Ⅲ:フローレスの終焉 - 追憶 / 始まりの物語 -

〝ユキト=フローレス〟 / 籠の中の鳥


 ユキト=フローレス。

 その存在は、フローレス公爵の家柄にあり、そして、次期当主として育った、いわゆる、箱入り息子である。

 幼き頃より学を積み、知識に富み、思慮深く計画的な模範生。

 ただ――。


 一つだけ、そんな箱入り息子として、相応しくない特徴、あるいは、才能があったと言えば。

 剣術。

 先天的に、剣術の才能に、長けていた。


 ちょっとしたものなどという、そんな、世辞になる程度のものでは断じてなかった。

 十歳程度のユキトこどもが、文字通り、戦争を経験して名を上げた、生粋の名剣士を、子ども扱いにした上、一刀で斬殺してしまうという、異常なまでの才能を有していた。

 大した努力もなく、ただ、圧倒的な才能であった。

 しかし――。



『どうするべきだろうか――。我々は』



 フローレス公爵夫妻は、ユキトの名が剣で轟くコトを、酷く毛嫌いしていた。

 類い希なる才能、しかし、公爵の地位に就くべき育った者には、身を守る以上の意味を成さず、むしろ、野蛮という側面が付いてしまうのではないか。

 暴力よりも実務が主軸となる、公爵という、それは立場上の都合であった。

 〝剣で名を馳せる〟よりも〝家柄と顔で世に名を知らしめる〟方が政治の世界では断然に立ち回りがしやすいのだ。

 公爵夫妻に、あまり、選択の時間は残されていなかった。

 ユキト=フローレスの名は、既に、西方の地の剣才として轟きつつあった。

 それは、絶対に、避けたい。

 夫妻の、悩み抜いた末の、結論だ。



『剣を振るう。その一切を。今後は絶対の禁忌とする』



 考えの末に、公爵夫妻は、ユキトから剣術の一切を奪った。

 剣さえ無ければ、優秀なだけの、頭の切れる子になる。

 そう考えたのだ。



『――はい』



 従う他に、ユキトには、道がなかった。

 家の命令は絶対なのであるから、ユキト自身も、幼いながらにソレを理解していた。

 特に情愛はなかったのだ。

 家族として、在るべき形なのか、そんなコトは一つも知らない。

 打算と、利益と、それだけが勝る、そういう世界を、ユキトは将来的に歩くコトが決められている。

 そう。

 自由などという言葉は、縁遠い、彼はそういう世界に身を置いていたのだ。

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