第2話 ラプンツェルの王子様

 私は――荒野あれのキキョウは、ラプンツェルに出てくる王子様だったことを理解した。


 そして己の能力を理解した瞬間に、目を閉じた。そしてそのまま開けなくてすむように、ふだんは自慢の金髪をかきあげているヘアバンドでもって目隠しをしてしまう。


 文学部棟のラウンジスペースを出て歩き始める。


 文学部と法学部の交差点に位置する食堂から、異音が発生していた。


「どけどけぃ! オレ様のお通りだぁ!」


 食堂の扉を蹴破って出てきたのは、巨大なネズミの引くカボチャの馬車。

 その様はあまりに荒々しく、シンデレラが乗る馬車というよりは、古代の戦闘馬車チャリオットのようだ。すなわち――


「リオン様のカボチャリオットのお通りだぁ!」


 法学部の落窪おちくぼリオン。ちょっとした有名人だ。


 私は襲い来る巨大ネズミの出っ歯から身をかわし、中央にクスノキの鎮座する広場に出た。

 カボチャリオットはクスノキの周りを猛スピードで周回し始める。完全に目が合う。戦闘開始の合図だ。


 私は自らの金髪ブロンドを3本抜き取り、宙へ投げる。

 金の糸は空中で染色体のように分裂し、見る間に網を作る。


「チュ……」


 次の瞬間、突撃してきたネズミが断末魔を上げる間もなくひき肉と化す。金のワイヤーがレーザーのようにそれを切断したのだ。


「うぉ、あぶねぇ」


 落窪リオンはギリギリ網にかかる前に回避していた。彼の足が離れたとたん、カボチャもネズミも粒子となって消えた。


「てめぇ、何の罪もないネズミちゃんを……」

「何の罪もないネズミさんを戦いに引き込んだのは君の方でしょう」


 私の金髪も硬度を失って地面へ。


「やはりお前と決着をつけないと、先には進めそうもないな」


 リオンはグレーのコートについた砂埃を払いながら立ち上がる。


「心配しなくても、君は先に進めないよ。ここで死ぬのだから」


 私はヘアバンドを持ち上げる。


「魔眼開放――『魔女の庭ラプンツェル』!」


   ◇◇◇


 ラプンツェルと王子様の密会は、やがて魔女の知るところとなった。


 魔女は怒り狂い、少女の長い長い金髪をバッサリと切ってしまい、彼女を荒野へ追放した。


「ラプンツェルや、ラプンツェル、おまえの髪の毛さげとくれ」


 何も知らない、王子の声。魔女は切り取った髪を下げて、彼を塔の上へ招き入れる。


「おやおや! 処女好きの王子様。お前の大好きな小鳥ちゃんはもういないよ。獰猛な猫がさらっていったのさ」


 王子は絶望のあまり塔から飛び降りた。


 命は助かったものの、いばらの棘が目に刺さって、盲目となった。


   ◇◇◇


「しかし実のところ、かの魔女と私なら、趣味が合うかもしれないと思うのだ」

「ひどい趣味だ」

「生まれた時から塔の上に閉じ込めて、男を知らぬ処女をつくる。天才の発想だよ、まったく」

「どうりで『魔女の異能ウィッチクラフト』をずいぶんと使いこなすわけだ。空間に干渉する能力者がいるなんて聞いてないぜ」


 私の『魔女の庭ラプンツェル』の中で、落窪リオンがわめく。


 私の魔眼は完全に彼をとらえ、異次元にこしらえた『魔女の庭』に閉じ込めた。


「せいぜい、魔女に見つからないようにな」


 一度魔眼を発動し、標的を捕えてしまったら、もう私にやることはない。


「さて、オレ様も本気を出さなくっちゃあいけないな」

「はぁ? 今更どうあがいたって……」


 私は目を疑った。否、魔眼を疑った。


 落窪リオンは『魔女の庭』という異空間の中で、突然スキニーパンツを脱ぎ去って下半身はボクサーパンツ一枚となり、グレーのコートからぬっとその美脚――男子大学生にしては美しすぎるそれをのぞかせ、こう唱えるのだった。


「これがオレ様のウィッチクラフト『硝子の靴サンドリヨン』!」

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