、決して一枚岩などではなく、親類――分家――という、数多のフローレスが存在している。

 弱みを見せれば、そこにつけ込まれる、それはつまり自明の理であった。

 故に。

 対外的に、己が権力を示す場を、定期的に設けなければならない。

 十五歳。

 次期当主、ユキト=フローレスという存在は、まさに見世物であった。


 ダンスホールの中心、黒いスーツの青少年ユキトは、穏やかな表情で人々に囲まれている。

 心中、それはもう、呆れ果てるばかりであった。

 が。

 それでも、ユキトは笑みを絶やさずに、携えたままで、堂々たる立ち振る舞いと、理知溢れる言動で周囲を牽制し続ける。

 弱さを見せたその瞬間を、付け狙うような人間は、それこそ星の数ほどいるのである。


 小さな油断が命取りになる。


 彼の性格は、兎にも角にも打算的であり、計画的であり、正に石橋を叩いて渡るようなものであった。

 その性格が功を奏し、彼の人生は、問題はさほど起きていないのである。

 ただ。


「そう――……。本当に。つまらないんだ」

「はい?」

「ああ。いえ。なんでもありませんよ」

「ふむ。そうですか……」


 貴族らしい高貴なスーツに身を包んだ、一人の男性からかけられる問いかけを、ユキトは華麗に躱していた。

 思わず、僅かに、心の中のもやが出てしまう。

 そんな程度に、心の中の不満は、いつでも絶えないままだった。


 ……――今、このボクが奇行を起こして、果てに自殺でもしたらどうだろうか?


