開戦

 日緋色と魅傀が実戦授業に入っていくクラスメイト達を見送りながら待ち続けて、そろそろ二時間が経過しそうになっていた頃。

 「にゃあ……眠いよお」

 「ちょっと魅傀。あんまり肩に寄っかからないでよ」

 眠たげに目を擦りながら肩に頭を乗せる魅傀と、鬱陶しそうにしつつ、いつでも自分の出番になれば最善を尽くせるようにREXの点検に余念が無い日緋色。両者正反対の様子で、長い待機時間を過ごしている。

 (魅傀じゃないけど、確かに暇なのよね。入っていった人たちは先生の作った迷路を進んで、用意された敵を魔術で倒して、そのまま別の出口から出ていくことになってるからいつ出番が来るのかも分からないし。

 入っていった数と、待ってる数が大体半分になった所から、全然進んでないし。斎藤先生は様子見に行ったっきり帰ってこないし)

 「………にゃ?」

 日緋色が考え事をしていると、突然魅傀が頭を上げた。日緋色が何事かと見てみると、眠そうな目だった表情が真面目なものに変化している。

 「どうしたの?魅傀」

 「今、悲鳴が聞こえた気がしたにゃ」

 「悲鳴……?誰か怪我でもしたのかしら?それとも……まさか、お化け……?」

 自分の想像で血の気の引いた表情になった日緋色のREXを持つ手に力が入った。

 (……………何? この感じ? 何だか、少しずつ寒くなってるような……まるで、大量の蝋燭の火を一本ずつ消して行ってるような、悪意のような感覚がする)

 そんな時だった。まるで、生きたまま喰われているかのような張り裂けた悲鳴が響き、ダンジョンの入り口から誰かが出てきた。

 「あああああああああああああああああああああーー‼」

 いいや、この不確かな表現は少々その場に不適切だろう。

 「何⁉今の悲鳴!」

 「入り口からだ!」

 「あれ斎藤先生じゃねえか」

  ダンジョンの入り口は、元々が廃棄場としての設計がなされていたため、入るときは地下に通じている穴に入って梯子を降りて行く必要がある。必然、入り口から出て来ようと思えば、入ってきた穴を上って這い出てくる必要がある。そのため、出てくる人間が梯子を上り切れていなくても、上半身だけでも姿を見せることが出来る。

 「み……みんな……!」

現状はまさにその状況。上半身だけが出てきているのだ。肩で切り揃えた髪はボサボサに乱れて、涙と汗と鼻水に濡れている。服は破れているし、今朝上手く濡れたの、などと女生徒と話していたネイルはボロボロだ。どう贔屓目に見ても平常な状態ではない。

 「た、たすけ……っ」

 それでも、助けを請いたい少女のような泣き顔を奮い立たせて、一言こう叫んだ。

 「――っっ‼ 逃げてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーー‼」

 そんな彼女の人生は、そんな教師の鏡と呼んで差支えない絶叫を最期に。パキュリと音を立て、腹の中身を零していって、幕を閉じた。

 一つだけ、無理やり救いと結びつけるとしたら、死に際の恐怖に塗れ、女としての矜持を諦めざるを得なかった彼女の遺体が、一欠片も残さずに喰い尽くされた・・・・・・・ことで、醜悪な姿を晒さずに済んだことだろうか……。

 バキバキと小屋を破壊する音と共に現れたのは、高さ三メートルほどは有るだろう、白くて、口元が赤い・・|巨人。巨体に負けない程大きなカニのツメのような右手で近場にいた女生徒を一人拾い上げ、頬と顎をバキバキと鳴らして怪物のように拡げた口元に運んだ。

 「え⁉ 何、何これ何なの⁉ 離して‼ いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーー‼」

 突然の出来事に、目の前の光景を処理できない少年少女たちは立ち尽くし、惨い最期を今まさに迎えようとしているクラスメイトを前にして動くことも出来ず、助けを求める声に、まるで現実味が湧かない。

 一体、これは何だ?

 「ガアアアアアアアアアアアア……」

 女生徒を口に入れようと、喉を鳴らして口をさらに大きく開ける白い怪物。

 「いや! いやいやいや‼ やめて! 嫌‼ 食べないでえええええええええええええー‼いやああああああああああああー‼」

 少女は自分に向いた歯に両足で踏ん張って、口の中に入らないように必死に抵抗する。しかし、体長三メートルを超える、自身を片腕で持ち上げる怪力の怪物に対して満足に抵抗出来る力など、一介の少女にあるわけも無く。女生徒は今にも先ほどの女教師と同じ末路を辿りそうな状況で、また顔が涙や鼻水で濡れているのも同じ状況だ。もっとも、老若男女問わずに、生きたまま喰われそうになれば人の尊厳など度外視で生き残ることに全神経を集中させる。他は些事。当然の反応なのだが。

 「誰かぁ‼ ねえ誰かぁ‼ 助けてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー‼」

 今まさに、罪なき少女の命が終わりを告げて。

 バァン‼

 「グオオオオ…⁉」

 突如、銃声が鳴り響いて、怪物の左胸筋に弾丸が当たる。バチバチと雷が肉体を走り、怪物は衝撃で一歩後退した。

 「ば、バケモノ! その子を離しなさい‼」

 小さな黒髪ツインテールの少女が、体格の三割を占める大きさの、恐竜のカタチをした銃を構えて睨んでいた。その目尻には涙が溜まり、足は少し震えている。それでも、冴葉日緋色は気丈に銃を構え続ける。

 「オオオオオ……」

 一方白い怪物は、対暴徒鎮圧用弾丸。ショックガンの直撃を受けていたにも関わらず、まるでダメージを受けていなかった。

 「な、何よこいつ……魔力変換で雷に変化した弾で、ちょっと焦げた程度って……」

 「ひひろにゃん!足元を撃って!」

 「――っ!」

 咄嗟に魅傀の声が聞こえて、日緋色は考える前に銃弾二発を向う脛に射撃する。

 「ゴウッ!」

 最初の左胸筋に比べて、多少痛覚の存在を感じさせる反応をしたものの、やはりダメージが入っている様子はない。

 「にゃあ!」

 それでも犬飼魅傀は自身の身体能力と専用MACの肉球スタンプのトランポリンの力で超スピードで怪物の懐に飛び込むと、捕まっている女生徒のツメの近くのわき腹の両端二か所にスタンプを押すように印鑑MACを押し付ける。

「グオオオオオオオー!」

ブゥン‼

僅かに吹き飛ばされた怪物だったが、肉薄してきた魅傀に対して反射的に腰を振って女子生徒を持ったツメを振り抜いて攻撃を試みた。

「きゃあああああああああああああーー⁉」

生きたまま喰われることは避けられたが、今度は地面に叩きつけられるのではないかと思うほどの勢いで身を揺さぶられた少女は、死を拒絶したい一心でただ叫んだ。

魅傀の方は、目的を終えた瞬間に間髪入れずに自身の両掌を自分と地面に役90度の角度でポンと叩く。するとニャーという猫の鳴き声の後にエアバックのように発現した肉球の魔力球に飛ばされて、来た道をそのままのルートで跳んで戻った。

「にゃあっ!」

 「な、何⁉いま何したの? ねえ、助けてくれるんじゃないの」

 魅傀の行動がまるで理解出来ない女生徒は、意味が分からずに泣きわめいて助けを請う。

 「大丈夫。すぐ助けるにゃ!」

 そう叫ぶと、魅傀は印鑑型のMACを女生徒に向けて構えた。

 「『はっちゃけ、肉球ビックバン!』」

 そんなふざけているのか真面目なのか良く分からないことを言い出した。

それは犬飼魅傀の音声入力。これを唱えるだけで、事前にMACに設定していた『魔術』が発動する仕組みになっている。なお、日常生活中にうっかりワードを口にすると誤作動してしまいかねないので、ちょっと普段口にしそうにないキーワードにするのが基本だ。

 『はっちゃけ、肉球ビックバン』は、事前に押印した肉球スタンプを、条件を無視して起動する地雷の強制発動だ。今回の場合は、先ほど押印した女生徒のわき腹の両端から……。

 ニャー。

 肉球型の魔力球が大きい目に出現して、怪物のカニのツメを強引に広げた。

 「え? きゃあ⁉」

 爪から抜け出すのに充分な広さを確保すると、肉球スタンプは勝手に消失して、残った少女は地面に救出された。

 「今にゃ! 早く逃げて来て!」

 「は、はいいいー‼」

 立ち上がる時間すら惜しい少女は、四つん這いの状態から犬のように逃げて行く。

 「ゴガアアアアアアアアアアアー!」

 だが怪物も咆哮を上げた。餌に逃げられるなどあってはならないと言わんばかりに、ツメを振り下ろした。

 「ひひろにゃん!」

 「任せて!」

 せっかく助け出したクラスメイトを殺されるわけにはいかない。日緋色は残弾6発を一発ごとに正確にツメに向けて発砲する。

 ダメージが入らないとはいえ、一歩は後退させる程度の衝撃が与えられることは分かっている。なら、右腕のツメ一つくらいなら、自由を奪うのは造作も無い。

 「こっちはREXを手に入れてからずっと誤射だけはしないように延々訓練してんのよ!」

 「ガアアアアアアアアアアアアアアー!」

 それでも、まだ怪物は諦めずに、逃げている途中の女生徒の背中を狙う。

 「魅傀! お願い‼」

 「にゃあ!」

日緋色はREXの中折れから空の薬莢を排出すると同時に、新しい弾丸をリロードする。

そして、交代を任された魅傀は、既に自分の手のひらに必要分の押印を終わらせており、女生徒より前に立って怪物の爪を左の手のひらで受ける。

ニャー。

 猫の鳴き声と共に発現する肉球スタンプで、強引にツメを弾き返して、そのまま間髪入れずに右手の平を前に突き出して、腹筋に接触することで肉球スタンプを発動させた。

ニャー。

「ゴウフッ⁉」

 「『つっぱり肉球‼』 にゃーー‼」

 魅傀が好んで使う魔術、肉球型の魔術球は、主に物理的な接触が起動の合図になる。

 地面にセットしておけば誰かが踏む、あるいは物を落とすなどで発動する。

 そして、今回のように手のひらにセットしておけば、何かを叩く等の軽い衝撃がトリガーとなって起動する。その発射速度は0,03秒。早撃ちガンマンも真っ青な反応速度だ。

 しかし、その見た目から想像出来る通り、殺傷能力も無ければ、遠距離攻撃も出来ない。設置型の罠でありながら、その効果はトランポリンと大差ない。日緋色のショックガンと比較して、戦場で役に立つ部分と言えば、その奇襲性と、吹っ飛ばし効果くらいだろう。

 (やったにゃ、ひひろにゃんのショックガンより仰け反ってるにゃ!)

 それでも依然、怪物にダメージは無い。ただ、慣性に従って後ろに転びそうになっているのみ。それでどうしようと言うのか?

 魅傀は倒れた怪物のバカ太い首に馬乗りになると、怪物の頭。具体的には耳の上辺りを両手で覆った。女慣れしていない青春ボーイなら、思わず喜ぶシチュエーションだが、怪物には何の意味も無いらしい。すぐに退けようとカニのツメを振り上げた。

 「すー……はーっ。秘儀、肉球ドリブルにゃー‼」

 その発言と同時に、パンパンと右手で怪物の頭を叩き、その後間髪入れずに左も入れる。すると、両手の平に押印しておいた肉球が起動した。

 「グオ⁉ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………⁉」

 ドンドンドンドンドンドンドンドン!

 右に左に、交互に発動すること数百。バスケットボールを高速ドリブルするように、頭蓋と脳が揺られて行く。

 「オオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー⁉」

 「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーー‼」

 殺傷能力が無いトランポリンと侮るなかれ。どんな力も使いようだ。たかがオモチャに見えるものであっても、警戒を怠っては行けない。やろうと思えば、この世に人の命を奪えないオモチャなどそうそう有りはしないのだから。

 生態兵器として改造されたタブーは、人体急所には充分な防御が施されている。そのため、ナイフや銃弾を当てたところで、その攻撃は絶命にはまるで威力が足りない。だが、兵器として運用する以上は最低限の知能こそ求められるが、裏切られることなどを考慮すれば知能は高すぎてはいけない。だから怪物は、実験の過程で縮小してしまった脳みそが徐々に形を崩していることにも、自分が敗北したことにも気づくことなく死んでいくしかない。奪った命の重みも、人を食らうことへの嫌悪感も思い出すことなく、予定に反して。あるいは予定通りに、命として終わるのだった。

 「す、すげえ! 倒したぞ‼」

 「マジかよ⁉ 武装風紀強え‼」

 「いいぞー‼ 犬飼! 冴葉―!」

脅威を退けた武装風紀の二人には、同級生達からの賞賛の嵐が贈られた。そして、九死に一生を得た同級生には、日緋色から手が差し伸べられる。

 「大丈夫だった? えっと……」

 「あ……南戸です……」

 「南戸さんね。怪我はない?」

 「は、はい……わ、わたし、助かったんですかね……?」

 「ええ。もう大丈夫。貴女は生きてるわよ。今も、これからもね」

 「たすかった…たすか、った……ううっ、うわああああああああああああああああーー‼ 」

 その言葉、ようやく自分が生き残ったことに実感が湧いた彼女は、目の前の小さな少女に縋りついて、声を上げて泣いた。

 「よしよし。怖かったわね。もう大丈夫よ。よしよし。」

 その様子を敵の心音が止まったことをネコミミの聴覚で確認しながら見ていた魅傀も、ほっと胸を撫でおろす。そして、両手を合わせて冥福を祈った。怪物ではなく、助ける間もなく食われて死んだ女教師のために。

 「斎藤先生…成仏するにゃ」

 魅傀の追悼にその場にいた全員が合わせて合掌する。若く、優しく、生徒思いの先生の唐突すぎる死を、その場の全員が悼んだ。

 「斎藤先生がどうして…いい先生だったのに」

 「オレ、卒業したら斎藤先生に告白するつもりだったのに……」

 「うっ……ううっ、先生ぇ……」

 悲しみに暮れる声が空しく響き、大地は涙を啜る。そんな中、魅傀はこっそり日緋色に耳打ちする。

 「ひひろにゃん。魅傀はダンジョンの出口まで行ってみるにゃ。先生が殺されるような事態で、授業も何も無いにゃ。待機してる先生に伝えに行かないと」

 「分かった。あたしはまた怪物が来ないとも限らないからここに残るわ。何かあったら戻ってきてね」

 「にゃあ。それじゃあ、いってくるにゃ!」

 「ええ」

 

 そして、魅傀がダンジョン出口まで走っている中、怪物は恩師の死を悼んですすり泣く生徒たちの嗚咽を啜って寿命を復活させたことで、この場は再び混乱と阿鼻叫喚の渦に飲み込まれるのだった。

 

 


ダンジョン出口。

日緋色と魅傀の戦闘中の出来事。

「ワッハッハッハッハッハ‼快勝じゃー!

