第3話 シンデレラの王子様

 オレ様は――落窪リオンは、シンデレラに出てくる王子様だったことを理解した。


 王子様は、残された靴を頼りにシンデレラを探す。きっと靴から伸びる脚を思い起こし、毎晩そのにおいをかいでいたに違いない。究極の脚フェチ物語だ。ちなみにオレ様もそうだった。


 至高の美脚を追い続けたオレ様が行き着いた答えがコレだ。


「自らを至高にしていく」


 自分が美脚になれば、いつでも好きなだけ美脚を見ることができるじゃないか。


 オレ様は金をかけて下半身を脱毛し、ある先生のもとでトレーニングを重ねた。トレーニングのしすぎで下半身ゴリマッチョになりかけたこともあったが、試行錯誤の末に美脚を手に入れた。


「オレ様のウィッチクラフト」


 とか言ったのはハッタリで、異能も何も発動させず、ただズボンを脱いで美脚をあらわにしただけ。


 作戦は成功して、荒野キキョウはぶっ飛ばされてクスノキに引っ掛かりダウン。オレ様は現実世界に戻ってきた。


 ちなみにキキョウをぶっ飛ばしたのは、先述の通りオレ様の異能ではない。


 第三者の介入だ。


 オレ様はキキョウの魔眼に捕らえられる直前、視界の端に彼の姿をみとめた。だから『魔女の庭』という気味の悪い異空間で下半身を露出し、魔眼がこちらを向き続けるようにあえて仕向けたのだ。


 『彼』がこの戦いに参入してくることに賭けて。



「まさかテツさん、あんたも王子様だったとはな……」


 荒野キキョウをワンパンでぶっ飛ばした大柄な男。それは工学部の三ツ矢テツヤだった。


「…………」


 テツヤ先輩は、オレ様がほとんど唯一心を許す男性だった。なぜなら彼は、オレ様の下半身トレーニングに無償で付き合ってくれたからだ。


「すまないが、自分は君を助けようと思って助けたわけではない。魔眼をつぶしておくのに好機だと判断したから飛び出したまで。そうしたら、勝手に君が助かったのだ」

「テツさんは正直だね。さすがオレ様の認めた男」

「あまり褒めないでくれ。自分は今から、弱った君を倒そうとしているのだから」


 テツさんが静かに酸素を吸引する。服の上からでもわかるほど、筋肉が肥大化する。


「フンッ」


 巨体が瞬時に消え、オレ様の前に再び現れる。両手を組んで勢いよく振り下ろされる。ダブルスレッジハンマーだ。


「グッ……」


 とっさに両腕をクロスしてガード。


 まともに受け止めてしまった身体が沈み、硝子の靴がひび割れる。

 

 ――パキッ

 

 足元から悲痛な音がして、ガラスの靴が完全に割れてしまう。破片がオレ様の美脚を傷つける。


「いってぇ……」


 ドクドクと血が流れ、ガラスの靴を赤々とした色に染めていく。頭にも血が上って、視界もなんだか同じ色に染まっていく。


 しかし、オレ様にとどめを刺そうとしていたテツさんが後方へ飛びのく。


 その判断は正解みたいだぜ。


 オレ様自信も知らなかった能力が、今目覚めようとしている。


「これが本当の力か……魔女狩りの異能ウィッチハント血濡れの靴アシェンプテル』」


   ◇◇◇


 ガラスの靴を履いて、カボチャの馬車に乗ってお城へ向かうというのは、後から取ってつけられたものだ。


 実のところ、灰かぶりの少女に金糸の洋服を与えたのは彼女の家の鳩たちだったし、彼女がお城に残していったのは、金の靴だった。


 灰かぶりの意地悪な義理の姉たちは、自分たちが王子様に気に入られようと、無理やりに足をその靴にねじ込もうとする。一人目の姉はつまさきを切り落とす。二人目の姉はかかとを少し切ってしまう。


 しかし血濡れの靴に王子様は騙されない。


 そうして最後に出てきたシンデレラが、王子の探していた娘だということがわかる。


 王子様とシンデレラの結婚式で、意地悪な二人の姉は鳩に目玉をえぐられて失明する。


   ◇◇◇


 ぶくぶくと、ガラスの靴を満たした血が泡立つ。


『くるっくー』

『ぽっぽー』


 蒸気が沸き上がって形を成し、オレ様の肩に二羽の鳩が止まる。


「さてと、では童話の通り、目玉をえぐってきてもらおうか」


 血の鳩が飛び立つ。


 対するテツさんは、上着を脱ぎすて、シャツを引き裂く。

 上半身は見るまでもなく筋骨隆々で……しかし、三本の鉄の輪がその筋肉を胸元で絞めつけている。それはまるで、桶の枠組みを固定するたが


「あぁ?」


 必然、上半身裸の筋肉男と下半身美脚の美男子が向き合う形となる。


「第一のタガ、封印解除!」


 声とともにテツさんが両腕を上げてポージングすると、大胸筋下部を抑えていた鉄の輪が勢いよくはじけ飛ぶ。


 高速で飛ぶ鉄片が、オレ様の鳩ちゃんを空中で串刺しにする。


「あぁ悲しい。悲しいから胸のタガで抑えていたのに……解除させないでくれよ」


 オレ様が最後に見たのは、テツさんの涙にぬれた頬だった。

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