第5話 かえるの王子様
『どうして王子様でない者が、あたしの庭にいるんだい?』
漆黒のドレスを身にまとい、『魔法の鏡』を持った女が言った。
「あなたが、姫ですか?」
突如目の前に現れた女に向かって、不二ホクトが尋ねる。
「いや、あれは魔女だ。姫などいないんだよ。魔女の作り出した設定なんだ」
三ツ矢テツヤが鼻をすすりながら言う。
時計塔前の広場。一人の黒き魔女に一人の王子様と一人の筋肉バカが対峙する。そのわきには倒れた三人の王子たち。
『そうか……貴様、前回の生き残りか』
魔女はテツヤをにらみつける。
「ちょっと話が見えないんだけど、『前回』っていうのは……?」
置き去りにされたホクトが言う。
「そのままの意味だ。このバカげたバトルロイヤルは、繰り返されている。自分は前回の戦いから逃げ出し、身を隠していた元王子ということになる」
『貴様が不協和音の原因か……それで
正五角形をした農学部の敷地、中央にそびえる塔。ここがすなわち『魔女の庭』そのものなのだ。
「魔女は5つの王子の魂を庭に集め、悪魔召喚の儀式を行う。前回は自分が離脱したせいで、儀式はうまく終了しなかった。だから奴はご機嫌斜めというわけだ」
「なるほど」
5人中3人の王子を支配下に置いた不二ホクトの理解は早い。
「そうすると、荒野キキョウに与えられた魔眼『
魔眼に捕えられた落窪リオンは、実のところ一足先にここを訪れていたのだ。この三ツ矢テツヤの邪魔が入らなければ。
「あなたは我々がこの『魔女の庭』に足を踏み入れないよう、妨害していたということですね」
「その通り」
『あたしを無視してフリートークとは……。余裕をこいていられるのも今のうちだけ。さぁ、宴をはじめよう』
魔女の声に呼応して、五芒星大学の敷地に
『あ……れ……?』
何物も現れないことに、魔女が少々慌てた様子を見せる。
「本当に他人の話を聞かない人だ。自分は今回、王子様ではないと言ったはずだ。ただの友達思いな一般人だとね。お前はまだ、5人目の王子様を正しく認識できていないッ!」
テツヤの時間稼ぎはもう充分だった。
魔女のすぐ足元まで忍び寄っていた僕は、渾身の力で跳躍し、ぺっちゃりと、その顔面に貼りついて見せた。
「いやぁぁ!」
魔女の魂は『魔法の鏡』に宿っている。儀式を執り行うためには肉体が必要だ。魔女はいたいけな新入生女子の身体を乗っ取っていたのだ。
しかしそのいたいけな女子大生は、顔面にカエルが貼りつくというショックによって正気を取り戻したのだった。
少女は素手で触れるのもおぞましいとばかりに、その手に持っていた『魔法の鏡』によって僕の――カエルの身体を引きはがし、あろうことか一緒に時計塔の壁に向かって投げつけてしまう。
◇◇◇
「さぁお姫様、僕はもうおなかいっぱいです。今度はいっしょに眠りましょう。もちろんあなたが毎日スヤスヤねむっている、ゴージャスな天蓋付きのベッドで、いっしょにね」
「くたばれ、このいやらしいカエル野郎ッ!」
お姫様とは思われない乱暴な口調でそう言い放ち、少女は僕をひろいあげるなり、力任せに壁へたたきつけた。
◇◇◇
そんな前世の記憶を思い出して、僕は――井上ケイは、カエルの王子様だったことを理解した。というか、本当に自分の身体がカエルのそれになってしまっていた。
カエルの王子様がお姫様のキスによって目覚めるなんていうのは、後から生まれた創作であって、真実はこんなものだ。お姫様に殺意満々ぶん投げられて、壁に激突して魔女の呪いが解けるのだ。
僕がカエルの姿になってしまって、僕以上に悲しんだ者がいる。三ツ矢テツヤだ。
彼は悲しみのあまり胸がはちきれそうだからと言って、その大胸筋を三つの鉄のタガで封印した。その時彼は初めて、自分が『前回』の生き残りなのだと話してくれた。自分が逃げたから、儀式が再び始まってしまったのだと、彼は自分を責めた。だから僕らは、ともに魔女の計画を打ち砕く計画を立てたのだった。
『邪魔ばかりしおって……』
声は、近くの木にとまったカラスの口から聞こえた。
目が赤い。
魔女は『魔法の鏡』を捨てて、通りすがりのカラスの目に移ったのだ。
『今回の宴は終わり。また次の舞台を整えるとしよう。ただ……』
カラスは大きく羽ばたき、そののち急降下。
『腹いせにお前を殺してから退散するとしよう!』
カラスの爪が
『ゲコッフ……ッ』
カエルの鮮血が飛び出す。
「き、貴様ぁ! 第三のタガ、封印解除!」
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