 やったぞみんな! 我々の勝利だー‼」

「だぁー声デカいって、厳湖津!」

チームメイトと別れてから三十分。さっきよりボロボロになった成宮が、さっきよりもずっと晴れやかな笑顔と共に現れた。仲間の期待に応えられた満足感と充実感を胸に、誇らしさを全身に感じて。成宮厳湖津が見た外の光景は……。

「う……うう……な、なりみ、やさ……」

「――な、な……⁉」

「ぐ……ガッ……!」

「ギギ……⁉」

傷だらけになってボロ雑巾のようにうち捨てられていた仲間の姿だった。

「こ、これは一体……」

「何があったんだみんなー‼」

「な……なりみ、や、さん……」

「おう!ワシはここにいるぞ‼ 須川! 福村! 横溝! 武藤! 原田! みんなの傍にいるぞおおおおおーー‼」

チームの一人、須川を腕に抱きかかえながら、成宮は涙を流して皆に呼びかけた。

木野はあまりの光景に動揺しつつも、自身を必死に制御して落ち着きを呼び戻す。

「何があったんだ、みんな……」

木野の質問に、福村は答えた。

「わ、わがらねえ……オレ達、ここで、待ってたら……急に、ターゲットが現れて……」

「ターゲットだって?バカな、アレは非殺傷設定があるはずだ!ケガくらいはするけど、それでもこんなボロボロになるまで攻撃してくる筈が……! 」

「ち、違う……木野。アレは……普通のターゲットじゃあない」

今度は横溝が口を開いた。

「普通のターゲットじゃない? どういうことだよ?」

「あ……あいつ、普通のターゲットより全然デカいしさ……。ハァ……右腕なんて……クソバカデカい、包丁……ゲホッ‼ ゲホッ‼」

話している途中に咳が遮る。そして、抑えた手には、赤い血が付着している。

「分かった! もういい喋るな!死んでしまう‼」

「それで、そのターゲットは何処に行ったんだ?」

成宮が涙と鼻水で汚れた顔で絶叫している横で、木野は冷静に情報を得ようと続きを促した。

「来軒―! 何言ってるんだ‼ この傷が見えないのか⁉この血が‼この苦しそうな姿が見えないのかァーー⁉」

「見えてるよ。だから少し黙れ、厳湖津」

「黙れだと⁉ この苦しんでいる姿が見えているのにまだ話を続けさせようとしているお前が、俺に黙れと言うのかァー⁉」

「ハァ……ハァ……そう、だな。お前が正しいよ。木野」

腕に抱いた仲間の言葉に、成宮は自分の耳を疑った。

「ただ…し、い? な…何でだ……何で……そんな……⁉」

「ここにいる全員が一斉にかかっても倒せなかったようなやつが、今も学園のどこかにいるんなら、どうにかするべきだろ。厳湖津。

お前は、何のために今36万ポイントを手に入れて来たんだ?」

「そ、それは……それはっっ……‼

先生に任せておくのではダメなのか?ワシは苦楽を共にしてきた仲間にこれ以上苦しい思いは!」

「周りを見ろよ厳湖津。お前こそ見えてないんだよ、そこに真っ二つになってる・・・・・・・・・肉片が見えないのかよ⁉」

参謀が感情を爆発させて叫んだ時、成宮は初めて仲間以外の光景を目の当たりにした。頭から股間まで一刀両断されているスーツを着ていたであろう死体を、その時初めて視認した。その位置は、なんと成宮のすぐ目の前。恐らく盾になって死んでいったであろう勇者の位置。後ろに倒れている生徒が既に事切れていることだけが、口惜しい。

「あ……ああ……‼」

「分かるだろ、厳湖津。教師って言ったって、オレ達と同じ、戦いの素人なんだよ。

本気で殺しに来てるようなバケモノを相手にするのに、大人も学生も無い。

殺される時は平等に抵抗するんだよ‼6年前だってそうだったろうがよ⁉

オレは妹が目の前で殺された!お前は親父さんが殺された!正当性なんか何一つねえ!今となんの違いがあるんだよ⁉」

瞳孔が開いた目で、ブチ切れたように叫ぶ木野。

「何で殺されたのかなんて関係ねえ!相手にどんな事情があったのかも関係ねえ!

オレらを殺そうってんなら、誠心誠意ブッ殺してやんだよオオオオオーー‼」

「……………ああ。そうだったな」

「へへっ……それでこそ、オレらのリーダーだよ。成宮さん。

敵は校舎の方に……行った。結構、時間は経ってるけど。あの野郎呑気に歩いてやがったからさぁ。まだ……間に合うんじゃ、ねえかな……」

「……分かった。ありがとう。須川」

「ああ。こっちこそ。楽しかったぜ……」

成宮はトレードマークの長ランを脱いで、抱いていた仲間にそっと掛けると、野生に生きる動物並みの俊足を発揮して、瞬く間に見えなくなった。

 

 

 

 場所は変わって保健室

中には食欲に品性と人間性を捧げた獣が三匹いるのみ。

 「う~ん。う~ん。

 この有間成堅、一生の不覚。カレーが美味すぎて動けなくなるほど食べてしまうとは。

 これでは戦に備えられぬ。大和魂の誉れはいずこぉ…………」

 「うう……拙者今にも産まれそうでござるぅ……」

 野郎ども二人は、両者とも胃袋から食道、そして喉ギリギリまで詰め込まれているカレーを

12皿。目玉焼き八つ。オムレツ五つに攻め立てられ、冷や汗で全身を埋め尽くしながら、ゾンビのようなうめき声を上げている

 そして、野郎二人よりも早くカレーに魅せられた頭のおかしい銀河(うちゅう)は……。

 「うーん☆うーん☆くるしーよー」

 明らかに仮病と分かる様子で、ベットの上で愛読書の『魔法少女☆ねこねこイッヌ。稀に煎餅』のコミカライズを読みながら、大根も助走をつけて殴り掛かってくるであろう大根役者な演技で、全く苦しくない苦しみ方をしている。なお保険医が今いないので、ただ隣の二人を煽っているカタチにしかなっていない。

 「何故……何故だサスケェ………何故我らより五皿分くらい多くカレーを平らげているはずの銀河うちゅう女史は、何故あれほど余裕そうに堂々と漫画を読んでいられるのだァ……⁉」

 「わ、わからぬでござるぅ……アレが、女の子はお砂糖と素敵なもので出来ているという、古から言い伝えの答えになるのやもしれ……うぷっ」

 「き、貴様ァ……吐くなよ⁉ 吐いたら許さんぞぉ……!ぐぶっ……⁉」

口を開けば開くほど、死屍累々な状況が凄惨な地獄絵図に変わるのも近い。

 「うわぁ……横で聞いてると不穏で仕方ない言葉の数々。二人とも、ちゃんと胃薬飲んだのかなー?」

 「無理っす……水一滴すら入りま……うぐっ⁉」

 「じ……ジぬ……っ⁉」

 「あーこれはもうどうにもならないねーあはっ☆

 洗面器があるから、持ってきてあげよっかー?」

 「「おねがいしましゅ……」」

 「はーい☆うちゅーにおまかせ~」

漫画を大きめの胸元に隠して、銀河うちゅうはえーっと洗面器は~と言いながら保健室内の探索を始める。

 すると、保健室の外に面している出入り口から、宙に浮いた担架に乗せられたボロボロの生徒二名が担ぎ込まれてきた。

 「あ、昨日吹っ飛ばした人だ」

 担架の後に付いて、担架を重力影響軽減の魔術で浮かせていた男性教師も入ってくる。

 「おお、星川か。美門先生(保険医)はどこだ?」

 「さあ?うちゅーたちが来た後に大人しくしててねーって言って、どっか行っちゃったよ?」

 「そうなのか。困った。こいつら、結構な重症なんだがな」 

 そう口で言いつつも、この男性教師、あまり心配しているようには見えない。

 「それなら、放送とかで呼び出しした方がいいんじゃないですかー?」

 「ああ、そうだな。ちょっと行ってくるから、こいつらのことは任せるぞ。『武装風紀』」

 一方的にそう言うと、男性教員は部屋から出て行った。

 「……まあ、別に良いんだけどね」

 銀河うちゅうは二人に洗面器を渡すと、担架に乗せられたままの男子生徒二人を改めて観察する。

 (………まるでゲームに出てくるモンスターの爪にやられたみたいなひっかき傷。肉が少し抉られてるし、骨まで見えてる箇所まである。肌は土で汚れてるし、多分これがダンジョンの戦いで受けた傷なんだ。ある程度のダメージから身を護ってくれるはずの魔力壁付き制服だってのに、全然役立たずズタボロじゃん。

これじゃあ、本当に命がけの戦いをしてるみたい)

 普通なら目を背けずにいられない深い傷。それを銀河うちゅうは極めて冷静に観察して、分析している。まるで、見慣れたモノのように。

 「……やっぱり、サボって正解だったなあ」

 星川銀河うちゅうは、初めからダンジョンの実戦授業を受ける気はなかった。

 そもそも自身の目指す魔法少女観から外れていたのもあるが。なにより、わざわざ普段立ち入り禁止に指定されている場所に立ち入って、行うことが実戦授業。

 そして、決定的な点は、死亡同意書へのサインが求められていたことだ。

 (キナ臭いにもほどがある。

 武装風紀の仕事くらいなら、特権があるからやってもいいけど、さすがに命の危険があるなんて言われてるようなことを、大した利益もなくやらされるなんて、お断りだよ)

 実践の授業は、成績に応じた学生ポイントが支給される。それでも、出来高制の武装風紀の報酬の方が遥かに割が良い。そのうえ、敵は自分たちと同じ条件の生徒で。攻撃は殆ど制服の魔力壁で防御されている。極めつけに、銀河うちゅうは戦闘の際に屈折率を変化させて魔法少女の衣装を着用しているように見せる魔力の膜を纏っているため、他の二人よりも僅かに防御面が高くなっている。

 故に、低リスクハイリターンな武装風紀と比べて、遥かにハイリスクローリターンな授業など、まるで受ける気はないのだ。

 「う……うう……」

 銀河うちゅうが思考を続けていると、男子生徒は目を覚まして、痛みで苦しそうに呻いた。

 「うーん。どうしようかな。

 うちゅーだけでも応急手当くらい出来るけど、こんな授業する学園の保険医なくらいなんだから、美門先生が治療の魔術とか出来るのかもしれないし。下手に手を出して治るのが遅くなってたら、マジでバカみたいだもんねえ」

 少し考えたあとで、素人判断を悪手と判定した銀河うちゅうは、気休め程度に頭を撫でることにした。

 「よーしよーし、きっともうすぐ先生くるからねー」

 「う……あ……」

 銀河うちゅうが頭を撫でると、男子生徒は少しだけ安心した表情に変わった。

 「………ほんと、何でか分かんないけど。重症の人ほど頭撫でてあげると、落ち着きを取り戻すんだよね」

 これは、星川銀河うちゅうがまだ十歳の少女だったころに学んだ知識。崩れた家の瓦礫に埋もれた人たちに対して、何も出来なかった自分が、せめて少しでも何かが出来ればと悪あがきをした末の、痛いの痛いの飛んでいけーくらいの行為。それでも、あの時瓦礫に足を潰されて、火災に囲まれ絶望に袋小路にされた老人は、とても喜んでいた。そして、その老人の時間は終わり、あとは自分の番となった時。


 《じゃじゃーん。魔法少女的な感じで登場っスー。なんて、ガラじゃないか》


 恰好的には微塵も魔法少女要素の無い、緑色の髪の少女に救われたことで、銀河(うちゅう)は今もここにいた。

 「…………正義の味方魔法少女的な感じで登場っスー。……なんてね」

 懐かしい思い出だ。

 「………あ……ほ、し…か」

 「ん。気付いた?

 大丈夫そう?」

 感傷に浸っていると、頭を撫でていたのとは別の、比較的軽傷に見える男子生徒が意識を取り戻して、銀河うちゅうに声を掛けた。その顔は血気迫っている。

 「ヤバいんだ……あの、ダンジョン」

 「みたいだね。うちゅーは偶然授業に出られなかったから、全然知らないんだけど」

 「あれは……授業なんかじゃ……ねえ……!」

 「あーうん。確かに兵隊の訓練みたいな怪我してるもんねえ」

 「そうじゃねえ。教師連中すら把握してない、アクシデント・・・・・・が起きたんだよ……!」

 「アクシデント?」

 「ダンジョンから、学園が用意してたのとは別のヤツが、ダンジョンに入り込んでて……」

 「別のやつ? まあ、正規の奴も知らないけど」

 「しかもそいつ、オレ達の魔力弾を受けても、全然利かなかったんだ……最初の方は、オレもビビってたから、上手く当てられなかったんだけど、最終的には十人くらい集まって攻撃したのに、全然ダメで……いままであんだけ戦争で力付けて来てたつもりになってたってのにさ」

 「その後、運よく助けてもらって今に至る。ね」

 銀河うちゅうの言葉に、男子生徒はこくりと頷く。

 「でも、ダンジョンの中には、まだ結構な数のクラスメイトも残されてて……それで」

 「それで?」

 「殺された……殺されたんだよ……教師が。俺の友達だって……まるで、【大神災】のときみたいで……っ‼」

 自分の見た物が信じられない様子で頭を抱えながら震えている。

 「………そっか」

 その様子を見て、銀河うちゅうはただ静かな声でその一言だけで答えた。

 「ああ、そうだ……こんなことしてる場合じゃねえ。戻らねえと。オレも戦わないと……‼ 」

 凄惨な状況を見たことで、トラウマを掘り起こしたのか。強迫観念に駆られたように戻らないとと言いながら、男子生徒は興奮のあまりせき込む。

無理もない。もう一人よりはマシと言うだけで、彼も戦いどころか座っているだけでも重労働になるような大怪我だ。

 「まあまあ、落ち着きなよ。怪我人が興奮しても、誰も幸せにならないよ。話なら寝ながら出来るし?」

「くっ、くそっ……! 落ち着けって言ったって、まだダンジョンにかなりの人数が残されてるんだぞ。なのに、生き残った俺だけのうのうと落ち着いてなんて……!」

 ぺちっ。

 言うことを聞く気配がない男子に、銀河うちゅうはデコピンを食らわせた。

 「いてっ、な、なんだよ!」

 「あのさ、現場からなんとか死なずに生き残った人間が、この世で一番お荷物になる瞬間って知ってる?」

 「そんなの……もうこれ以上どうやって役立たずになるってんだよ」

 「簡単だよ。

知っている情報を全部話さずに、出来もしないことをやるって言って、今動けるはずの戦力を足手まといの封印に割かせること。

 キミが脱走した敵の手先だって言うなら、見事な援護射撃だと思うけどね?」

 「え……」

 男子生徒の背中に悪寒が走る。自分の行動に対してではなく、星川銀河うちゅうの、自分を見る瞳を見てしまったせいだ。

学園で一番の美少女は誰だという話題になれば、男子生徒の多くはこう言う。「頭はおかしいが星川」あるいは本当に黙っていれば美人だと。そんな彼女が、今頭がおかしいと言われる要因を排して口を開いている。念願の黙っている美人な星川だ。そんな彼女の瞳が、普段の発言からは想像出来ないくらい冷たい。

 「少し考えたら分かると思うんだけどね、ろくに動けない人間が生きるか死ぬかの場所に行くと、邪魔になるんだよ。

 結局周りが助けてあげなきゃいけなくなるし、もし死んでも、一人分の足元の邪魔な遺体しょうがいぶつが増えるだけ。

 ねえ分かる?キミが生きてその場を離れられたってことはね、その場の活動に邪魔になる障害物しがい|が一つ分減るってことなの。そのために頑張った人の命がけの努力を、全て無駄にすることなの。

混乱に塗れて生死の境があいまいになるような世界には、死骸すら害になる。もうそれは元生者の尊重すべき遺体じゃない。足場を埋めて、生き残りを地獄に引き込む足手まとい。

生き残りを増やすのに有害なだけの、死害・・なの」

 「な、な……っ」

 冷たい、凍えそうな瞳。知らない。こんな星川銀河うちゅうは知らない。こんな……

 「だからさ、アンタの自己満のために今生きてる人の生存率を悪戯に下げないで欲しいんだよ。」

 「あ……が……⁉」

 「でないと、ここでうちゅーが殺しちゃうよ?」

 こんな、冷徹なクラスメイトを……知らない。

 「………す、すみませんでした……」

 ガタガタと震えながら謝罪の定型文ことばを口にする。それしか、この勘違いを矯正されたクラスメイトが、自発的に出来る行動が見当たらない。

 「うん。もうどうでもいいよ。

 それより、先生を殺したヤツってどんな姿してるの?」

 「えっと白くて丸坊主で、眼球の無い、人型の……シオマネキみたいに右腕だけデカくて、爪も、全然人間の奴じゃなくて。それで……。

 その爪で、前に立ってた教師が一人ブッ刺されて……」

 「…………ふーん。あとは、全身が革のベルトでグルグル巻きになってるとか?」

 「そ、そうだけど……何で」

 「うん。それってアレでしょ?たしかにアレはバケモノですよ。はい」

 「え……⁉」

 銀河うちゅうが冷めた瞳のまま窓の外を指さすと、少し目を凝らした先に、何かが歩いてこちらに向かって来ているのが見えた。

 それは二足歩行で、右手に機械的な何かを手首の断面から差し込んで人の肉で覆ったような、見ようによっては爪にも、またはドリルにも見える何か。そして、眼球の無い虚ろな目から、職種のような何かが蠢いていた。