 病気か、と、自分でも嗤ってしまう思考だった。

 くすくす。

 笑う、もとい、嗤う、その行為の意味を周囲は汲み取ることができず、思わず、首を傾げるばかりであった。

 分かるハズがない。


 壊れかけの操り人形マリオネットだ。


 誰か。

 ボクを殺してくれよ。

 そして――。


 〝ボクを、鳥籠の世界から、解き放ってくれ。〟


 そんな思考を胸に、外行きの笑顔を、浮かべ続ける。

 だが。



 バァンッ、と、弾けるような音が、ダンスホールに響き渡った。



 騒然とする。

 周囲。

 ハッキリとしている事実は、一つ、今の炸裂音は銃声であったというコト。


 そして、その音の発生源である場所には、一人の幼い少女が立っていた。

 何処から紛れ込んだのか。

 金色の長い髪、黒いゴシックドレス、そして、手に握るのは、黒鉄、銃剣付きの突撃銃である。

 年端もいかぬ、十二、三歳ほどの、美しき少女は、ユキトの方を見て、ふわりと小さく微笑んでいた。



「見ぃつけた――……♪」



 殺気。

 尋常ではないほどの、熱の籠もった紅い瞳を目の当たりにして、瞬時に、ユキトの思考は警鐘を激しいほどに鳴らしていた。

 明確な、殺意、死の香りだ。


 その判断が遅れていたとすれば、一瞬で、命を刈り取られていたかも知れない。


 ソレほどに早い、暇もない、死の音色だった。


「……――ッ!!」


 迫り来る少女と、少女の剣閃を避ける、ユキト。

 辺りにいた人々は、状況の判断が付かなかったのだろう、ユキトが立っていた場所にいた彼らは、ユキトの代わりに血を吹き出している。

 真っ二つ。

 真横一直線に、切り裂かれ、ずるりと身体が割れて落ちた。

 それは、剣才を持つユキトであっても、目で追うのがやっとの速度であった。

 つまり、見てから避けていたのでは、確実に死んでいた。


 大量にまき散らされる、血、深紅の雫が飛び散っている。


 彼女はたったの一振りしかしていない、銃剣、その剣閃でひと薙ぎしただけである。

 ただ。

 それだけのコトで、三つ、四つ、動かない下半身だけがその場に形成された。


「(っ、なんだ……っ!?)」


 ユキトは思わず、その光景に、目を疑っていた。

 ぐしゃり――。

 地面に転がっていた、上半身、ソレを彼女は足で思いきり、踏み潰して砕いた。

 幼い少女が、圧倒的な力で、押し潰したのだ。

 美しき容姿を持つ、絶世の美少女が、悪魔のような所業を取っている。

 無残なほどに。

 当然に。


「……――っ!!」


 理由まではよく分からない、だが、どうやら少女の狙いはユキトのようである。

 一太刀目で、〝見つけた〟と笑みを浮かべながら、一直線に迫った。

 不明瞭だが、しかし、明確だ。


「(武器が要る……!!)」


 せめて、対抗できるだけの、武器が必要だ。

 でなければ。

 この少女に、無抵抗のままで、殺される。

 終わり方としてはだ。

 相応しくない。


「逃さないわ――。残念だけれど」


 体勢を立て直している間に、少女は、再びユキトの方向へ向かって奔る。

 風を切る、と、そう形容するのが正しいか。

 少なくとも、早すぎる、人間の所業とはとても思えないほどに。

 以前に闘った、数多の騎士でさえ、コレほどの速度に匹敵する者はいなかった。

 とにかく、今は、駆けるのみ。

 ふと。

 走るユキトと、走る少女、その間に、多くの人々が割り込んだ。

 衛兵――いや、恩を売りたい者どもの、取り合い合戦か。

 好都合であった。


「邪魔よ――。消えなさい」

「不届き者めッ。子どもだろうと狼藉者は容赦せぬぞ!!」

「狂人の類であろうと。この場に殴り込んだこと。後悔させてくれるッ!!」


 ちょうど良い、時間稼ぎになってくれそうだ、と、ユキトは小さくほくそ笑む。

 全員、もれなく、皆殺しにされるだろう。

 だが、ユキトは、達観して状況を見ていた。

 あの武器を取りに行く、そのくらいの時間は、恐らく稼いでくれるだろう。

 

 今は、ソレだけが、頼りの綱だ。


 剣を握れば、あるいは、勝てるかも知れない。


 最後に頼れる、力、それは剣才であった。

 ダンスホールの、目立つ場所に飾ってある、一振りの宝刀に手を伸ばした――。

 が。

 二人の人間が、その行動を、阻むのだ。


「父上……ッ!!」


 厳格な顔を浮かべ、凛々しく、堂々たる振る舞いで立ち尽くす、黒いタキシードを着た、黒髪の男性。

 そして。

 その隣に控えるのは、清楚たる長い黒髪を携えた、緩やかなドレスに身を包む、美しき女性である。


「ユキト。貴様は。再び剣を取ろうと言うのか?」

「ッ。今は状況が状況なのです。今は――。殺さなければ殺される状況ですッ!!」

「だが――。もう。数多のつわものたちがあの者を取り押さえようとしてる。心配は無用だろう。貴様が出る幕もあるまい」

「その通りです。――母も。貴方がその手を血で染めることは。望んでおりません」

「ですが――……、ッ!!」


 毅然とした、冷酷、淡々とした様子の父母は、ユキトの意見を完全に否定しようとしている。

 聞く耳を持たない。

 だが、ユキトは、半ば確信のようなモノを持っていた。

 絶対に、あの少女は、他の誰でも殺せない。

 ただ、無意味に、此方が殺されるだけだ。


「くどいぞ。言い訳は聞かぬ。二度と剣は握るな。そう。貴様には命じたはずだろう」

「(……チッ!!)」


 馬鹿野郎が、と、心の中でギリッと歯を噛みしめる。

 あの程度の、付け焼き刃程度の存在で、あの化物を止められるはずがない。

 そんなコトすらも、理解できないほどに、愚かなのか。


「断言をします。あの者たちは。必ずや――」


 死ぬことになるでしょう、と、そこまでの言葉を口にしようとした瞬間。

 ハッ、と、ユキトは息を飲み込んだ。

 気配、迫り来る、背後からの殺気だった。

 思考の間もなく、ただ、ユキトは一歩前へ足を踏み出した。

 そう、ただ、本能であった。

 父母の制止を無視して、剣まで、手を伸ばした。


 直後に、鮮血が、辺り一面を激しくまき散らしていく。


 父、それから、母だった。

 少女の右手で、、左手に持つ銃剣の先では、


「……ぅ、ぁ……ぁ」


 どろり、と、父と母、彼らは揃って大量の血を口から吐き出す。

 言うまでもない。

 彼らは、もう、助からない。


「……ぃ、ぉ……、ぃ」


 なにか、声にならない、父がなにかを伝えようとしていた。

 だが、その言葉が、ユキトには分からない。

 届かない――。

 少女は、左手にしていた銃剣を、より一層奥深くにまで胸に突き刺したのだ。

 そして、右手、母の首を少女は握力だけでねじ切った。

 紅い。

 そう、もう形容するコトすらできない、有り得ない現実だった。


「――――」


 惨状だ。

 正に、この場の光景は、筆舌に尽くしがたい地獄である。

 生き残った者は、恐らく、ユキトのみであろう。

 ダンスホールは、完全に、深紅の色に前面が染まっていた。

 死屍累々。

 ある者は千切られ、ある者は斬られ、ある者は貫かれており、ある者は銃弾で蜂の巣となっていた。


「さぁ。貴方はどんな〝楽しみ〟を、私に与えてくれるのかしら?」

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