正義感の少女

古屋七加は虐めというものが大嫌いだった。

どんな理由があろうと人が人を人間でないもののように扱うのは見てて気持ちの良いものではなかったし、周りをも巻き込む可能性があるなら尚更のことだ。

しかし七加には度胸や覚悟が無かった。

小学生の頃、虐められた上級生が死んだ悲報を聞いたり実際にクラス内で虐めが起こっていた時ですら前に立って「やめろ!」ということなんて出来なかった。

正義感だけはあるのに正義感を振り翳す度胸がない。なら、何も考えていないのと同じ。


七加がこんなにも虐め嫌いなのには理由がある。七加は名前にもある"七"の通りに7番目の子どもで家庭はとても裕福とは言えない。

ご飯を食べられない訳ではないが流行りの玩具を買って貰える程でもない。

テレビで見るような貧乏だけど頑張る大家族程ではないが一般家庭より質素ではある。

そんな何とも言えないような家の中、兄弟が自分を含めて7人もいれば自ずと喧嘩は絶えない。裕福なら物を取り合う必要はないし、

貧乏だと言い切れる程に困窮していたなら互いに支えあえただろう。

だが古屋家はそうではない。

幼い頃から兄や姉に自分の物を隠されたり取り上げられたりする日々。

上の兄弟の喧嘩に割って入ることが出来ずに巻き添えで殴られる日々。

それを七加は一種の"虐め"だと捉えていた。

両親に言おうと、それは兄弟喧嘩の一環だと言って聞かない。

そうなのかもしれないが困っている家族がいるのだから話くらい聞いてくれても良いじゃないかとは思ったけれど生活が苦しくなりがちな古屋家で親の仕事の邪魔をしたり親のストレスを溜めさせるようなことは出来なかった。


小学校においては特に流行りの物を持っていない人間は負け組だ。

校庭で鬼ごっこやサッカーをしている陽の者達に混ざれれば手ぶらでも楽しいのだが、

運動神経もそこそこだしコミュ力が高い方でない七加は態々入っていく勇気がない。

陰の者は大体趣味による道具をこっそり持ち寄っているからそこでの流行りに乗れなくては話についていけない。

ただその場で頷く装置になってしまう。

被害妄想かもしれないがそれは虐めだと思える程に辛く苦しいものだった。

子どもなんて、仲良くしてたところで自分の望む物を持っていない友達なんてすぐに切り捨ててしまえる奴が多いのだから。

何も持っていない七加は嫌われているのだろうという妄想の中で足掻くことも出来ない。


中学は特待制度を利用して私立へ通うことになった。頭は特段良いわけでもなかったがスタートダッシュが欠けていた小学校での失敗を中学でも引きずりたくはなかったからだ。

中学校でも虐めは存在していた。

仲が良いとかそういうのではない子が虐められている。嫌な気持ちになったけれど割って入ることは相変わらず出来なかった。

古島似千花が死んだ。

七加が冴を庇ってやれなかったのは似千花が先に庇ってしまったからだ。

勇気を出そうとしていた七加にとって似千花は自身より正義感の強い憧れでもあり、自身の存在価値を奪ってしまうような強敵にも感じていた。そんな強敵の死ですっかり勇気が出てしまった七加は長年の目標であった正義感の行使を実現したのだった。


「冴、今日もこっぴどくやられてたね。

大丈夫?」


「ナナカちゃんがだいぶ守ってくれたし平気だよ、ありがとうね。」


冴の笑顔は七加の心を満たす薬。

ずっと正義を実現出来なかった病んだ心への光。この光を大切にしていかなくてはならない。

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