Ⅱ:神託 - 殺人鬼と殺人鬼 -
〝神託〟
アリスは今日も一人で天と語らう。
誰もいない虚空に向けて。
その世界の中で、一人、言葉を紡ぐのだ。
正しい名を〝神託〟と呼ぶ行為。
つまり、コレは、彼女が神々と言葉を交わす交信のようなものである。
「神様。神様。お次の相手は誰かしら?」
『〝××××〟』
「あぁ。そうなの。では、あちらの方角ね?」
「…………」
見えない。
そう、その場を共にするユキトにでさえ、言葉を、姿を、見たコトがない。
いつ見ても、異様、異常な光景なのだ。
星々が煌めく、夜、静寂の中で。
彼女は、傍目から見れば、独り言を言っているようにしか見えない。
わさわさと木々が揺れる、森の中、空に向かって呟くその姿は奇怪そのものである。
「……――神様。ね」
ぽつり、呟く、ユキトの言葉。
彼らと語らう、アリスには、その言葉も届かない。
否、届けばきっと怒るだろう、故に、届かないコトが幸いだと言えようか。
……――ユキトは、神々の存在を、信仰していない。
神々とはつまるところ、傲慢そのものであり、存在そのものに価値がない。
それは、ユキトの信念であるとも言える、絶対に曲げられない価値観だ。
アリスに言えば、それはもう、怒られるだろうが。
内緒の心である。
ユキトが抱える、ユキトだけの、心の在り方。
もっとも、神々が全知全能の存在であるとすれば、こんな思惑は、既に見抜かれているだろう。
見抜かれていないということは、つまり、所詮は神々もその程度であるというコトだ。
あるいは。
神々が、あえて、ユキトを泳がせているというコトか。
「ないな――。ソレは」
一人、静かに、笑みを零すユキト。
神々が無能であるコトは、アリスを遣わせているという事実が、既に証明しているだろう。
いたいけで、無垢な少女を遣わせるコトでしか、世界に影響を及ぼせない。
愚かな存在である。
ユキトの導き出した、結論、答えであったのだ。
彼は、基本的に、無神論者なのである。
語らいを終えたアリスは、静かに、ユキトの元にまで歩みを進めてくる。
「ユキト。終わったわよ」
「ん。お疲れ様」
とっとっ、と、足音を立てながら、ユキトの目の前までやって来た。
黒いゴシックドレス。
暗い森の中では、余計に、目立ちにくい。
たき火の明かりに照らされて、ようやく見える、その程度の容姿である。
それは、黒いコート、ユキトも同様であるが。
「それで。次の標的がいる街は。いったいどっちの方角だい?」
「神様が言うには。もう少し。あっちの方角だそうよ?」
ぴっ、と、指差す方角は森に囲まれた何処かの方角。
全然分からなかった。
ユキトが世界地図を頭に浮かべ、ソレを羅列しても、今の方角と位置関係が曖昧なのである。
「街の方角はともかくとして。名前。名前の方が重要だよ」
「忘れちゃったわ。もう」
「馬鹿」
「馬鹿っ!?」
「もう一回。聞いてきて。ちゃんと」
「駄目よ。神託はすごく疲れるのだから。一日一回が限度なの」
「なら。どうしてちゃんと覚えておかないんだ。キミは」
馬鹿なのか、と、ユキトが淡々と言葉を口にする。
直後。
アリスは憤慨するように、地団駄を踏みながら、ユキトに向かって言葉をぶつける。
「貴方ねぇ――。たかが人間風情の存在で。私を馬鹿にして良いと思っているのっ!?」
「別に構わないだろう。アリスは馬鹿なんだから。馬鹿に馬鹿と言ってなにが悪い」
「んなっ――!?」
「キミがちゃんと情報を覚えていれば。つつがなく。行動をしっかりできただろうに」
馬鹿、馬鹿、と、連呼されるアリス。
ぷるぷるっ。
ああ、怒っているなあ、と、分かりやすい態度である。
「どうして――。人間風情にここまで言われなきゃならないのよ」
「計画性。知略。行動面。すべてにおいてレベルが低度だからじゃないか?」
「死んで頂戴。貴方――。今すぐに死んで詫びるべきだと思うわ」
わなわな、と、拳をしっかり握って、ユキトへと迫るアリス。
ただ。
ユキトの方は、至って、冷静であった。
よく起きる。
じゃれ合いのような行為であったから。
「ボクが死んだら。誰が。キミを守るって言うんだ?」
「私一人でも十分だわっ!!」
「へえ。ほお?」
続く言葉に、アリスが、返す言葉を失った。
「キミは。独りぼっちの旅に。再び戻って構わないと?」
「っ……。うぅ~……」
たじたじ、と、下を向いてしまう
寂しいよ。
と、彼女の態度は、雄弁にソレを物語っている。
そう。
できもしないコトを、言うものではない、言葉にするだけ無駄なのだ。
「さて、と。今日はもう遅いから。早く寝るとしようか?」
「……うん」
「よし。いい子だ」
「子ども扱い。しないで」
「はいはい」
ぽんぽんっ、と、アリスの頭を撫でるユキト。
静かに目を伏せているアリス。
まんざらでもない様子であった。
「(どう見たって。子どものそのものだよ。キミは)」
何十年生きていようと。
殺人鬼であろうと。
変わらない。
純真無垢。
故に、ユキトは、アリスに魅せられたのだ。
自分の人生を捧げても構わない、と、そんなコトまで考えてしまった。
でなければ、
ユキトもユキトで、大概に、気が触れている。
そういうコトなのだろうか。
小さく思考を巡らせる、青年、名もなき騎士の独り言。
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