 「ひっ⁉ア、アイツ……何でだよ⁉」

 

 男子生徒の悲鳴を聞き取った白いバケモノが、ラグビーのタックルのような姿勢で構え、そのまま二人目掛けて猛スピードで突進してきた。

 「う、うわああああああああああああああああああああーー」

 「――っ!」

 男子生徒はパニックとケガで全く動けない。

 仮にも校舎から遠い立入禁止区に戻るとか言ってたんだから、せめて自らの危機くらい自分で回避してほしいものだが、そうも言っていられない銀河うちゅうは、瞬時に学園から入学時に生徒全員に配備されるシルバーリング型のMACを指に嵌めると、腕を真っ直ぐ伸ばして手のひらをバケモノと平行になるように構える。

 バケモノは既に窓と壁をそのデカい爪で発泡スチロールでも壊すかのように一振りで薙ぎ払い、保健室に侵入してくる。そこまでくれば、両者の距離はほんの数歩分。すぐそこに、人間にとっての死が迫っている。

 だが、銀河うちゅうはそのげんじつから目を背けることなく、しっかりと見据えている。

 そして――。

 「魔力変換。待機チャージ――魔力弾射出シュート‼」

 学園の中でもトップクラスの優等生の面目躍如か。白いバケモノが肉薄する中、冷静に自身の血液を必要分リングに吸収、魔力変換、射撃までの工程を、一秒半で全て完了させ、バケモノに撃ち放つ。

 「ゴ――⁉」

 その一撃は、十人近いクラスメイトが撃っても利かなかった魔力弾とは異なり、バケモノを覆うようにして放たれて、目に見えてはっきり仰け反らせた。

 「止まった⁉ マジかよ、オレ達十人いても全然だったのに⁉」

 「足が止まったから、今度は向う脛に向かって」

 銀河うちゅうは間髪入れずに、さっき撃つ時のチャージ分を使って追撃する。一発で足りなかったらもう一度撃って距離を開ける算段だったが、効いたのなら攻撃に転ずる。この反応速度と状況判断力は見事としか言いようがない。まったく堅気には必要のない才能だが。

 「出来ればもう一発分チャージしたいけど、流石にちょっとお荷物が多すぎるか」

今度はノックバックではなく、純粋にダメージを入れるための一撃。開いていた手を握りしめて、反動でブレないように反対の腕でしっかり掴んで、放つ。

 「――射撃ファイア‼」

 「ゴオ―⁉」

 宣言通りにしっかり敵の向う脛に向けて、さっきとは違う一点に当てるために威力を集中した魔力弾を撃つ。

 (この反応的に、ダメージはせいぜい『ちょっと蹴られた』くらい?やっぱ非殺傷設定されてるシルバーリングじゃこんなもんか)

 感覚でダメージを分析して、銀河うちゅうはそのまま走って窓の外へ出る。そして、利き手を背中に回した。制服の中。スカートの裾に仕込み刀のように差してあるのは、星川銀河うちゅう専用杖型MAC『ジャベリン』。

先端に大きな魔術玉が付けられ、拳一つ分下に、少し小さめの魔力を溜めておくための核玉が付いて、残りの部分は好きなように持って構えられる造詣だ。その全長は約一メートル。先端と核石の間のスペースを持ち手にして今戦場に姿を見せた。

ジャベリンの特徴は魔力増強。杖に注いだ魔力を増量することで、純粋に魔術の使用回数の限界を伸ばす、術者の魔力量だけでは足りない大魔術の使用の補助。また根本的に魔力を作るのに使用する血液量を節約することで、失血による思考力や運動性能の低下を遅延するなど、超実践的な万能MACであり、今後専用MACが制作される際のモデルタイプとして、高い期待が寄せられている。

 「魔力変換。蓄積チャージ!」

 だが、当然弱点もある。それは、魔術使用までに必要とする時間ラグだ。一度存分に溜めてしまえば、節約次第で増強分込みで無限機関として運用することも可能な代物だが、杖の形が象徴しているように、接近戦に向かない。その相性の悪さたるや、よーいドンで戦えば時間が掛からない分だけ通常のMACの方がマシ。と、製作者本人である林堂薫が太鼓判を押すレベルである。

 (一度魔力さえチャージ出来れば、多少の無茶は効く。

あとは戦闘音を聞いて、先生が助けに来てくれるかもしれない。とにかく、相手の動きを奪いながら、延命第一で。チャンスがあれば逃さずに撃つ。

 最悪の場合は……うん、覚悟を決めようか)

 突如、銀河うちゅうの身体が淡い水色の光の粒子に包まれる。発生源は、魔力を溜めているはずのジャベリンから。

 「セットアップ」

 音声入力で、ジャベリンに記録されていた設計図が展開され、光の粒子が銀河うちゅうの身体を魔法少女のドレスで包んでいく。

 これぞ、星川銀河うちゅうが頭がおかしいと言われる所以その⒈魔法少女コスチュームにわざわざ変身する拘りである。

 「あ、こんな時でもソレやるんだ……」

 ぽつりと、男子生徒から本音こえが零れる。

 「ちょっとそこー!余 裕たっぷりあるとか勘違いされても困るから言っちゃうけど、これ屈折率を調整して見た目を変える超高度な魔術演算が使われてる魔術で、元々が魔力の膜を被ってる状態だから、しっかりその分だけ防御力上がってるんだからね!

 身も蓋も無いから言いたくないけど、コレ鎧みたいなもんなんだから!」

 ふざけた格好で、ふざけているのか本心なのかさっぱり分からないことを言い出す銀河うちゅう。ただ一つ言えるのは、彼女の真剣そのものな瞳は、今まさに彼女自身に襲い掛かろうとしてる白い怪物から一瞬たりとも目を離していないということだけ。

 一方、先ほどの一撃で、銀河うちゅうを敵として認識したであろう白い怪物は、先ほどのタックルとは違い、自身の巨大な爪を盾のように構えてジリジリと距離を詰めている。

 「す、すげえ……オレ達なんて、散歩のついでに踏みつぶされるミノムシくらいにしか扱われてなかったのに、あのバケモノ完全に意識が『戦闘』になってるんだ……! これが、武装風紀に選ばれたやつの実力かよ……」

 両者硬直状態。一撃がクリーンヒットすれば勝てる白い怪物と、魔力のチャージが終わらないと十全に動けない上に、近接戦に向かない銀河うちゅうだが、時間がたてば経つほど有利になっていくのは彼女。それを察しているのかいないのか。充分な時間を与える前に動いたのは、怪物の方だった。

 それまで盾として構えていた爪を地面に突き刺して力任せに振り上げる。すると、地中に埋まっていた砂利や石、砂が容赦なく銀河うちゅう目掛けて直進して来た。

 「魔力防壁シールド‼」

 そんなものを食らえば致命傷に繋がりかねない。石や砂利はまだしも、砂が目に入って視界を奪われれば、それだけで碌な動きが取れない。そこからの未来に、理不尽な爪での一刺しで人生が強制終了するバッドエンド以外のルートは無い。ゆえに、ここは溜めた魔力を使ってでも防ぐしかない。

 銀河うちゅうの音声入力に反応して、事前に設計図を記録していたジャベリンがオートで星形の魔力防御を展開する。半透明な魔力のおかげで視界は確保されているが、やはり防御の関係上、星形という無意味に守れる場所を減らす造形は、前提として間違っているように見える。しかし、その真意は、全ての砂利や砂を防ぎ終わった後に示された。

 「カウンター・ショット!」

 銀河うちゅうの掛け声と同時に、攻撃を防いでいた防壁が、怪物に射出される。

 「ゴオ⁉」

 撃ち放たれた星形の防壁は、五つの頂点を一つに束ね、五角形の円錐となって怪物の股座にズップリと撃ち込まれた。

 「星形のバリアが、尖った弾丸になっただと⁉あの意味の分からない星形、あんな殺意の塊だったんかよ……」

 そんなブッ殺し上等な弾丸をいつもバカスか撃たれていたのかと、男子生徒は股間がヒュンとなった。

 「カウンターが効いた……⁉硬度を探るつもりだったけど、これが効くなら今の魔力でも倒せるじゃん!」

 チャンスと見据えた銀河うちゅうは、片手持ちから両手持ちに切り替える。腰の位置で構えて、両足を開いて踏ん張りを利かせ、怪物に対して杖を直角になるように調整する。

 一瞬怯んだ怪物は、すぐに体制を立て直して彼女に突貫する。今にも人外の爪が彼女の頭に振り落とされそうになって

 「――非殺傷モード無効リミッター解除魔力解放マナオープン全注入シリンダーオン


唸れ物理。頑張れうちゅー! 魔力弾連続掃射スターライトデストロイヤー‼」

 銀河うちゅうの掛け声に、ジャベリンは先端の魔術玉の周囲に、星をモチーフに描かれた魔法陣を五枚展開する。更に、魔力を溜めて増強していた分全てを弾丸として装填し、貫通力の高い尖った星形の弾丸を超高速の連続ガトリング砲として掃射した。それは回避する隙間もない死の壁だ。例えその巨大な爪で払えたとしても、隙間なく迫る次の壁が、容赦なく怪物の腕を、足を、肩を、腹を、そして頭を穿つ。

 一つ一つは豆のような小ささだが、とにかく数と貫通力が尋常じゃない。肉も骨も臓器も、お構いなしに徴収する死の壁に耐え切れなくなれば、命の前借はそこでお終い。破産した元肉体は破片と化すのみ。

 「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーー‼」

 「くっ……ぐううっ! 腕痛っ……!くうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー‼」

 トラウマを恐れない者は見るがいい。強烈な雄たけびを上げて、肉体を引きされて破片になった怪物は、跡形も無く死に絶えた。

 「――ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー⁉」

 おおよそ魔法少女になりたいと言っているような少女が迷いなく撃って良いような技では無い。だが今この瞬間に、誰が苦情を言えるだろうか?

「ハァ…ハァ……はぁー……」

 極度の集中と緊張が解けた銀河うちゅうは、肩で大きく息をして力を抜いた。

 「た……たおしたー……」

 彼女の世界観では『たおした』と呼称するらしい敵の肉体をガトリングで撃ち抜いてグラム売りされるような肉片にする行為は、肉体に相当な負担が掛かったらしく。少女は立ってこそいるものの、ぐったりと上半身を垂らして、表情筋と身体だらりと垂らして休める。

 よくよく彼女の足元を見れば、連続射撃の反動に耐えて地面に踏ん張っていた証拠がしっかりと抉りこまれている。掃射した場所から15㎝ほど、引きずったような跡があるのだ。

 「な、こ……は⁉ ……え?」

 その威力の凄惨さたるや、モブ視点で言葉を亡くすレベル。正気を疑うほどの殺意、そして、これまで、一年間学んで来た魔術とは一体何だったのかと問いただしたくなるほどの規格外。

 「な、なんだよ今の……あんなの、オレ達と全然違うじゃんか……」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい。ここまでの一年が。なんだったのか。なんの娯楽も無く、一年間遊べるはずの時間全てをつぎ込んだ自分の魔術が、あまりにも取るに足らない。

 「こんなの……こんなことが……」

 傷だらけの身体に、負の感情が満ちていく。そんな時。銀河うちゅうが倒した怪物の肉片がピクリと反応した。

 「畜生……ふざけやがって。こんなの、理不尽・・・だ」

 そう言葉を発したのが、この名も知らない男子生徒の最期の言葉。それから先は、言語と呼ぶに値しない短音の羅列だ。

 辺りに散らばっていた肉片が、突如この男子生徒に集まるように飛来した。だが、俯いて絶望していた彼には、一グラムにも満たない肉片が付着していても気付かない。なにせ傷だらけの泥だらけだ。皮膚に自分以外の何かが触れていても、それに気付けるほど清潔じゃない。

 「……あ………え?」

 だから、集まった肉片が一つになって、蛇が獲物を狙うような速さで全身を覆った頃には、もう何もかも遅かった。

「ひっ⁉ な、こ⁉ ああああああああああああああああああああああああああああ」

「えっ⁉ 何?」

 そして、怪物の身体を肉片にするほどの魔力弾の連続掃射の反動を一身に受け止めて疲労していた星川銀河うちゅうもまた、この男子生徒に怪物の肉片が憑りついていたことに気付けるような体力的、精神的余裕などあるはずも無く。

 白いブヨブヨとした肉片に飲まれる男子を見ていることしか出来なかった。

 「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー‼」

 

 たおしたばかりのしろいかいぶつが、ふっかつした。

 さっきまでと違うのは、革のベルトが無いこと。後は目玉が付いたことくらいか。

 

 「何それ……そんなの、聞いてないんですけど……っ」

 疲労感でいっぱいの銀河うちゅうだが、弱音を吐きつつも、目はまだ死んでいない。

 窮地であることに変わりはないが、それでも彼女は、冷静に対応するためにジャベリンにもう一度魔力を溜め始める。だが……怪物がまずしたことは、隣で倒れていた重症の生徒を持ち上げることだった。

 嫌な予感が背中を這いずりまわる。まさか、ありえないと願いながら彼女の最も冷静な部分が、何故かそれは起こると確信した。それと同時に怪物の口がビキビキとひび割れて大きく開く。まるで食事でもするかのように。

 「そんっっなグロ映像、お断りだってーの‼」

 銀河うちゅう)は魔力の蓄積チャージを一時中断して、シルバーリングのMACの方から魔力弾の射出を準備する。杖の方は、今のほんの僅かのチャージ時間では魔力弾を撃つだけの魔力が足りていない。

狙いは怪物の手元。拾われた男子生徒の方だ。すでに虫の息。これが致命傷になるのかもしれない。だが、それでも迷い無く撃つ。だってそうだろう?生きたまま喰われるくらいなら、いっそ銃弾で死んだ方がよほど人の死に方という物だ。まして、他に回避する方法などない。文句なら男子生徒が最悪死んだ時に、本人から『食われて死にたかった』と言う要望以外は受け付けない。

 「魔力弾射出シュート|!」

 硬度は必要最小限。ただし、きちんと吹き飛ばせるように衝撃は多めに。まっすぐと放たれた一撃が、人名救助のために向かっていく。

 「グァオ!」

 怪物は動作を急激に変えて、銀河うちゅうの魔力弾を爪で引き裂いた。

 「防がれた……っ⁉」

 (これやっばいよ……フィジカル頼りの脳筋じゃない。でなきゃ逃走じゃなくて回避をした理由が説明付かないし。

さっきの砂利の攻撃と言い、こいつ人型なだけあって、怪物でも知能が高いんだ……! )

 戦闘が始まる前に逃走するのは、自然界の動物でも当たり前に行うこと。あるいは、戦って勝てないと悟り逃げ出すこともよくある。だが、戦いに回避の選択肢を入れている動物は極めて知能が高い種。あるいは個体のみ。大抵の動物にとって、防御とは己のフィジカルに過ぎないからだ。武器も同じ。その辺の木の枝を武器に戦うのは、猿でもそうそうお目にかかれるものじゃない。

 銀河うちゅうから目を離さず、あるいは見せつけるようにして、怪物はまたしても意識のはっきりしない男子生徒を食らおうとする。銀河うちゅうもまた焼き直しのようにそれを防ぐために魔力弾を射出するが、やはり回避される。そればかりか、怪物はニヤリと笑いだした。

 (嫌な顔で笑うなあ。コイツ風貌だけならきょーちゃんに似てたけど、あっちの方がマスコット感あってキュートだったよ)

 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー!」

 怪物は雄たけびを上げながら突進してくる。しかも今度の盾は爪ではなく、持っている男子生徒の方。銀河うちゅうにこの個体の過去など知るべくもないが、生前はさぞ禄でもない人間だったのだろう。怪物は彼女が攻撃が出来ない方法を見つけて、それを有効利用し出したではないか。

