痛々しい少女
「何?」
「何って、一言言ってやろうと思っただけだよ。冴を虐めるのやめてって。」
いつもの通りに冴を虐めていたひなきだったが七加に無理矢理手を引かれてトイレまで連れて来られた。というのがこの会話の発端。
「いつも言ってんじゃん。古島がいなくなったと思ったら今度はあんたが邪魔をする。
あたしは新島冴を壊さなきゃいけないのに」
俯いて涙を堪えるひなきに七加は違和感を感じた。ただ快楽と狂気で虐めている訳ではないのかと。もし違うのだとしたら自分のしたことは自分のしたかった正義なのかと。
「ひなき...何かあったの?冴と。」
「何で教えなきゃいけないわけ?」
「虐めてるのに原因があるならナナはひなきの方に寝返るかもしれないから。
冴を裏切るかもしれないから。」
七加は決意した顔で言った。
しかしひなきは信じられる筈がない。
理由があって虐めていたとして、そんなに簡単に意見を変える人間を友達として信用しろと言われたところで無理に決まっている。
似千花といい、七加といい何も聞かず何も考えずに殴られる方が可哀想だという思考の持ち主だ。ひなきは小さく舌打ちをして「死ね」と一言だけ言った。
もう話すことなどないという様に振り返り教室へと足を進める。
七加は止めることが出来なかった。
何も聞かずにひなきに悪いことをしたかもしれない、という罪悪感からではない。
自分の正義を見せつける機会が無くなったという絶望からだった。
冴を助けていてもそれは正義ではない。
その仮説は妙に説得力があって七加はひなきのことをもっと知りたいと思った。
ひなきは昼食をいつも残さない。
恐らくピーマンや茄子は嫌いなのだろうが教育が良かったのか最後まで残さず平らげる。
おかわりもする。
その割には肉付きは悪く不健康なまでに痩せているように見える。
というかやつれている。
ストレスが溜まっている証拠だろう。
「どうしたの?ナナちゃん。」
もう冴のことなんかどうだっていい。
きっと冴よりもひなきの方が辛い思いをしているのだから。
「ナナはいつだって正義が好きなだけだよ」
自分勝手な理論をかまして冴を遠ざける。
眉を顰めた冴はおよそ弱々しい乙女には見えなかった。
「ねぇ、朝から下校まで何な訳?ストーカーじゃん。」
「ナナはひなきのことが知りたいの。」
「気味悪い。新島のこと庇ってなよ。
そっちの方がまだタチが良いから。」
「どうすれば信じてもらえる?」
「無理。」
言い切られてしまった。
七加は帰るフリをして物陰からひなきを見守る。ひなきの家は七加にとって不思議な空間だった。
広くて裕福だろうに手入れのされていない庭に大きいくせに幾つもヒビが入っていて修繕もされていない窓。郵便受けには大量の広告チラシやハガキの山。
まるで人が住んでいない風な大きな家。
ひなきは家の扉を3回ノックして「ひなきだよ、帰って来ました。今大丈夫なら空けてママ。」と発した。
扉が開けられる気配はない。
学校でなら怒鳴り散らすひなきは何も言わずに扉の邪魔にならない位置に腰を下ろして疼くまる。学校の課題を広げて伸び切った草木の中でシャープペンシルの芯を伸ばす。
いつものことなようだ。
見たことのない光景すぎて気になってしまい七加は帰るに帰れない。
「ママ」
ポツリとひなきが呟く。
未だ扉が開かれる気配はない。
家に灯りは灯っているのに厳重に閉められた鍵は開かない。
痛々しく思えてきた。
暑くなりつつこの屋外で何時間も水すら飲まず座っていたひなきの体が傾いていく。
七加は慌てて木の陰から飛び出した。
「大丈夫!?」
「古屋...?何でここにいるわけ?」
「家入れないんでしょ。ナナの家来て。
病気になっちゃうから。」
「ここが心地良いから座ってただけ。」
「じゃあ何で寝転んでんの?」
「寝っ転がりたくなった。」
「そう、どうでもいいから来て。」
正義の行使が出来ている気がして七加の気分は上昇しまくる。
「やめてって!ママが出てくる時にここにいなきゃいけないの。ここにあたしがいなきゃ
心配しちゃうのっ!あたしに関わんなよ!」
「じゃあ動かなくていいからお茶飲んで。
ナナの新品の麦茶あげるから。」
ペットボトルを強引に渡しドヤ顔。
「何でそこまであたしに恩を売りたいの?」
ひなきが今までになく弱々しく問いた。
「恩を売りたいんじゃない、言ってる筈よ。
正しい方の味方でありたいの。」
「..........。これ以上ストーカーされるのも気味悪いし。話したげる、あたしが新島冴を壊す理由。」
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