リッパー・ジ・ノエル / END
◇
『デクレの殺人鬼、より上位の殺人鬼により、殺害される……!?』
おおよそ、このような見出しのまま、世間には情報として拡散されるコトとなっていた。
デクレの街は、どうにも複雑な心境のまま、この事件を捉えていたようである。
あの〝リッパー・ジ・ノエル〟は、死体として無惨な姿で上がり、これ以上の被害が出ないことは確定した。
しかし――。
世間を騒がす、より上位の〝
殺戮少女――つまり、アンノウン――は、誰が言葉にし始めたのか、定かではない。
現在、世界中で起こっている大量殺人の犯人とされる、正に正体不明の殺人狂。
一説によれば、
つまり。
「間違っちゃいないよ。アリスは確かに女の子だし。ね」
「神様曰く。「〝正体不明〟に〝名〟の在る〝畏怖〟を」とのコトらしいわ。あえてその程度の情報は世界に流しているのだそうよ?」
「そのコトで。危ない目に遭うのはボクらなんだけど。さ」
「けれども。噂程度の代物だし。大した問題はないでしょう?」
「まあ。ね。ボクらのおかげで世界からは犯罪者が減りつつあるらしいし。〝殺戮少女〟の名前も役に立っていると思う」
「でしょう?」
アリスは心底から嬉しそうに笑みを零す。
曰く。
神様の成すコトに間違いはない。
そう断言をする少女。
ユキトは、それが、どうにも気に食わないのだった。
なにはともあれ、先日の狂気の夜から一夜明け、翌日の朝である。
朝陽を浴びて、既に、デクレの街を出ており、再び、草原と土道の大地を二人は歩いていた。
デクレの街を騒然とさせた、殺人鬼の中の殺人鬼、そんな彼らはもうあの街にはいない。
時間は有限なのだ。
次の神託は、時間を待ってくれはしないのだから、当然と言えば当然のコトである。
次なる、未知の道へと向かって、今日も二人は進んでいくのだった。
「今回は――。比較的楽しかった記憶の方が。多かったかしら?」
「殺し自体は退屈そのものだったろう?」
「そうだけれど。街の中の活気に触れるのは。すごく楽しかったのよね」
「まあ。確かに。アリスとしては新鮮だったかもね」
「貴方と出会うまでは――。私。ずっと殺すコトばかりしか考えていなかったし」
「らしいね。ボクも詳しくは知らないんだけど。さ」
ユキトがアリスと出会ったのは、今から、約八年の前のコト。
それ以前――。
つまり、アリスが、単身で〝神の遣い〟として執り行っていた、数十年間のアリスの話を、ユキトは風の噂程度でしか知り得ていない。
曰く。
目も向けられないような、無残な現場だけが残る、最悪の殺人狂である。
そんな伝承が、今も、地域には残っているようだ。
「(やれやれ――……)」
ユキトは小さく息を吐いた。
本当に――。
「ボクらの存在って。いったい。どうなるんだろうねえ?」
「……?」
こてん、と、アリスは小さく首を傾げる。
分からない。
そんな様子で、視線を、ユキトの方へ向ける。
「アリスが今までに歩いてきた道。そして。ボクらが二人で歩いてきた道。それらを合算して随分と長い期間を殺し続けてきた訳じゃないか?」
「……――うん?」
「アリスが一人で〝神の遣い〟を始めて数十年。ソレに加えて。ボクと一緒に八年間だ」
「ええ。そうだけれど?」
「世界はさ。本当に。平和の方向へ向かっているのだろうか?」
そう。
アリス
想像の域を出ないが、恐らく、半世紀に及ぶ執行の日々だったハズ。
ただ――。
その間に、犯罪者の数は減ったものの、平和そのものが近づいたかと言えば、甚だ、ユキトにとっては疑問を抱かざるを得ないのだ。
一度目のワールド・ウォーは、アリスたちがいた、最中、その間に起こっている。
つまり――。
神々という存在は、世界大戦の発生ですら、防ぐコトができなかった。
無能の証明と言えよう。
神とは名ばかりであり、実際、神の名を冠した別のナニカではないのか。
ユキトは、そう、考えている。
「ユキトは――。神様の影響力を。疑っているの?」
「いや。違うさ」
と、平然、いつものように嘘を吐く。
すらり。
ユキトは、淡々と、言葉を綺麗に並べていく。
「殺戮少女として。当事者として。ボクらの存在がどの程度の平和に貢献しているのか。正直。気になるじゃないか。そういうコトだよ」
「気になるの?」
「それはそうだろう。自分たちの手によって平和がもたらされたのだとすれば。それは。きっと素晴らしいコトだから。ね」
言葉の中にいくつもの嘘を塗り固めていた。
神は無能。平和などどうだって良い。貢献など綺麗事だ。
嘘だらけである。
「私は――。神様がやれって言うコトを。その通りにやるだけの存在だから」
「つまり?」
「よく知らないのよ。自分がなにをどうしているのか。世界がどうなっていくのか。とか」
「まあ――……。キミは。アリスはきっとそうだろうね。出会った頃からそうだった」
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味だよ。言葉通り。他意はないさ」
キミは、神に囚われてしまった、哀れな操り人形だよ。
と、ユキトは、その言葉を口にしない。
小さく、ただ、心の中だけでソレを反芻するのだった。
もう一つ。
やっぱり、キミは、馬鹿な子――考えなし――だよね。
と。
「ちょっと。ユキト。詳しくちゃんと教えなさいな?」
「少しは自分で考えると良い。クセを付けるコトだよ。考えるクセをね」
「むむむっ~……」
考えて。
考える、アリス、その姿は、まあ、可愛らしい。
小さなうなり声を上げている。
ふと。
「あれ……?」
「どうかしたかい?」
「もしかして――。今。私って馬鹿扱いをされているの?」
「あ。ようやく気付いたかい。すごいじゃないか?」
「ああ。やっぱり……。ユキト。今すぐに取り消しなさいっ!」
「はっはっは~」
ぎゃあぎゃあ、と、じゃれ合いながらユキトとアリスは道中を共にする。
行楽気分だった。
昨日、凄惨な殺人現場を作り出した存在とは、誰も思えない。
今日も今日とて変わりはない、アリスとユキト、平和に人を殺して歩く者。
世界が平和になるかどうか。
ソレはさておき。
二人の姿は、今日も、平和そのものである。
……――人殺しでなければ、あるいは、今頃は。
ソレは、きっと、無粋な願いだと思うのだ。
だからこそ。
ユキトは、夢を、見ないのだ。
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