 「あーそう来ますかこんちくしょう‼」

 こうなると、身体的に完全に負けている銀河うちゅうはもはや攻撃も出来なければ回避も難しい。

 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 「あっぶな!」

 だと言うのに、銀河うちゅうは多少無様に転がりながらも爪の死の一撃を回避することに成功した。

フィジカル面で劣っているにも拘らず回避が成功した理由は単純だ。普段盾を持って剣を振らない剣士が盾を持てば、平常時の攻撃方法とは異なるアプローチをしなければならない。怪物はもちろん盾の訓練などしていない。だから片腕で持ち上げられる重さであっても、盾を持って攻撃するということに振り回されているのだ。

 しかし、この怪物の知能を考えると、いつ慣れても不思議が無い。銀河うちゅうはとっさに自分の杖を半壊した保健室に投げ槍のように投げつけて、武装を解除する。それと同時に、魔法少女の姿だった銀河うちゅうは半透明なマントを羽織った制服姿になった。演算をしていた杖を手放したために、視覚情報の変更が行われなくなったからだ。それでも防御力としては機能しているので充分。むしろ回避力が上がった分、今ならこちらの方がいい。

 「みけみけ的に言えば、これがベストにゃ。ってね!」

 身軽になって、攻撃力が下がったが、どうせもう下手に攻撃なんか出来ないのだ。あとはもうデスレースを耐久するしかない。

 「さあ、運よく助けが来るか、その前にうちゅーがリョナ系魔法少女になるか。勝負だよ‼」

 

 

 

「やあ、初めまして。神条境夜。【完成なる者】よ」

「ああ、初めまして。森羅継國。死に損ない」

校長室に設置された巨大なモニターに映る白髪の老人と、神条境夜は言葉を交わしている。

「早速だが、何でテメエは俺にその陰険なツラを見せる気になった?」

「フフ。たしかに、契約ではキミが我々の作ってしまった失敗作を破壊してくれることを条件に言葉を交わすこととしていた。だが、契約というのは時に柔軟にカタチを変えるモノなのだよ。」

「ふん。つまるところ、血相変えて呼び出してきたババアから聞ていたオモチャの転送の件で不備が出たか」

「ああ。恥ずかしい話だが、そういうことだ。本来なら、一体のTCS……タブー・カスタム・ソルジャーの試作品を、テストと素材集めの目的で送ったのだがね。どういうわけなのか。気付いたら100体のTCSが流出していたというわけだよ」

「それはまた、痛々しいほど愚かな話もあったもんだ。権力をいくら握ったところで、優秀な部下と人望には恵まれなかったと見える」

「ハッハッハ!これは嬉しい想定外もあったものだ。てっきり肉体だけの男かと思っていたが、よもや言も立つか」

「フン。【完成なる者】俺をそう呼んだのは、お前のはずだ」

「なるほど。『そこ』まで掴んでいたか神条境夜。まあ良い。今はどうでも良いことだ。

ワシがわざわざ顔を見せてコンタクトを取った理由は察しがついておるじゃろう。それを依頼したい」

「100体のソルジャーの駆除か」

「ああ。簡単じゃろう?その神の拳なら」

「造作も無いが、神に頼る愚かな劣等種。お前は代償に俺に何を貢ぐ? 」

「そうじゃな……好きなものを言って見よ。と、言いたいところじゃが、貢物とは誠意じゃ。何を貢ぐのか頭を悩ませるのもまた、誠意。

良し。ならば、一往復分の異世界旅行券をプレゼントしよう。これはそちら側は持ってはいないはず」

「…………いいだろう。用は済んだ。失せろ」

「ふっふっふ…このワシに失せろと来たか……新鮮な時間だったよ。神条境夜くん」

そう言い残すと、モニターの映像は真っ黒になった。

「やれやれ。異世界旅行と来たか……森羅継國、あの妖怪はつくづく嫌な手を打ってくるものだよ」

薫は、心底うんざりした表情で頭を抱える。

「まさか【第一の奇跡】を交渉材料にしてくるとはね」

「今はどうでもいいことだ。それより状況を教えてくれ。物量が100。フィールドが島一つ。これでは探し出すまでが重労働だ。巣の外に散乱しているアリを一匹ずつ潰していくのは面倒が過ぎる」

「ああ。それならTCS用のレーダーがあるから、これを持っていきな」

「そんな原始的な捜索方法なのか……ん? しかもこれ、反応が三くらいしかないんだが?」

「なんだって? 転送はすでに100体の転送が完了しているはずだよ。それが三体しかいないなんて……おい、急に数が増えたじゃないか。故障か…?いや、待て。これは」

言葉を紡ぎながら思考を巡らせていた薫は、ふと一つの可能性に行きついた。それは、神条も同じだったようで。

「フン。なるほどなあ。

同じモノに惹かれて湧いて来たか……」

ガシリッ。神条は拳を握って、何もない空間に視線を向ける。

「ちょ、アンタここから行くんかい⁉」

「気にするな。どこから行こうが、同じ場所には辿り着ける。スタート地点なんざ、拘るほどの意味はない」

そう言うと、握りしめた拳を何もない空間に突き出して、何もない何かを殴り砕いた。

そして、神条境夜はこの部屋から姿を消したのだった。




場面は戻り、銀河(うちゅう)がいる保健室前。

自分の大切な杖を投げ捨ててまで身軽になった銀河(うちゅう)は、現在殺意が存在と同居しているような白い怪物TCSの攻撃をひたすらに回避している。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

「きゃあっ⁉」

「オオオオオオオオオオオオー!」

「ふんす!」

両者の動作は三十分間ほとんど変化が無い。

ソルジャーが爪を振るい、銀河(うちゅう)はそれを全力で回避する。掛け声がいまいち必死さを感じないが、離れたら人質が喰われること。そして自分の杖を保健室に投げ込んだことと、中にまだ食べ過ぎで動けない哀れな後輩がいることで必要以上に現場を離れられない彼女は、必然的に近接戦から中距離戦以上の距離を開けられない。

(たまに隙あらばこいつを食うぞって感じで脅してくるのが、本当に性格悪い)

要所要所でけん制のように入れてくる脅迫に、銀河(うちゅう)は指に嵌めたリングを通して学生ポイントを魔力に返還・射撃で対応する。

「ああああーもう‼ せっかく溜めたポイントなのに‼ ぜええええーったいに後で学校に必要経費として請求してやるうううううううううー‼」

魔力は生命力を変換したエネルギー。生命力はあらゆる人間の行動すべてに必要とされるもの。寿命であり、思考力であり、判断力であり、体力なのだ。故にこの命がけの戦いでは、代用できるものは代用しなければ、動き続けることを強制されている銀河(うちゅう)の体力はすぐに尽きてしまう。

「グアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

そうでなくても、自らの命を害するものを死と隣り合わせで回避し続けることは銀河(うちゅう)からあらゆるエネルギーを削っていく。気力も、精神力も、そして、倫理観も。

想わないはずも無い。人質も後輩も見捨てて逃げれば助かると。

「やばっ、ちょっと掠った……」

考えることが罪になるだろうか?自分が生きるための全身全霊を。

「手も足も。どっちかやられると終わるんだよね……うちゅー」

なら逃げるべきだ。それを誰が責める?誰に責める権利がある?

「ガアアアアアアアアアアアアアアー‼」

一人生き残ることの罪を、誰が責められるというのか。

「ほんと、一々うるさいな」

ほら、また頬を掠った。女の子が顔に一生残る疵を付けられて良いのか?今なら逃げられる。幻聴のような自問自答が、延々続く。この声が自分が由来であることは、銀河(うちゅう)も否定はするまい。

ドンドン削られて、ドンドン鈍って、ジワジワ追い詰められて、いずれ墜ちる。

その未来を望まないなら、逃げるしかない。分かっている筈だ。

「アアアアアー」

「分かってるけど……それでも逃げたらうちゅーは明日笑って生きられないじゃん!」

再び人質を口に入れようと大口を開けるソルジャーに、既に準備していた魔力弾を撃つ。そして防がれる。もう何度繰り返したのか?いい加減うんざりだ。さあ、今こそ、変化を求める時だ。

「あっ……」

ガクン――。不意に銀河(うちゅう)の膝が崩れて地に落ちた。

「……ついに、体力が切れたかぁ」

まるで他人事のように呟いて、諦めたように肩を落とす。約束されていた未来が、当たり前に訪れただけの話だ。ただでさえ最初の大技の反動で身体はガタガタだった。そこに三十分常に動き続けた。とっくに限界は超えている。緩急をつけて騙し騙しで瞬間的に身体を休めながら戦っていた彼女には、最初から人質を助けて自分も助かるような力なんて無かったのだ。だから、当たり前のことを、当たり前に。星川銀河(うちゅう)は、もうダメだ。

「グギギギギ」

人質を盾に立ち回り続けたソルジャーは、実に陰湿な笑い声を上げて、銀河(うちゅう)に近寄る。逃げたくても、もうそんな力が無い。

「あーあ。頭から食べられるタイプの魔法少女になっちゃったかぁ」

すっと瞼を閉じて、すぐにでも来るだろう捕食の瞬間を待つ。

6年前に起こった【大神災】ではなんとか生き残れた。それでも、死神の鎌は特別扱いなどしない。通りかかった道の途中に命があれば、容赦なく刈り取っていくだけだ。

それが、今回は自分の番になっただけ。そう考えた銀河(うちゅう)だが、いつまで経っても生きている。あの冗談みたいな殺戮の爪も、クラスメイトを丸のみにしようと開けた大口の牙も届かないままだ。不思議に思って瞼を開けた。すると。

「ふぅー……ふぅー……!」

彼女の目の前には、引き締まった肉体と肩甲骨を晒した上半身のアップ。そして少し先には、腹部を押さえて両膝を地につけたソルジャー。そして、盾にされていた男はズルズルと引きずられながら、小さい猿のような生徒に回収されていく。

「ふぅー……ようやく胃袋の痙攣が収まったぞ…全く、美味いカレーと言えど食べ過ぎは身体に悪いものだな。サスケよ」

腹を支えるようにさすりながら、緑の縁メガネの男児は言った。

「左様でござるな、有間殿。しかし、半分以上を洗面器と白い布団にぶちまけてしまったとは言え、食事は食事でござる。であれば、食べた分しっかり働くのは日本男児として当然の行いと言えましょうや」

回収した人質を保健室の中に運び終えた猿は応える。

「うむ。それは全くもって同感だ。なにせ我らが日ノ本には、このような至言がある」


「「――働かざる者、食うべからず」」


「グ……オオオオオー……!」

「これはこれは。小生の黄金の右を受けても戦意を失わなとは、敵ながら見事。

だが、導真学園一年、有間成堅。貴様に一筋の敬意すら感じぬ」

身体の調子を確かめるように、二・三発シャドーを撃って準備運動をする成堅。その姿は紛れも無く、リングに上がる前のボクサーのものだ。

「まさか、あの怪物をボクシングで沈めたわけ……?」

魔力弾で多少ダメージを与えるのが精一杯なタフネスの怪物からダウンを取るほどの拳なのかと、銀河(うちゅう)は驚きの表情で現状を分析した。とても信じられたモノではないが、他に要因が見当たらない。

「ガアアアアアアアアアアアアアアー‼」

やられたままでいられるかとばかりに爪を振り上げ、ジリジリと間合いを詰め始めるソルジャー。

「逃げて‼ それ喰らったら死ぬよ!」

「大丈夫でござるよ。星川先輩。有間殿はああ見えて強者でござるよ。カレーには負けもうしたが」

銀河(うちゅう)の傍にやってきたサスケが、ひょいと彼女を担ぎ上げて保健室へ運んでいく。

「大丈夫って……でも貴方たち一年生でしょ?魔力弾だってまだ習ってる途中の時期じゃないの?」

「心配ご無用! 魔力弾が習いたてであろうと、一年間みっちり修行していようと、関係の無い話でござる」

「その通―り‼ なにせ我々、魔力変換効率が死ぬほど悪い落ちこぼれ!」

「来年までに見切りを付けられると、もっぱらの評判!」

「ゆえに習ってる途中だろうが免許皆伝だろうが知ったこっちゃ無し!」

「例え我らが二年であっても魔術の実力に変化など無し!」

「「我ら、二人合わせて落第コンビ‼」」

「合わせてる場合かー‼」

ブゥン‼保健室にいる銀河(うちゅう)にまではっきり届くほどの風圧を起こすほどの爪が、ついに成堅の頭に振り下ろされる!

「ガアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

「巨大(デカ)い。重い。速い」

それを軽々と交わした成堅が、敵のボディに左のストレートの拳を入れる。

「グウウウウウウウオオオオオオオオ………⁉」

「それだけの力がありながら赤子のように振り回すだけの攻撃か。口惜しゅうて仕方ないわ‼」

腹を殴られて前かがみの姿勢になったソルジャーの、今度は顔面に右ストレートを入れた。拳の接地面は人中と呼ばれる急所部分。マジで痛い。しかし、それだけに留まらず。

「魔力衝撃!」

ドォン‼

魔力をただ吐き散らして衝撃を加えるだけの、魔力弾の前の、魔力丸のそのまた前の現象だ。

『魔力弾』の『放出』『硬化』『留める』『射出』の四つの工程の一番最初の『放出』だけを行った状態。ゼロ距離でなければ何のダメージにもならないそれを、攻撃に転用して見せたのだ。

「嘘っ⁉ 効いてるじゃん……」

「驚くことではござらんよ。

あれは拳を撃った瞬間に、もう一発分の衝撃を与えてるだけ。ごく当たり前の物理衝撃が二回分同じ位置に加えられたもの。ダメージを上乗せしているのでござる」

「でも、そんなことしたら自分の拳も痛いんじゃ……」

「痛ええええええええええええええーー⁉ 超痛いーー‼」

「うわあ……有間殿、締らないでござるなあ……」

「閉まるか開くかの問題ではないのだ!どんな時でも心と感情を剝き出しに生を抱く!これこそが大和魂!漢のパッションだあああああああああああああー‼」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー‼」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー‼」

TCSが爪を振るう。振るう。振るう。今喰らった攻撃で、完全にこの男を敵と認識したらしい。怪腕の先にある殺すための爪を振るい続ける。だが、まるで当たらない。先ほどまでの銀河(うちゅう)に振るっていた時はまるで状況が違いすぎる。彼女はギリギリで回避し続けることに成功していただけに過ぎない。命辛々、度胸と意思で逃げ続けた。だが、この変態は違う。

「シッ、シッ、フッ!」

ワザとギリギリまで引き付けて、躱した爪にジャブを入れている。これがただの挑発なのか、はたまた意味があるのかは、オーディエンスには分からない。

「グガアアアアアアアアアアアアアアーーーー‼」

だが、TCSは明らかに頭に血を上らせている。その証拠に、ドンドン攻撃が雑になっていく。ブンブンブンと、怪腕を振り回すだけ。作戦などいらない。この爪が一発当たれば殺せるという驕りを全面に打ち出して、怪物はただの小僧を刈り取りに行く。

「それだけの肉体があって、心が伴っていないのは痛々しい」

タンと地面を一蹴りすると、成堅はTCSの懐に入り込む。

「ワン、ツー!」

体格差は歴然。だと言うのに、ついに怪物は変態の攻撃を一方的に貰い始めた。鳩尾に正確に二発腰の入った拳が二発。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……‼」

痛みに呻いてすぐさま後退する怪物。だが、間合いから逃げ切られる前に成堅はさらに前に出て拳の有効範囲から逃がさない。

「サン、シー‼」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー‼」

適格にダメージを通してくる成堅に、怪物はたまらず仰け反る。そこを逃さずラッシュで畳み掛ける。一発一発を正確に撃ち、同じ場所に。同じ場所に。

「はあああああああああああああああーー‼」

「凄い…あの子、魔術も使ってないのに、あの怪物に一方的じゃん……何でこんな状況になってるの? 」

「それはずばり、リーチの問題ですな」

銀河(うちゅう)の疑問に、サスケがさらっと答える。

「リーチの問題?」

「左様。もっともこの場合、腕の長さという意味ではなく、射程範囲の話ですが。

星川先輩は魔術で遠くから攻撃出来るわけですが、あのように懐に入られて殴られ続ければ、魔術もクソもないでござろう?

