捨てた少女
七加は黙ってひなきの話を聞いていた。
そしてひなきが語り終わったタイミングで
「やっぱりひなきの方が正しかったんだ!
冴は悪い奴だよ、一緒に冴に報いを受けさせよう!」
「よく言う...新島の味方だった癖に。」
「何度も言ってる!ナナは良い方の味方なの。ごめんね?冴が悪いって気がついてあげられなくて。」
ひなきは目を見開いた。
それは中学に入ってから一度だって言われていなかった言葉。
心からのごめんねという言葉。
冴が悪いという至極当然の言葉。
目から涙が零れた。
古屋七加は使手ひなきの味方なのだと実感した。
「こっちこそ....悪かったわね。
嬉しかった。あたしのこと信じてくれてありがとう、、。」
頬を赤らめながらそう言う。
確かにこの時友情のようなものを感じた。
数時間の間、七加とひなきは玄関先で談笑しながら暇を潰した。
互いにいじめのことには触れず学校でのイベントごとの話やテストの話で盛り上がった。
七加は数学が苦手でひなきは比較的数学が得意だということ、ひなきが好きな実技の教科を七加も楽しんでいること、少し先にある合唱祭で七加が指揮者をしたがっていてひなきはアルトパートを歌いたいということ。
他愛もない話をする色付いた時間は長かったけれど一瞬に感じられた。
「ひなき帰っている?」
母の声だ。
ひなきの体は意思に反して震え出す。
「古屋は帰って。あたしはママと向き合わなきゃいけないから。」
七加と友人になれたことで何かが変わった。
狂ってしまった母親は怖いけれど関係を帰られる気がしていた。
七加がいなくなり家の扉が開く。
「おかえりひなき。私の可愛い娘。」
母の機嫌はいつもより良く強く抱きしめられた。
「っ!?」
母が何かに驚いている。何故?
ひなきには分からなかった。
しかし数秒後、自分が浅はかだったと知る。
関係の修復なんて出来ない。
変化を望めばあるのはきっと.....。
「ねぇ、ひなき。誰かといたの?
私の家の前で誰かと..!ひなこを裏切るの?」
半狂乱で騒ぐ母を見つめて白けている自分がいる。どうしてこの人はこんなに荒ぶっているのか、自分のせいなのは分かっているが
こんなにも耐えている子どもに向かってする態度なのかと思ってしまって。
七加との楽しい数時間を掻き消されたことに無性に腹が立って。
「とりあえず...おうちに入りたい。
ここじゃあご近所さんに迷惑がかかって...
カラス、投げられちゃうかもよ。」
性格が悪い。自分への一番の感想だ。
あんなに愛してくれた母を。
あんなに慕ってくれた妹を。
あんなに慈悲深かった父を。
あんなに馬鹿だった自分を。
それでも幸せだった家族を全て、本当に全てを愚かさ故に崩壊させておいて自分は可哀想なフリをしている。
「ごめんね、、。こんな..馬鹿な娘で。
でもね..もう疲れちゃったの。
あたしね、やっとホントの友達が出来た。
邪魔 しないで欲しいから。」
護身用と銘打った過剰防衛で母が玄関に置いている大きな包丁。料理用でもない本当に人を傷つけるために見える包丁。
母が家に入るため背を向けた一瞬、ひなきはその包丁を手に取った。
「誰と一緒にいたの!!?ママを裏切ってひなこを悲しませてっ!何がしたいのよっ」
ひなこは姉にお姉ちゃんは悪くないと言ってくれた。悲しませたのはひなきじゃない。
大元は冴であり、今苦しめているのは、、。
「ママじゃん。ひなこのこと呪いみたいにしてんの、ママじゃんっ!」
そう叫んで包丁を振り上げた。
結局変われなかった。
愚かなひなきはこれしか方法を思いつけなかった。何度も刺して肉塊になった母だったものを眺めて、へなへなと床へ座り込む。
血が好きなわけでも猟奇的な殺人者でもない。しかし何故か頬が火照る。喜びを感じる。感じてはいけない喜びを。
その喜びを感じてはいけないと知っているからひなきにはもう一つ考えがあった。
「七加..数時間の間だったけれど楽しかった。ごめんね、七加は心の.....綺麗な人だった。」
母に刺した包丁で自分の心臓を突き刺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます