デクレ / 観光


     ◇


「ふふっ。たまには遊ぶのも。悪くはないわね」


 アリスはご機嫌な様子で街道を歩いていた。

 右の手に持つのはオレンジ味のアイスクリーム。

 先ほど露天で買った物である。


 天下の往来、活気のある人々が集う、綺麗な建物に囲まれた都市であるからして。

 観光名所も様々に存在している。

 例えば、三角にそびえ立つ、芸術的な塔があったり。

 あるいは、独創的な、芸術家の描いた絵画の数々が展示されていたりとか。

 他にも、荘厳の歌声が響く、有名な劇場があったり。


『塔も。絵も。歌も。へんてこなのばっかりね?』

『…………』


 アリスの発した言葉に、ユキトは、思わず絶句をしていたのだが。

 さて。

 そうこうして、現在、一通りの街並みを眺めた後に街道を歩いている。


「このアイスクリームは美味しいわ。ユキト」

「キミは芸術よりも食い気だね。まあ。予想通りというかなんというか」

「?」


 こてん、と、アリスは小さく首を傾げる。


『〝……――子どもなんだね。キミは〟』


 などとは、言うまい。

 ユキトは、喉元まで出かかっているその言葉を、懸命に呑み込んだ。

 乗り切った。


「ああ。そうそう。ユキト。まだお礼を言っていなかったわね?」

「ん……?」


 ちょんちょん、と、アリスはユキトの腕を軽く突いた。

 なんだろう?

 今度はユキトが、小さく、首を傾げる。


「この髪留め。買ってくれてありがとうね。とても可愛らしくて気に入っているわ」

「ああ。なんだ。そういうコト」


 先ほどの服屋での話だった。

 とても自然な流れで買っていたので、買ってあげたという感覚すらも失っていた、と、ユキトは心の中で軽く思い返す。

 アリスに似合うだろうな、と、そう思ったから買っただけである。


「気にしないで良いさ。すごく似合ってる。素敵だよ」

「可愛いでしょう?」

「そうだね――。うん。本当に」


 金色の髪に、良く映える、黒い蝶の小さなヘアピン。

 ピンと来た。

 ユキトの感性がそう言っていたのだ。


「惚れ直した?」

「うんうん。そうだね。可愛い可愛い」

「なんだか。急に。相手にされていない気がするのだけれど?」

「気のせいじゃないか?」

「そうかしら?」

「うん」


 などという会話を繰り広げつつ、時刻はそろそろ、昼も落ちて夕方の入り口が見え始める頃である。

 遊びはついでであり、実際の仕事は、調査という名目であった。

 その辺も、つつがなく、ユキトはキチンと終えている。

 主に。

 役目の十割はユキトの功労である。


「さあて。そろそろ。仕事の方へ戻ろうか?」

「あら。そうね。そういう時間かしら?」

「昼間の時間は終わるから。ね。コレからは夜の時間だよ」

「私たちの活動時間。そうね。良い頃だわ」

「そう――。それと同時に。相手の時間でもある訳だ」

「?」


 どういうコト、と、アリスは不思議そうな表情を浮かべている。

 やはり。

 アリスは全然話を聞いていなかったらしい。


「さっき。キミにはちゃんと説明しただろうに。今回の仕事の相手について」

「聞いていたけれど。あまり。興味がなかったのよ」

「また。キミは油断をして――」

「とか言いつつ。貴方も。今回は重要視していないでしょう?」

「む……」


 反論。

 ただ、アリスの言うコトも完全に的外れとは、到底言いがたい。

 油断、とは違う、絶対的な経験値の差。


「私たちにしてみれば。人っ子一人の殺人鬼だなんて。子ども騙しみたいなものだもの。無理はないわ」

「……――まあ。実際のところは。そうなんだけどね」


 ユキトは小さく息を吐く。

 そう。

 二人からしてみれば、今回の事件の犯人は、言ってしまえば本当に〝小物〟程度に過ぎないのだった。

 調べてみても、ソレはより顕著になるだけであり、気負う必要性は限りなく薄くなっていく。

 もっとも、ユキトの性格上、油断という言葉は絶対に有り得ない。


「能ある鷹は爪を隠す。もしかしたら。すごく強いのかも知れないよ?」

「だったら。弱い人間ばかりを狙うような小物の行為を。する必要はないわね?」

「むぅ……」


 ノエル=ベヒッド。

 闇夜に紛れ、背後から迫り、一瞬でその命を刈り取るという。

 リッパー・ジ・ノエル。


 ただし、狙う人間は、ごく一般的な市民ばかりであった。


 つまり。

 弱い者の命をいたぶるだけの、本当に、矮小な存在で在るというコトだ。

 流石のユキトも、気が抜ける、力が抜ける。


「それだけに楽な仕事と捉えましょう。それよりも。今はこの街の楽しさの方が何倍も魅力的だわ」

「そうだね。だけど――。明日にはボクらもこの街を出なきゃならない」

「次の神託も来るでしょうから。そうね。そういうコトになるかしら」


 アリスという存在に休みはなく、同様に、ユキトにも休みと呼べるだけの時間はない。

 いとま

 今日のように、調査の時間を通じて、楽しみを享受できる時間というのは、比較的、珍しいコトでもあるのだ。

 名残惜しい。

 アリスは言わずもがな、ユキトでさえ、そういう感情を心に抱いている。


「……――また。いつの日か。この街に来よう」

「ええ。そうね」


 ふわり、と、アリスは小さく微笑んだ。

 寂しさ。

 それを隠すように、健気に、彼女は嗤うのだ。


『〝だから――。ボクは。神々が大っ嫌いなんだよ〟』


 何様のつもりだ。

 そんな思考に陥った時のユキトは、心底、穏やかな様相とはかけ離れた心情になる。

 アリス。

 〝神の子〟。

 あるいは。

 〝神々の人形〟。

 哀しき宿命を背負わされた、哀れな、小さな一人の女の子。

 そう。

 それが、アリス、目の前の彼女だった。

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