杖から魔術を撃っても、矛先が相手に向けられなければ、撃っても当たらない。そして導真リングで魔術弾を撃とうとしても、両腕をガッシリ抑えられれば当たらない。

そして抑えた側は頭突きでも何でもすれば、魔術が使えなくても戦えるでござるよ」

「それは、理屈はそうだけど。普通はそうなる前に魔術で遠距離攻撃されて負けるものじゃない?

だからこそ、遠距離攻撃って強さの基準のひとつなわけだし」

「おっしゃる通りでござる。だから近距離タイプの武士(もののふ)が遠距離の敵に勝つには、隙を逃さずに距離を詰めることが必須。逆に遠距離攻撃をする者は、決して敵を近づけてはいけないのでござるよ。肉体的にも精神的にも。

だというのに、あの白い怪物は攻撃手段が爪しかないことを晒しすぎた。

一度近づいて攻撃した後、攻撃方法を近距離に切り替えるでも無く、警戒するでもなく振り回すだけ。そしてあの爪は、なまじ怪腕で長すぎるがゆえに、懐に対して自由が利かない。だから有間殿は最も有効な戦術である、『敵の攻撃の有効範囲外から攻撃し続ける』という、リーチの有利を徹底的に活かす手法で、今こうして猛攻撃をしているのでござるよ。」

「な、なるほど…リーチってなにも遠くから攻撃出来ることを指すわけじゃないんだね」

「ご理解いただけて何より」

(しかし、観察している限りではあの白い怪物。痛みを感じている様子だが、まるで生物としてダメージを受けている感じがしないでござる。

例えるなら痛覚とヒットポイントがそれぞれ独立しているような違和感。恐らく、実際に撃っている有間殿本人が一番感じている筈でござるが)

成堅がラッシュを始めてそろそろ五分が経過する頃。

「おかしい! こいつおかしい‼ 五分も殴ってるのに全然倒れない‼ 泣きたい‼」

「グオオオオオオオ……‼」

TCSも呻き声こそ力を失っているが、全く倒れる気配が無い。まるで、成堅が疲労でダウンするのを待っているかのようだ。

「ぬおおおおおおおおおー‼ まだだ! まだ舞える‼ 唸れ我が大和魂‼ 弾けろリビドー‼パッションンンンンンンンーーッ‼」

残った力を全て注ぎ込むように腰を沈めて撃ち続ける。

「叩け! 叩け! 叩け! 叩けえええええーー‼」

サンドバックを無呼吸連打するように必死に殴る。

「オオオオオオオオオオ……!」

それでも、全く倒れない。苦しみで発しているはずのうめき声ですら、嘲笑のためのものなのではないかとすら感じられる。

「まずい…流石に有間殿の体力が限界でござる」

「ぬうううううううー! ぐうううううー……!」

歯を食いしばり、目玉が飛び出すほど全身に力を込めて、パンチの精度だけは落とさないように。だが、それでもここらが頃合い。

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

「ぐおおっ⁉」

今まで上手く怪物の抵抗を封じながらラッシュを掛けていた成堅の力がついに緩んだ。そこを逃さず的確に払い退けるべく、怪物は自慢の右腕ではなく人間体に近しい左腕で、成堅の頭を掴んで持ち上げた。

ようやく鬱陶しい相手を捕らえたTCSは、満足そうに口の端を歪ませると、地面に向けて叩き付けた!




「――ッッ‼」

受け身も取れずに叩き付けられた成堅は、ピクリとも動かず、否、動けずにいる。衝撃で受けたダメージよりも、自分自身の酸素欠乏症(チアノーゼ)に完全にやられている。汗と涙と血をボロボロ零しながらも、身体はただただ酸素を求めて呼吸を試みる。だが、息を吸おうにも肺がそれを受け入れず、手足は乳酸が溜まりに溜まって。正しく虫の息未満。

(ダメだ……息が………出来ない……)

「ゲヒャ……ゲヒャガガガガガガガガーー‼ 」

下卑た笑い声だ。生者の尊厳を犯すことを史上の喜びと言わんばかりの、骸の嘲笑。これまで吠える獣でしかなかった意識が、初めて愉悦の感情を見せた。

よ う や く 殺 せ る 。

爪を振り上げ、お待ちかねの串刺しを――

「待ちなさい!」

実行するまえに声が響いた。

愉悦の獣が顔を上げれば、そこにいたのは、先ほど殺しかけた二色の髪の女。生き残るために放った杖を、力の無い腕で構えている。もはや一人で持つことも出来ないのか、杖の先端は小さい猿顔の人間が支えて。

ま だ や る 気 な の か ?

怪物は瞬時に死にかけの獲物を拾い上げて盾にした。

お 前 コ レ 殺 せ な い 。

キヒヒと嗤い、勝ち誇った顔をする。

だが、目の前の獲物は顔色を変えない。

獲 物 怯 え な い 。ム カ つ く 。

もう待てない。充分待った。三度お預けを食らった。

も う 殺 す 。

走って殺す。爪で串刺しにして殺す。首を折って殺す。心臓を抉り出して殺す。両足を持って二つに引き千切って殺す。

殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


「コ ロ ス」


「ひいいいいいいーー⁉ 星川先輩―‼ 怪物来た!バケモノ来たー! 殺されるぅーー‼」

「待ってその言い方だとうーちゃんが怪物みたいに聞こえるから止めて欲しい‼」


「コロスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーーーー‼」

泣きわめく猿顔は後に回して、ムカつくあの女を殺す。


「コロスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーー‼」


あと一歩で届く。さっきのガトリング砲ももう当たらない。スピードは見切った。殺せる‼


意気揚々と、怪物は爪を振り抜いた。

「どうどう?これがうちゅーの好きな魔術。『視覚変化』と『反響変化』だよ。光の屈折率とか、音波の反響とか。めちゃめちゃ勉強したの」

「はい。勉強になるでござる!」

「うわー絶対適当に言ってるの分かる~」


「――⁉」


一歩進んで爪を振った後、斬ったのは肉体ではなく空間だった。そこにいたはずの獲物は揺らいで消えて、そして本体は保健室を背に、同じポーズで立っていた。


「さあさあお立合い! これは宇宙の本をたくさん読んでた時に偶然見つけたページを参考にして開発した、うちゅーの最強の必殺技。ぜんぜん魔法少女っぽくないけど、こういうバラバラにしても何でか復活するタイプの敵に対処出来る手段として作ったの。

一瞬だからよく見ててね」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

何をするつもりか知らないが、関係ない。何故なら人質がいるのだから。あの獲物に出来ることなんて何も無――


「リ・ノヴァ」


スッと、痛みも何もない光が、肉体に当たって、背中に貫通していった。これはTCSが認識したことではなく、ただの事実だ。本当に、何も感覚は無かったし、視覚に捉えることも出来なかった。

ただ心臓の部分を通過して、通り過ぎて、そして。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー⁉」


唐突に、何かに吸い寄せられた怪物が、憑依されていた男子生徒と有間成堅の肉体を残して消えて行っただけ。

「外側だけが何かに吸い込まれて行った……星川先輩、アレは一体何でござるか……?」

「リ・ノヴァ。ノヴァの意味は新星だから、リが付けばある意味では死の惑星(ほし)みたいなイメージかな

簡単に説明すると、光線でマーキングした対象の背後に原子単位の大きさのブラックホールを疑似的に再現して、その重力で引き寄せて押しつぶすみたいな」

「に、二年生になるとそんなものが創れるのでござるか⁉」

「まさか~。何かひとつ科学的なものを魔術で再現するためにとんでない量の化学知識が必要になるんだよ。火を起こすだけでも、その化学式をしっかり理解したうえで魔術の方程式に当て嵌めなきゃいけないの。その上で魔力の量もバカにならないぐらい必要になるよ。

うちゅーみたいに、子供のころから興味があって勉強してる人じゃないと無理だよ」

「そ、そうでござるか……」

「少なくても、うちゅーはこの杖(ジャベリン)に莫大な計算式を入力して、魔力を増量して、時間を掛けなきゃ使えない。

今回の場合、元々込めた魔力も少ないし、時間も30分くらいしか無かったから、かなり危ない橋を渡ってたんだよ……。アイツが一度バラバラになってから人に寄生するみたいにくっついてたから、外側だけならギリ剥がせるかもって、人生はギャンブルってやつだね」

「お疲れ様でござる」

「ありがとう……。

さてと、チャージの時間を身体を張って稼いでくれたせーけん君も介抱して……あ」

銀河(うちゅう)が覚束ない足取りで酸素欠乏症と地面に叩き付けられた衝撃でダウンしている功労者の元へ向かうと………。


「クンクンクン‼ クンクンクン‼ スハーッ‼ クンカクンカ! クンカクンカ‼」


そこには出所不明なレースの付いたブラジャーを酸素ボンベのように吸っていた変態がいた。


「ハァー! ハァー‼ いかに肺が酸素を受け付けずとも、女体の香りなら地平線の彼方までお代わり自由‼ この大和魂の前に肉体の限界など無意味‼ パッションンンンンンンンンンンンンンンーー‼ クンクンクンクンクンクンクンクン……‼」

たったひとつだけ、仕事をしたこの変態を擁護するのであれば、血走った目は酸欠が原因であり、この変態行為は特に関係はない。はず。


「…………」

不幸にもそんな悍ましい様子を目撃した銀河(うちゅう)は。 

 

「もうすっからかんだけど、後一発分だけ鞭打って働きますか~。アハハー」


無駄に学生ポイントを魔力に変換して、本日最後の魔術を敢行した。


「うちゅーのチリにな~れっ☆」


「え? 星川女史? 一体何を? え⁉ ちょ‼ うぎゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーー‼」


「…………本当に締まらないでござるなあ」




学園の森の中。バキバキと音が鳴り、決壊したダムのように閃光が一筋、二筋と。何もない場所から発光している。そしてその場所から、ドアを開けて出てきたかのように自然に、神条境夜が現れた。手元にあるレーダーに視線をやる。

「…………地図の精度が低すぎて訳が分からない……」

凶悪の風貌をしつつも、心中はしょぼんとかぴえんとかなっている境夜は、粗悪なレーダーに振り回されてあっちへ行って迷い、こっちへ行っては迷っていた。なんなら少し泣きたい。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

そんな時、咆哮が響いた。音のした方を振り向けば、白い右腕がデカい包丁になっているTCSが臨戦態勢を取っていた。

「…………よ、ようやく見つけた……!」

無暗に感動してホロリと涙がこぼれた境夜に、TCSは容赦無く突撃し怪腕を振るってくる。だが、境夜はその腕を掴むと、事も無げにぶらんと持ち上げた。

「ガアッ⁉」

「ほーん。人為的に俺を創るって言ってる割に、随分小さいな」

TCSは、神条境夜を創り出すというコンセプトの関係で、元の死体の体格に関わらず、その身長は二ートルを優に超える巨体に調整されている。だが、オリジナルの境夜からすれば、恐ろしいことに矮躯なのだそうだ。まるで人形で遊ぶかのように腕やら足を好きに弄り回している。

「しかも何だこの包丁。俺はこんな怪物じゃないぞ……」

不満げに顔をしかめると、包丁の右手を千切る。

ブチリ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアーー⁉」

右腕をあっさりと千切られたTCSは悲鳴のような声を上げる。まるで大人とオモチャ。戦いになりはしない。

「ふむ。意外と刀身は意外と良く出来てるな」

そう言うと、境夜は左手をTCSの頭にポンと置く。そして。


ボキボキグチュグチュプチプチ…ッ‼


そのまま体重を掛けて文字通り圧し潰してしまった。プレス機に掛かった様に見事に圧迫され潰れたTCSの白い身体はミンチと化して、その実行者は千切った右腕の切れ味を見たくなってその辺の樹木に向けて右腕を振り抜いた。樹木はスパンとバターのように斬れて崩れ落ちてしまう。

「いっそ剣を売り出した方が売れそうだ」

倒れた樹木のドスンという鈍い音を、日陰で湿った土が吸収していった時。

ガアァァァァーーーン‼

「ん?」

突如樹木が炸裂して、真ん中部分が弾け飛んだ。

「……? 木が爆発した?斬った物を爆発させる魔術でもあるのかこれ」

などと呆けたことを言う境夜だが、敵意を持った野太い男の声がしたのを、聞き逃しはしなかった。

「巨躯な身体、右手にはクソバカデカい包丁……」

その男はとにかく目立つリーゼント頭に白い長ランを着た時代錯誤の大男。

太い眉を吊り上げ、拳を握る。怒気を孕んだ声に反して、瞳は理性的。だが、確かに臨戦態勢だ。

「お前が……ワシの仲間を」

「……」

身長は二メートルを超えている。境夜には足りていないが、それでも見劣りしない体格で、歩を進めて距離を詰める。

「ぬうううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー」

握りしめた拳を振りかぶり、大地を踏みしめて顔面に振り抜く。その拳は砲丸のように力強く、確かな敵意を持って放たれた。だが、神条境夜はその拳を防ぐでもなければ躱すでもなく受け入れた。

その拳は会心の一撃となって着弾した。最良のタイミングに、最高の力の伝達。だが、境夜はそれをゴムボールでも跳んで来たかのように僅かに頭が動く程度の反応。そして真顔で左手の指をポキポキ鳴らす。

「…………」

「そうか。そうだろうな。やはり効かないか」

身長二メートル超えの人間が全力で放った拳打が通用しないなど、そうそうあり得ることでもないだろうに、その現実をあっさり受け止めた男は、僅かに距離を取って両腕を腰に溜める。

「ワシは成宮厳湖津。お前に倒された仲間の仇を取るつもりで来た。

だが、見た瞬間にはっきり分かった。ワシは勝てない。怪物とはよく言うたものじゃ。その身体。人間のものと根本的な作りが違う。それでも、ワシは仲間の仇を取らねばならん!

たとえこの命を引き替えてもだ‼」

その言葉と同時に。厳湖津は両手を開いて前に突き出した。

「魔力砲――‼」

「む――⁉」

全身を砲台にして放たれた光は、周囲の木々と地面を抉り取って破壊し進んでいく。推進力と衝撃のみの純粋な大砲。ただし、密度が高すぎる魔力の突進は摩擦係数も魔力弾とは桁違いに高く。擦られていく酸素や大地、木々が熱煙を燻らせる。

「ぬううううううううううううううううううううううーー‼」

厳湖津の骨身が悲鳴を上げる。命を賭ける覚悟で、仲間と共に稼いだ学生ポイント全てをつぎ込んだ砲撃の代償は両腕の骨の粉砕と肉の破裂。放出中に照準が狂わぬように噛み締める歯は割れて。どれだけ無理をしているのかは、力を入れすぎて目から血潮を流した姿が物語っている。

(腕の筋肉が…骨がひび割れて行く……だが!)

「ワシの仲間を傷つけたキサマを、絶対に許しはせん……っ許しはせんぞおおおおおおおおおーー‼」

「――!」


「厳湖津!」

そのすぐ後に、命をつぎ込んだ咆哮と共に魔力砲を撃ち切って膝を折っていた厳湖津の後ろ姿を発見した来軒が駆け寄った。

「おい、厳湖津。大丈夫か――お、お前その腕……⁉」

「ハァ……ハァ……来軒。

か、仇は……取ったぞ」

「っ!」

その言葉を聞いて、初めて来軒は厳湖津の視線の先を認識した。

黒く焦げた土に、巨大なショベルカーですくい上げたかのような抉れ方をしている大地。そして、極めつけは……巨大な隕石が地下を掘り進めたのかと言わんばかりに空いている、底の見えない奈落の穴。

「お、おい。これどんだけ魔力込めたんだよ……」

「は…ははっ。学生ポイント…全てつぎ込んでやったわ」

「す、全て⁉ バカ野郎‼そんなのどう考えてもオーバーキルじゃねえか!

死体ごと灰にして学園の土地にクレーター開けるほどつぎ込んでどうすんだよ‼

あーあ、腕が直視できねえことになってるじゃねえか。敵討ちが終わったからって人生が終わるわけじゃねえだろうがよ!明日からどうすんだよー‼」

「は……ハハ。そう、だな。どうしようか……」

「どうにもなんねえよ。学園ポイントも空。多分丑三も同じようなことして専用MAC造れるポイント貯めてるだろうし。

あのチーム、ぜってえ増長すんぞ」

「いや…そうじゃないんじゃ」

「あん?じゃあ何よ?」

「……アイツらが死んでしまったら……ワシは、寂しい」

動かない腕と無事な肩をだらりと落として、目からはボロボロと血の混じった涙を溢す。

その様子に、来軒も暗い表情になる

「なあ、来軒。人はどうして死ぬのだろうな」

「……そんなの、分かるわけないだろ」

「強いて言うなら、生きるためだと思うぞ」

「……生きる…ため?」

虫の息の厳湖津は全く気付いていないが、無傷の来軒は、自分とも友人とも違う者の声に反応して、声の方を向く。具体的には、底の見えない穴の開いた方を。するとそこには、全く見覚えの無い金髪の巨人、神条境夜立っていた。

「ひっ⁉ な、なんだこの凶悪な顔面の巨人は⁉」

 来軒の率直な言葉傷つきつつも、境夜は厳湖津の疑問に答えるために言葉を紡いだ。

「命が終わらないと、新しい命が生まれて来ても居場所が埋まって使えない。古い命は新しい命に時代と席を譲り渡して消えて行く。そうでなければ、世界は停滞して止まってしまうんだ。そうでなければ、命は魔力と同じ。ただのエネルギー。使われるだけのものになり果てる。

不老不死ってのは、生きるんじゃなくて死なないことなんだ。死なないだけの世界は、変化しない。進化しない。退化しない。世界中がニートになるだけの世界の完成だ。

移ろわざるは、死にゆくことだ」

そこで初めて、厳湖津は顔を上げ、倒したはずの神条境夜が自分を見下ろしていたことに気が付いた。着ているスーツにもなんら損傷がない辺り、上手く回避したのだろう。

だが、厳湖津に困惑はない。やはり生きていたか、くらいの表情だ。

「…………変化の為に(そんな理由で)、人は死んでいくと言うのか」

「…………変化の為に(そんな理由で)、人は争うだろ」

そう言うと、右手に持っていた包丁の腕を地面に突き刺した。

「やるよ。お前が求めていた、仲間の仇の残骸だ。仲間の墓に、華として供えてやるといい俺が先にやっちまった。悪いな」

「……勘違いで、命を狙ってしまったと言うことか。すまない」

「問題ない。戦場では味方の流れ弾が死因になる場合も珍しくはないからな。

あやうくスーツがボロボロになるところだったから穴掘って逃げたしな」

「は? え? 勘違い⁇ 何それ全然大丈夫って言わねえだろ」

「それに、お前のその腕。ボロボロだ。そこまでして仇を取りたかったんだろう。

そんな復讐の相手を、俺は殺してしまった。それで対象が俺に代わっても仕方のないことだ」

「いや器のデカさが意味不明なんだけど⁉」

「ぐ……ぐうぅっ‼ す、すまない‼ すまないいいいいいいいいいいいいいいいいいいーー‼うわああああああああああああああああああああああああーー‼」

「うわあ……泣き顔が死ぬほど汚え」

「ぶわはあああああああああああーー‼ ぶふわあああああああああああーー‼ みんなあああああああああああああーー‼ すまないいいいいいいいいいいいいいいいーー‼」

「あああああああああああああああああああああああーー‼ もううるせえ‼」

顔面が縛ったチャーシューか不摂生の三段原腹のようにシワを刻んだ泣き顔で顔面を顔汁塗れにして泣く厳湖津と、その鳴き声がうるさすぎて天に吠えた。

「ところで、この白いの。他にもいるはずなんだが、どこから湧いて来たか知らないか?」

「え?こいつまだいるのかよ⁉オレ達はダンジョンの出口から来たけど、待ってた仲間がやられたんだけど……ダンジョンの中にはいなかったよ」

「何? それはおかしいな。ダンジョンに輸送されているはずなんだが……」

「――そこの人たち~大丈夫かにゃー⁉」

境夜が思考を巡らせていると、背後から特徴的な声が聞こえた。

「ん……魅傀か」

「にゃっ⁉ きょ、境夜にゃん!どうして森の中にいるの⁉もしかしてやるべきことってサバイバルだったにゃ⁉」

「……ん。狩りをするって意味ではサバイバルとも言えるんだろうか」

「そ、そうなんだ。境夜にゃんのやるべきことがサバイバルなら、魅傀も一緒にサバイバルしたいにゃ」

「そうか。でもサバイバルは大変だから、ピクニックにでもした方がいい。運が良ければ今日中に終わる見込みが見えたから、近いうちに実現するかもしれない」

「ほんとう⁉ 凄い進展にゃ!」

「ああ。そうだな。三か月も世界中駆けまわっておいて、目当ての奴がスタート地点に隠れてましたって辺りに憤りを感じなくも無いが……飲まず食わずで三か月だぞ。三か月」

「大変だったんだにゃ。境夜にゃん。魅傀がよしよししてあげるにゃ」

「……ありがとう。」

境夜は巨大な身体を膝を折って差し出す。それでも全然高さが抑えられていないので、魅傀はつま先立ちでうーんと背伸びしながら金髪の頭を撫でた。

「ぷはぁ! 境夜にゃんはとっても大きくてびっくりにゃあ……」

境夜の大きさに合わせてカラダに無理をさせた魅傀は、大きく息を吐いた。それでも満足そうな笑顔を見せている。

「…………んで、イチャ付いてるとこ悪いんだけど。犬飼さんはそもそも何でここにいるの?」

「にゃっ⁉ 木野くん、それに成宮くんも⁉いつの間にいたのにゃ⁉」

「いや、ずっといたよ? そこの人たち~って言ってたじゃんか。ってか、そこで泣きわめいているゴリラすら認識外なのはそのネコミミが飾りかって誹りを免れないんだよね。どんだけそこの巨人に意識が行ってたんだよ神条さんって言ったっけ?」

「にゃあっ⁉ そ、それはそのー境夜にゃんがおっきいから見えてなかったのにゃ」

「まあ確かにデカいよね……。基本的に背が高いやつは敵に見えるオレでも、これは全然嫉妬しないってくらいには。

人類は光の巨人と身長比べはしないもんな」

「にゃあ! 境夜にゃんは光の巨人みたいにかっこいいにゃ!」

「…………うん。(空気読み)

で、質問に戻るけど、何してたの?どっか行こうとしてたんじゃないの?」

「あ! そうだったにゃ。ダンジョンの出口の様子を見に行こうと思ってたんだった!」

「出口に?あそこには行かない方がいい。怪物の犠牲者が倒れているだけだ。あとはここに来る途中に連絡しといた三坂先生が向かっているくらいで」

「充分おおごとにゃ⁉

それじゃあやっぱり口にもあの白いのが出てきたんだ」

「ああ。って言っても、オレ達はダンジョンから出てきた時には既にそいつがいなくて、追いかけてきたら……まあ、うん」

「俺が潰した後だった」

なお、文字通り潰した元白い怪物の赤い肉はすでに灰である。

「なあ、魅傀。まだこの学校にはTCSが100体はいる筈なんだ。どこか思い当たる場所は無いか?」

「「百体⁉」」

「それほどの数が……⁉」

「いるはず(・・)なんだが。見つからない。レーダーはこの辺にいるって言ってるんだが……ん? 」

何かに気付いた境夜が、空を見上げる。

「どうしたの?境夜にゃん」

魅傀がそう聞くと、突然空にバチバチと稲妻を纏ったレーザーが上がった。

「あれは、ひひろにゃんのリーサルガンにゃ!」

「は? リーサル⁉ ってか、あれレールガンじゃねえか!

冴葉のMACってそんなヤバいの撃てるのかよ⁉」

「う、うん。冬頃に見た境夜にゃんの魔力砲に、負けず嫌いが発動しちゃって。校長先生に直談判して撃てるようにしてもらったにゃ」

「え? そんな理由であんな殺人ガン作ったの? ってか、あの銃向けられるの基本オレ達だよね?なんなの?あいつオレらのこと殺す気なの?」

「そ、そんなつもりじゃないと思うにゃ。ただ…………負けず嫌いが行き過ぎると知能が下がるって言うか。ちょっと幼児性が増すって言うか。にゃ」

「目線を逸らすな犬飼」

「にゃあ……でも、いざ境夜にゃんみたいに魔力砲をガンガン撃てるようになると『使い所がない』ことに気が付いてしばらく目の光を消して笑ってたにゃ。対人戦ならショックガンがベストにゃ。だから安心してひひろにゃんに撃たれるといいにゃ」

『いいわけねえだろ殺すぞ、いや殺されるぞ。』と威嚇してるのかビビってるのか分からないセリフを来軒が口にしたところで、流れをぶった切って境夜が魅傀を両腕で大事そうに抱え上げた。

「にゃ⁉ にゃあ⁉ きょ、境夜にゃんどうしたにゃ⁉」

「おそらくアレは狼煙だ。救援を要請しているのかもしれん。最悪、あそこに100体の群れがいる可能性もある。

負傷者は友人に任せて、俺達は急行しよう。キミの友人なら、尚更急いだほうがいい」

そう口にすると、その場から助走も無しに跳び上がった。その高さは約300メートル。

それを目の当たりにした来軒は、宇宙人を見る目でその光景を見つめている。

「…………何だ。マジで光の巨人だったのかー。アハハハハハハハハ」

そして、当の本人は

「あ、やべっ。思ったより跳んだ」

予定より跳び上がりすぎたらしく、素っ頓狂なことを口にしている。そして予想外に空の旅に強制連行された魅傀は……。

「うにゃーーっっ‼ 凄いにゃーー‼」

目を輝かせて地平線を観ていた。

(怖がらせてしまうかと思ったが、予想外に楽しんでいるようだ。良かった)

「ねえねえ境夜にゃん!」

「ん?どうした?」

「ピクニックは高い山の上がいいにゃ! 境夜にゃんにだっこして貰ってジャンプしたいにゃ!」

「ふむ。そうなると空気圧の変化に耐えられる弁当がいるな」

「そうだね! 今日はカレーをご馳走になったから、お弁当は魅傀がつくるにゃ!」

「そうか。それは楽しみだな」

「うん! 魅傀も楽しみ!

境夜にゃんのやることが終わったら、絶対一緒に行こうね!」

「――ああ。行こう」




ダンジョン入り口前。

「みんな何してるの! 早く校舎に逃げなさい‼」

冴葉日緋色は自身の専用MAC『REX』を構えながら叫ぶ。射線の先にはダンジョンの入り口、そして今にも入り口が崩壊しそうな勢いで放出される白く、右腕が何らかの改造を施された人型の怪物――TCS。その数100体。

そして、日緋色の背後には、最初に魅傀が脳を破壊して倒したはずの個体が生徒を狩り取るべくカニのツメのような怪腕を振り回している。その姿に知生体の名残は見られない。完全な暴力の擬人化。そして狩られる側の人類は、切り札の導真リングの攻撃がまるで有効打にならず、逃げ惑うことしか出来ないでいる。

「くっ……! このっ‼」

弾切れになったREXから排莢して、すぐに次の魔力を込めた弾丸を三発装填する。

対人間用の鎮圧弾――ショックガンなら、これで9発分のエネルギーが込められる。しかし。

「装填完了(リロード・オン)。非殺傷設定崩壊(リミッターブレイク)。魔力充填(レディ)。

リーサルガン、砲撃(バスター)―‼」

今、彼女が撃っているのは神条境夜のかつて見せた魔力砲に対抗するべく設定された、破壊と貫通の弾丸。一発の射撃で射線上全てを貫く超電磁砲(レールガン)。弾丸一発につき一発分しか撃てない代わりにダメージが通らなかったショックガンと異なり、リーサルガンによって数体を一気に串刺しに出来る超攻撃力に変化した。

ただ、敵が多すぎて、弾丸の持ち数が追い付かない。

「次から次へと‼」

すぐに三発撃ち終えて枯れた薬莢を排出。太もものホルスターに差し込んだ手のひらサイズの弾丸を三個引き抜いて装填する。本来は背後の個体も撃ち抜きたい。だが、クラスメイトが邪魔過ぎて全くそのチャンスが来ない。よって日緋色は現在、前方の敵を絶対に撃ち漏らせないプレッシャーに加えて、背後の敵がいつ自分に向かって来ても対処しなければならない。武器は装弾数三発の銃のみという、クソゲー感極まる状況での戦いを強いられていた。

(腰のベルトに付けた弾丸が七個。両太ももの弾丸が残り三個。敵の総数不明。背後にはいつまでも逃げきれないクラスメイト。状況が最悪過ぎる。一人じゃ絶対に倒しきれないから咄嗟に上に撃ったけど、誰か気付いてくれたのかもわからない)

「いっそ全部壊せれば楽だけど、出口にまだ人がいるかもしれないし……あーー‼もうどうしたら良いのよ⁉」

「えー⁉ なんて言ったのー‼」

「だからどうしたらこの状況を――魅傀? え、声どこから……?」

前方に注意を払いつつ周囲に視線を送る。右。いない。左。いない。後ろ。いない。下。いない。…………上⁇

「にゃあああああああああーー‼」

魅傀の声が空の上から聞こえて来て……。

ひゅーーーー…………


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォーーン‼


「ふわっ⁉」


何かが落ちて来て、土煙が上がる。

そんな土煙の中にいても色褪せない金色の糸がたなびいた。巨大な身体はまるで隠れていない。

「ようやく見つけた。お前らが、俺の……」

「ヒィッ⁉一層凶悪な顔面の敵が……って、神条くん……⁉」

拳を握りしめる。前方には大量のTCS。殴るもよし、魔力で蹴散らすもよし。そして……

「獲物だ……!」

湿気のある森の地面を拳で殴って、地割れを起こして落とすも良しだ。

「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー‼」」」

唐突に自分の身体を支えてくれた母なる大地を失ったTCS達は、迷子の子供のように悲鳴を上げて落ちて行く。その深さは、日緋色の視点から見てもはっきりと奈落の底だ。

「⁉ はぁ⁉ え⁉ は⁉ 」

地割れは丁度ダンジョンの手前までで止まっていて、まだダンジョンの入り口から身体を出し切っていない個体以外は殲滅された。

それを確認した境夜は、両手を天に向けて差し出して。

「ん」

「にゃあんっ!」

落ちてきた魅傀を受け止めた。

「魅傀⁉」

「にゃあー流石にびっくりしたよ~! 空中で更に上に投げ飛ばすなんて、境夜にゃん凄いにゃ~」

「怖くなかったか?」

「楽しかった!」

「そうか。それは良かった」

境夜は穏やかな気持ち(顔面凶器の境夜の表情は殆ど喜怒哀楽を正しく表現していないが)で魅傀を優しく地面に下ろすと、背後にいるTCSの元にワープ同然の速さで近寄ると、頭を握りつぶした。握った頭は肉が崩壊するでも出血するでもなく、クソコラで縮小処理でもされたかのように首から上が小さくなっている。

「どういうことなの……?」

「『握迫撃(あくはくげき)』。二度と元に戻れない代わりに、握りつぶした物を破壊も欠落もさせずに縮小するものだ。

原理とかは、俺にもなんかよく分からない。常識を握りつぶす握力で圧を掛けたら自然とこうなった」

「アンタは一体何を言ってるの⁉ 魔術って『魔力をエネルギー源にして魔術の方程式を使って物理現象を引き起こすもの』なんじゃないの⁉」

「魔術じゃない。握力だ」

ニギニギと肩、腕、胴体、脚と。キュッキュと潰して粘土のように丸めると、ポイっと自分が割った奈落の底にポイ捨てする。

「あ……ありえない……何コイツ。なんなの……⁇」

日緋色がわなわなと震えている間も、ダンジョンから出てきたTCSが次々落ちて行く。

そんな気の抜けたギャグのような状況を見ながら、境夜はレーダーを確認する。

「殆どのTCSがここに集まっている……だが一向にアレが現れる気配が無い……何故だ」

「アレって境夜にゃんの探し物?」

「ああ。俺が学園との契約で探してたTCSの特別個体」

「ねえ、ちょっといい?そもそもその、TCSって何なの? あの白い怪物のこと?」

「正式名称タブー・カスタム・ソルジャー。詳細は省くが、ダンジョンでターゲットとして配置されていたものを実践的に調整したシリーズだ。

本来学生が相手をするものじゃないんだが、雑な管理のせいで漏洩したのが暴走して今に至る」

「……そんなことのせいで、斎藤先生は殺されたんだ…… 」

人が喰われて死ぬようなショッキングな映像がフラッシュバックしてしまい、苦い顔になる日緋色。それでも、普通なら発狂モノの状況でこの程度で済んでいる辺り、強い方か。

「…………言い辛いんだが、俺が探している個体は今から更に三か月前に逃亡した個体なんだ」

「何よそれ⁉ それじゃあ斎藤先生は、失敗から反省しなかった怠慢に殺されたってことじゃない!」

「そうなるな。人間は基本、失敗から学ばない。だから戦争は終わらないし、欲望の犠牲になって殺される人が後を絶たない」

無感動に口にしたその言葉は、日緋色の心をざわつかせる。だが、レーダーに注目している境夜にその人間らしい感情の変化は伝わらない。

「アンタ何でそんな平然としてられるのよ? 人が死んでるのに……」

「俺は生きている相手の命なら護ることが出来る。だが、死んだ人間はどうにもならない。

誰とも知らない人間の死に動揺するには、戦場で死に関わりすぎた。それだけだ……」

自分の罪を独白するように零れ出た言葉に、日緋色は目の前の巨人が戦争で兵士だったと言っていたことを思い出した。

彼に人の命の儚さを語るのは、釈迦に説法と言うものだ。

「そっか、アンタ少年兵……ううん、ごめん。取り乱しすぎたわ」

「問題ない。人の死を悼む気持ちは正常な人間の証だ。

正常な人間なら、戦争の無い世界で、銃弾や爆撃に身を晒さずに生きて行く権利がある。

俺みたいな異常な存在に、その権利を害されることに対する恐怖心を、誰が咎められるものか」

瞬間――。天空からバチバチとショートした回路のような音が聞こえる。

「雷の音……?」

「でもおかしいにゃ。空は雲も無い青空にゃ」

境夜は手に持ったレーダーを握りつぶして天空を睨む。自分が害することの出来ない宙(ソラ)を。

「来たか。実験体の中でも特に好奇心の狂気に凌辱された被害者が……」

「境夜にゃん……?」

 「ねえ! 空を見て魅傀。アレ青空じゃないわよ!」

 「え⁉ 何⁉」

悲しそうな声を出した境夜を心配していると、日緋色に声を掛けられた魅傀がまた空に向き直る。だが、見上げた空は未だ青い。何が違うのか分からずに目を細めて「む~? 」と空を観察する。だが、いくら見ても青い空。まるで人間が汚さずに美しさを保った大海原の真ん中を見ているようだ。ほら、あの辺なんてこの島と同じカタチを…………。

「…………何でお空に学校のある島が映ってるにゃ⁇」

「あ、あの島……少しずつアップになってない?」

「ああ。なっているんだろうな。おそらく、あの空に映っている島は、別の次元の……――」


ズオオオオオオッ……‼


空気抵抗に抗う愚を咎めるが如く重低音で鳴り響く星の嘶きと共に、突然天空に島が現れる。

今いるこの島を三角形と評するのであれば、天空から大地に降下するあの島は、逆三角形。山の山頂であろう場所から、学園のあるこの島を貫く裁きの鏃のように降りてくる。このまま行けば、島の崩壊は言うに及ばず。隕石が落ちた大地のような凄まじい衝撃が起こり、地震と津波の大災害で日本列島や隣国が飲み込まれかねない。

「――な、何これ⁉ なんなのよ⁉」




突然起こったリアリティをかなぐり捨てた超展開に、日緋色はパニックを起こす。否、日緋色に限った話ではない。

境夜によって脅威を排除され九死に一生を得た二年生達。

「な、なんだよアレ! あんなデカい隕石が来るなんて聞いてないぞ⁉」

「じょ、冗談じゃねえぞ! あんなもの落ちてきたらこの島どころか星が滅ぶぞ‼」

「もう嫌あああああああああああああーー‼ せっかく生き残ったのに、こんなの酷いよおおおおおおおおおーー‼」

「お母さーーん‼」

異常すぎる異音に危機を覚えて外の様子を確認した教員、一年生の生徒たち。

「お、おい!アレは一体なんだね⁉あんなものが墜ちてくるなんて聞いていないぞ!」

「きょ、教頭先生! とにかく生徒の避難を!」

「60人だぞ! しかも二年生は今日は例のダンジョン実習だ。間に合うわけが無いだろ‼こんなところにいられるか、私は今すぐ逃げるぞ‼」

「教頭――‼」


「せ、先生! アレなんですか‼」

「んー?

――何だアレ⁉隕石か⁉」

「せ、先生!あんな隕石が落ちてきたらこの学校ヤバいんじゃない⁉」

「おおおおおおおおおち、おちけつお前ら! たしか今日は二年のダンジョン実習での怪我に対応するためにフェリーが来てたはずだ!お前らとにかく走れ‼」

「は、はい‼」


島の外の人間達も。落下してくる島のあまりの大きさに多くの人が気付き、カメラを向けてSNSに投稿する災害時のジャパニーズマストを遂行するべく愛国心を露わにしている。政治家は六年前の【大神災】を想起して無力に怯えている。

「どういうことだ……⁉ アレは?

まさか、六年前の【大神災】が再び起こると言うのか⁉」

「総理! すぐに森羅継國に連絡を取ります‼」

「急ぎなさい‼ あの老獪が何を考えているのかすぐに調べなさい‼」

(私は今のうちに逃げるけどな‼ )




「り、りり――装填完了(リロード・オン)! 非殺傷設定崩壊(リミッターブレイク)! 魔力充填(レディ)‼ リーサルガン、砲撃(バスター)―‼」

ヤケクソも同然の勢いでREXを構えた日緋色が、島に向けてリーサルガンを撃ち放つ。しかし、殆どオゾン層と同じ高度に存在している島までまるで届かない。

「はぁ……! はぁ……! と、届かない……ッッ‼」

一秒先にも迫ってきそうな圧倒的死を前に蒼白した表情で呼吸を乱す。

「……境夜にゃん。あの島はなんなのにゃ?」

「アレは、この次元とは別の次元の、同じ方位にある島だろうな」

「同じ……次元?」

「ああ。魔術を学ぶなら、その根本……宇宙を創生する際に生まれた魔術の四台元素は習ったんじゃないか?」

「う、うん。奇跡って書いてまほうって読むやつにゃ。え~っと……」

こめかみを両手人差し指で刺激しながら、難しい顔をして記憶を引きずり出す。

「一年生の最初の頃にちょっと勉強しただけだから自信が無いけど、たしか……。

第一奇跡(まほう)。宇宙が存在するための空間を生んだ【次元】の奇跡。

第二奇跡(まほう)。存在が移ろうことを可能にした【時空】の奇跡。

第三奇跡(まほう)。空間と時が途切れることが無いように供給されるエネルギー元。【無限】の奇跡。

第四奇跡(まほう)。空っぽの空間にあらゆる中身を生み出す想像力。【夢幻】奇跡。

この四つにゃ」

「その通り。魔術は奇跡(まほう)の完全劣化互換であり、あらゆる魔術は第一から第四までの奇跡のいずれかの力の残りカス。人間の技術力で実現できる事象を魔力専用の方程式に当て嵌めて、エネルギーに魔力を使うことで実現する、文字通り魔の技術。

そして奇跡(まほう)は、人間には実現不可能な宇宙の法則を用いて世界を己の手の平で転がす……宇宙全体を巻き込む悪戯だ。

そしてあそこに出てきた島も、紛れもなく。【次元】の奇跡によって空に繋がった平行世界の穴から出てきたものだ」

「アレも、悪戯ってことなのにゃ⁉」

「ああ。奇跡の力をほんの一部でも手にすることが出来たなら、面白半分で地球の環境を変えるくらい造作も無い。一秒後に世界地図を嘘にすることも出来るし、粘土みたいに地球平面説を主張するやつらの望むカタチにすることだって出来る。それら全ても、ただの悪戯だ」

ただしそれをして元に戻せるのは【時空】と【夢幻】だけだけどな。と言いながら、境夜は自分の首に巻かれているネクタイを解く。

「【次元】の奇跡にはそれは出来ない。つまり、この悪戯をしかけた奴は、この学園と日本列島を滅ぼしてやるつもりで、こんな真似をしているんだ……気持ちが理解出来ないわけではないがな」

「何それ⁉冗談じゃないわよ!悪戯なんかで殺されるなんてふざけんな‼ 」

あまりの馬鹿馬鹿しさと理不尽に怒り心頭な日緋色は、再度島の破壊を試みてREXを構えて発射する。今は余裕で命中する距離まで落ちて来ている。だが、殆ど壊れている様子はない。悔しさと死にたくない気持ちで歯噛みしながら憎々しい目で眼前に迫る圧倒的な死を睨むが、空しいだけ。近くに接近してきたことで、落下してくる島の大きさや質量が更に如実になって、全身が震える。あんなものが落ちてきたら、人間の抵抗でどうにかなるわけがない。ほんの小さな隕石だってオゾン層から地上に着弾すれば、家一つ壊すことが出来る。まして、自分がいまいる島と同じ大きさの、同じ重さのもなら、想像すら出来ない被害が及ぶだろう。

「ちくしょう……! 畜生‼ こんなところで、悪戯なんかで、死にたくない……っっ。まだ、あの人みたいに成れてないのに……っ!」

「ひひろにゃん……よしよしにゃ」

「魅傀……なんであんたそんなに冷静なのよぉ……死ぬの怖くないのお?」

「にゃあ。多分、大丈夫だと思うにゃ」

「何がよ⁉ あんな大きな島が落ちて来て何が大丈夫だって言うのよ⁉ あたし達、死ぬしかないのに‼」

泣きじゃくって叫ぶ日緋色を、それでも抱きしめてよしよしと頭を撫でる魅傀。その表情には、死にたいする恐怖も、死ぬ前にやり残したことに対する未練も無い。

「大丈夫にゃ。ひひろにゃん。

だって、魅傀達は六年前の【大神災】の時だって絶望の淵に落とされてたけど、助けてもらってたんだから」

「え……?」


ガバッ


唐突に、境夜は着ているスーツを脱ぎ捨てた。


「……神条くん……?」

バキボキと両手を鳴らして、コキコキと首を鳴らす。その姿は、喧嘩前の不良そのもの。違うのは、体格が人間の規格外であること。そして……背中全面に刻まれた彫り物だ。

色鮮やかな桜の花びらが舞い、肩には三頭を持つ猟犬。そして背中の中心には十字架に吊るされた女が一人。背後の二振りの死神の鎌に看取られながら眠るように焼かれている。

「そのタトゥー……そのタトゥーは……‼」

「思い出したにゃ?六年前にも魅傀達は、境夜にゃんに助けてもらってたにゃ」

「わ、忘れてたわけじゃないけど、でも魅傀、あなたいつからそれに気づいてたのよ⁉あの人どう見ても年上の人だったじゃない‼」

「にゃあ。知らない人が魅傀とひひろにゃんと境夜にゃんを見比べてたら、今でも境夜にゃんの方が年上に見えるにゃ」

「そ、それはそうだけど」

「それに、みんなは境夜にゃんの身体が巨大(おおき)いところとか、表情が険しいところばっかり見てるけど、今も昔も魅傀はすぐ分かったよ。肩まで伸びた金糸みたいに綺麗な金髪。まるで天使の羽みたい。六年前も、半年前も。綺麗で、綺麗で、境夜にゃんの心みたいに輝いてるよ」


「其は悉く罪を犯し、ソレを重ねる者。我、罪人(つみびと)也(なれば)」


今の言葉は……そう呟いた日緋色は、記憶の奥底を刺激されて、当時の様子が鮮明に浮かんでくる。


(同じだ。あの時あたしたちを護ってくれた背中だ。絶望の淵から拾い上げてくれた、あの男の子だ……)

「ハァっ‼」

水を掻き揚げるように腕を振るう境夜。視線の遥か先にあるのは境夜よりも背の高い校舎。落ちてくる島に真っ先に潰されるであろうソレが、まるでダルマ落としの下の階からすっぱ抜かれて行く。

「…………???」

その異常な光景に、日緋色は表情を無くした顔で宇宙を感じている。奇跡とは宇宙だ。なら宇宙を感じることは奇跡を感じることに他ならない。

「ふっ! はっ‼」


スコーン。スコーン。


ダルマ落としのようにすっぱ抜かれた校舎は、昔の長屋のように一列に並び、全部一階になった。

「にゃあ。何してるの? 境夜にゃん」

「ん。あのままにしておくと島に潰されるから、あらかじめカットしておいたんだ。身長を伸ばしておくことも出来るが、伸ばすと戻せないから不便でな」

「そうなのかにゃ。大変だにゃあ。境夜にゃん」

「ああ。大変なんだ」

「…………???????」

「良し。あとは、あの島を受け止めて、邪魔にならないところに捨てれば良い」

「なるほどにゃあ。たしかにそれがベストにゃ!」

「……………………」

両腕を広げて準備した境夜。それから少しして、落ちてきた島。まかり違っても人類が一人で支えるだの持ち上げるだのと関わりの無いそれは、まるで神話のように受け止められ、ていっ。とゴミでも捨てるかのように投げられた。

「良し」

「良しにゃ!」

「…………がおー」

そんな光景を見て正気を保つことを止めた日緋色は、恐竜の形の自分の武器をつかってお人形遊びをし始めた。

「ひひろにゃん。もう大丈夫だよ。魅傀たち助かったにゃ」

「あ、はい。そうですね……」

「どうしたんだ。何か元気がないが」

「あ、はい。そうですね……」

「ひひろにゃんが壊れた……」

「ふむ。戦場でも過度なストレスで精神を病んでしまう兵士はたくさんいた。この戦いが終わったらカウンセリングをしよう。これでも俺は一流の戦士であり、一流の軍医でもあるんだ。無免許だが」

「もうこれ以上設定を生やすんじゃないわよおおおおおおおおおおおおおおおおーー‼ 」

「おお! ひひろにゃんが戻ったにゃ! さすが境夜にゃん!」

「少し腑に落ちない気もするが、結果さえ良ければ問題ないか」

「無いにゃ!」

「ムカつく……この真面目にすっとぼけた性格が本当にムカつく‼」

「魅傀はすっとぼけた性格なのか? 」

「おおおおおおおおおおおおおまあああああああああえええええええええだああああああああああああーー‼」

ボカッ‼

「いてっ」

「痛いことあるかぁ‼あたしの手の方が痛いわ石頭‼ああああーーもう本当に痛いよおおおおーー‼岩を殴ったみたいだー!」

「泣いたり怒ったり叫んだりと、小さい身体に元気がつまっているな日緋色は」

「誰がチビだ人外の巨人が‼ だいたいアンタ何で呼び捨てなのよ⁉あたしは先輩なのよ!ちゃんと年上を敬いなさいよ!」

「急に色んなことに文句を言われるようになったな……魅傀、彼女はどう対処したらいい?」

「簡単にゃ。ひひろにゃんは容量が限界を超えるといつもこうなるから、気にしなくていいにゃ。放置&スルー。これがベストにゃ」

「なるほど、そうなのか。では、彼女のことは諦めて、俺はあの島の送り主にちょっとお返しをしてくる」

言いながら境夜は、さきほど校長室でしたように、何もない空間を見据えて拳を構えた。すると、重みとも言えない重量が、境夜の肩に乗った。

「…………何をしているんだ? 日緋色」

「何が起こったのかは全然分かんないけど、あの島を送りつけてきた奴のところに行くんでしょ?連れて行きなさい。先輩命令よ」

「えー……」

「何よ! やられっぱなしでいられないのよ。一発ぶちかましてやらなきゃ気が済まないわ!」

その行動がどうと言うより、冴羽日緋色の情緒はどうなっているのかと、ツッコミたくなる。戦場で兵隊をやっていれば、色んな人間に出会う。だが、そんな境夜でも、彼女の感情の振り幅は理解の範疇を超えている。

「あの……魅傀」

助けを請うべく魅傀の方を見れば、頼みの綱は明らかに「ズルい」と言いたげな表情で日緋色を見ている。

「…………魅傀も来るか?」

「行く‼」

ニッコリ笑顔で元気よく返事が返ってくる。

(……なんかもう、どうでもいいか。さっさと行って、さっさと帰って来よう……)

「あー! いたー‼」

「今度は何だ……⁇」

境夜が魅傀を空いている肩に座らせると、どこか間の抜けた声が聞こえた。声の方を見れば、そこにいたのは水色とピンクのツートンカラーヘアの女。星川銀河(うちゅう)だ。

「あら、銀河(うちゅう)。サボりはもう良いの?」

「サボろうと思って保健室にいたらもうそれどころじゃなくなったんですけどー! ひひろんに分かる⁉意味の分かんないバケモノと命がけで戦わされて、死にかけのクラスメイトと後輩君をどうにか助けてようやく一休み~とか思って冷蔵庫にあったジュース飲んでたらいきなり保健室が文字通りぶっ飛んでダルマ落としされてたことを知ったうちゅうの気持ちが‼ 四百文字以内で答えてください。配点は百点満点です」

「サボってた報いよ!あたしなんて真面目にしてたのに『島』が落ちてくるわ、離れた場所から腕振って校舎をダルマ落としする(?)わ、落ちてきた島をボールでも受け取るみたいに「おっと」とかいって受け止めて「ていっ」て投げる神話の神みたいな行動目の前でされて正気を全部持っていかれる思いをしてたのよ! 気持ちわかるか⁉」

「楽しそうじゃん!」

「ふざけんな‼」

ピーチクパーチクあーでもないこうでもないと出るわ出るわ言葉がセリフが。女三人寄れば姦しい。否。二人で充分喧しい。

「いつもこうなのか? 魅傀」

「いつもこうだよ。境夜くん(・・)」

「?」

呼び方が変わった違和感で魅傀の顔をみると、世界中を包んでしまいそうな包容力のある笑顔を浮かべていた。少なくとも境夜には、今の魅傀の顔がそう見える。まるで、歳の離れた姉のようだ。

「さあ二人とも!喧嘩はもうおしまいにゃ。早く行こうよ、次元の向こうへ!」

「え?次元の向こう? 何それ魔法少女っぽい! うちゅーも行くー!」

「ええ。こんな事件を引き起こしたヤツがいるって言うなら、ショックガン撃ち込んで身体の自由奪って海に沈めてやるわ!」

「ひひろん怖っ⁉せっかくそんなところに行くんだからもっと楽しいこと考えようよ⁉」

「……(遊びに行くわけじゃ、ない)」

「あははははっ!やっぱりみんなと一緒だと楽しいにゃ!」

「うん。そうだね! ゾンビみたいなバケモノと命のやり取りした時はどうなるかと思ってたけど、今は全然怖くないや」

「それじゃあ行くわよ!魅傀、銀河(うちゅう)、境夜!この事件の犯人をブッ倒しに!」

「「れっつごー!」」

「…………ふぅ。まあ、いいさ。笑顔なんだから」

こうして、次元の壁を叩き割り、一柱の巨人と、三人の少女たちは異次元の向こうへ足を踏み入れたのだった。




「納得いかない……!」

異次元に侵入して開口一番、日緋色が発した言葉は不平不満だった。

「どうしたのひひろん?何が嫌なのかな~?」

お前ぜってー煽ってるだろという口調で、銀河(うちゅう)が日緋色に声を掛ける。

「…………」

「ちょっと境夜!何で魅傀と銀河(うちゅう)は両肩に一人ずつ乗っけておいて、あたしだけ肩車なわけ?その辺弁明してみなさいよ」

「解、小さいから。バランスの問題だ」

ガシガシガシガシ‼

境夜は日緋色に銃のマガジンを入れる部分の角で殴られる。痛い。

「あはははは!ほんとにひひろんは小さいって言われるとおこなんだから~」

「そうなのか。小さいのは良いぞ。大は小を兼ねない。デカすぎると市販の家具の何割かは使用不可能になる。主にベッドだ」

「慰めてるつもりかコラ!」

「いたい、いたい、いたい、いたい、いたい」

異次元に侵入してきたと言うのに、まるで緊張感が無いようにしか見えない一行だが、チャージしなければ攻撃出来ない銀河(うちゅう)はジャベリンに魔力を充填し始めているし、設置型の魅傀はすでに自分を含めた四人の足や急所部分にスタンプを設置して守りを固めている。日緋色は空になった薬莢に学生ポイントを利用して万全の状態にしてある。この三人、案外抜け目は無い。

「境夜にゃん。ここ、本当に異次元なの?さっきと景色が一緒にゃ」

「ああ。そのとおり。

異次元と言うと仰々しく聞こえるかもしれないが、かみ砕いて説明するなら、俺達が住んでいる地球をもう一つ創って、それを自分の城みたいにしているだけだからな。

俺はあの学園に来てから三か月。この世界を跳びまわってたんだ」

「ふーん? でも元の地球と一緒の世界なら、そんなに問題はなさそうね」

「そうでもない。この世界は第一奇跡(まほう)で精巧に創られたプラモデルに過ぎない」

「これがプラモデル? どう見ても地球そのものって感じー。これがプラモなら買い手数多だね~」

「そうでもない。クルマも飛行機も動かないし、電気も来てなければ、そもそも生命体がいないから、水も食料も死んでいる。ほら、ちょうどそこに海が見えるだろ」

「おお、そうか! 海もあるんだこの島! プライベートビーチ付き別荘タイプのプラモ! 絶対に売れる……って何アレグロっ⁉ 昔テレビで視た数十年間保温しっぱなしの状態で放置されてたお米みたいだよ⁉ グロテスクにレインボーじゃん‼ 何で⁉」

「生命体って言うのは、虫も微生物も含まれる。要するに自然界の水も、自力で美しいわけじゃないってことだ。当然、安全でもない。

だからこの案件、俺と言う人類の枠を超越した生命体でなければ不可能な任務になる。

第三奇跡(まほう)【無限】の奇跡の一部。生命の到達点。【完成なる者(アンリミテッド)】に至った者でもなければ、こんな地獄同然の環境で調査なんて出来ん」

「おおー!次から次へと設定がお出しされている……現実の魔術って、ほんと夢も希望も魔法少女もないなー」

「ちょ、ちょっと待ってよ。第三奇跡(まほう)⁉ それってビッグバンとか宇宙創造説みたいなフィクションモドキじゃないの⁉」

「あーひひろん~人類が頑張って宇宙の謎を解き明かしながらどうにかこうにかソレっぽい理屈を立てたのをフィクションって切り捨てるのは考えた人に失礼だよーいけないんだー! 」

「う、そうね。ごめん。ってアンタも大概失礼でしょ。

でも、【無限】の奇跡か。あんたくらい出鱈目なら、おかしくないのかな?と言うより、そのくらいの方が逆に説明が付く……?」

「ふーむ。

ねえ境ちゃん。【無限】って、何がどう無限なの?授業だと日本史ならぬ魔導史の枠でちょっと先生が話した程度だったんだよね~」

「図書室に本があったじゃない。読めば良いのに」

「……ひひろん。うーちゃんね、あの地球全域の番号が記された電話帳みたいな本四冊分を読むのは若さに対する冒涜だと思うの」

「アンタの発言は人類に対する冒涜よ」

「そこまで言う⁉ 」

「うーちゃんの質問の答えだが、言ってしまえば総てだ。

エネルギー量は言うに及ばず。生命力。腕力などの測定可能なものから。才能、感性といった抽象的な物まで『限り』を『無』にする奇跡(まほう)。それが【無限】だ。当然体力も無限なので、四台元素の中でh最も『生かす』『殺す』と言った戦闘関係を得意としている。

と言っても、同じ格の奇跡と戦ったところで決着はつかないけどな」

「どうしてどうして?」

「【時空】は文字通り『時』を操るから、寿命は尽きないし、体力だって『戻せる』。これは無限と同じだ。

【夢幻】は夢や想像力が有れば幾らでも『何か』を生み出せる。寿命も、体力も。これも無限だ。

【次元】に至っては平行世界から延々己と同じ存在を持って来れる。これもまた無限だ。

……だから決着が付かないんだよ」

「おおすごい! 言ってることがなんにも分からない!」

「そうか⁉」

分かりやすく嚙み砕いて説明したつもりの境夜が思わず驚くが、日緋色は理解したようで、分かってない子を無視して続ける。

「それじゃあ【次元】も【時空】も【夢幻】も、無限と同じことが出来るってことじゃない。もしかして【無限】って四台元素の中ではハズレなのって言うか相手も同じ【奇跡(まほう)使い】……って言えばいいんだっけ? とにかく【次元】の奇跡を使うわけでしょ?境夜の言ってることが正しければ、勝てないってことじゃないの?」


「問題ない。学園から依頼を受ける時に資料を受け取ったが、敵の奇跡(まほう)は、石を無理やり削って振りかけた程度のものでしかない。俺の【無限】と戦闘になることは無い。一方的に狩りとってお終いだ。

【無限】に関しては、全てを知っているわけじゃないから、分からん」

「持ち主なのにわかんないってどういうことよ?」

「可能性すらも【無限】なんだ。宇宙が人間にとって無限の可能性に満ちているように、宇宙を創造した奇跡の可能性も無限。

想像力が白旗を上げない限り【無限】は無限に強くなる。そう言う意味では【無限】とは【夢幻】でもある」

「ああ~~頭がチンプンカンプンしてきたよ~きょうちゃーん」

興味の無いことはメンドクサイだけな銀河(うちゅう)が、ぐったりして日緋色に寄りかかる。身体の小さな日緋色では当然支えるだけの力なんてないので、自然と魅傀の方まで傾く。

「にゃあ~落ちちゃうよーうちゅうにゃんー」

「って言うか重いのよ!今すぐこの不快な乳袋をあたしの頭から退かせぇ‼ 」

「言うほど膨らんでないよーDくらい?」

「殺すわよ……!(ピキピキ)」

「きゃーん。ひひろんこわーい♪」

(楽しそうだなこの子たちは。戦場だっていうのに)

まるで学校の教室の中みたいな光景に頬を緩ませていると、この次元に侵入してくる前に境夜が叩き割った地面から、魔力の光柱が空に上がった。

「きゃっ⁉な、何よこのバカみたいな魔力量は⁉」

「あわわわわわ……⁉」

「にゃあ⁉」

「来たか。待ちわびたぞ。三か月……三か月だ」

天に上がった魔力光が、空を覆うように拡がって溶け込んでいく。いずれメッキが剥がれるようにボロボロと何かが崩れ落ち、光の柱から真っ白な彫刻像が降りてくる。

「何、あの女神像?かな?良く見えないけど、どっかで見たような感じ。何か天使みたい……あ」

「アレがラスボス?もっと悪魔悪魔しい感じなのを期待してたのに……あれ? あの女神像って……」

日緋色と銀河(うちゅう)の二人が息を飲んだ。二人の心はシンクロしている。同じだ。夢で視たあの彫刻だ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

「きゃあっ⁉ 何よコレ‼」

「うえっ⁉彫刻が悲鳴上げてる! 耳痛っ⁉」

「……にゃあ。血の涙」

日緋色と銀河(うちゅう)は夢で視た光景と被っていたために、多少ぼんやりとしていたが、ギリギリでカタチを捕らえているだけだが、魅傀はその動物的な視力ではっきりと女神像の造詣。その細部が見えている。そんな彼女がまず気にしていたのは、目元から流している赤い液体。そして、悲しみと怒りに震える女性の悲鳴を聴いて、魅傀はアレを血の涙なのだと確信した。

「ねえ、境夜にゃん。あの女神像は、何なの?」

魅傀の言葉に、それまで聞かれたことを隠しもせず答えていた境夜が僅かに言葉が詰まった。

「…………どこにでもあるのに、まるで周知されていない狂気の被害者だ」

「被害者?どういう意味にゃ?」

「――ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー‼」

魅傀の質問を遮るように、再び悲鳴を上げた女神像。その背後……天空には、雲も星も太陽も遮るほどの、魔法陣の天幕が出来上がっている。その数が百や千で足りる

「な……何よアレ⁉」

「夢で視た時は八つくらいしかなかったのに。まさかアレ全部から撃つつもりじゃ――」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

悲鳴を合図に魔法陣が起動する。天空を覆う全ての魔法陣に魔力が注ぎ込まれ、極太の熱光線が放たれる。

その威力を夢で視ている日緋色と銀河(うちゅう)は、それぞれ自分のMACを構えて相殺を試みた。

「装填完了(リロード・オン)! 非殺傷設定崩壊(リミッターブレイク)! 魔力充填(レディ)‼ リーサルガン、砲撃(バスター)―‼」

「非殺傷モード無効(リミッター解除)。魔力解放(マナオープン)、全注入(シリンダーオン)。魔力弾連続掃射(スターライトデストロイヤー)―‼」

放たれた極太のレーザーは、一本一本が人を地面ごと焼き払うには充分な力を持っている。だが、裏を返せば一本でも相殺出来れば、どうにか安全地帯を確保できることになる。無論、衝撃の余波と広がる熱で焼け死ぬことは回避できないが、とにかくまずこれを防がなければどうにもならない。

「こっのおおおおおおおおおおおおおおー‼」

「うりゃああああああああああああああー‼」

打ち合わせも無く、両者同じレーザーに攻撃し続ける。日緋色のREXは装弾数三発という関係上、どうしても途中で攻撃が途切れる。だが、落ちてくるベクトルと上がっていくベクトルがぶつかり合えば、重力の影響を多分に受ける為、落ちてくるベクトルの方が遥かに有利だ。

それを下から受け止める形で抵抗するのだから、負担の差は計り知れない。ましてこちらは撃ち続ける必要があるが、あちらは撃ったらそのまま放置なのだ。不利に振り切れている天秤の秤は、二人の身体に容赦なく圧し掛かる。

「ひひろにゃん! うちゅーにゃん! 頑張って‼」

攻撃的な性能を持たない魅傀のMACでは加勢も出来ず、ただ応援することしか出来ない。

「ぐうっ……! これ、やっばい!」

(魔力のチャージはマックスだったのに、全然勢いが落ちてこないっっ!)

「だめっ……! 撃ち負ける……‼」

最大量の魔力を放出している反動を一身に受け続けている銀河(うちゅう)の全身は悲鳴を上げ続け、腕からは弾けるように血飛沫を上げている。

一発の弾丸が恐るべき貫通力を誇る日緋色のリーサルガンも、撃ち出す反動は軽いものではなく、それを連射している日緋色の指は紫に変色して、更に握力も徐々に失われて行く。

すでに死力をを尽くした後の二人は、更に戦う力と戦う身体を削られて限界だ。

「たった一本の魔力砲ですら二人掛かりで打ち消せない。【魔術】と【奇跡(まほう)】にはそれだけ違いが出るんだ」

そう言いながら、それまで後ろで見守っていた境夜が前に出て、三人を庇うように両腕を拡げた。

「境夜……っ」

「ちょ、危ないよきょーちゃん⁉」

止めきれなかったレーザーも、そもそも放置されていたレーザーも、全てが地上諸共四人を焼き滅ぼそうと、あと一メートルまで迫っていた。


「圧迫手(あくはくしゅ)」


パン‼


拡げた手を一本締めのようにパンと鳴らす。ただそれだけの行為で、迫りくる数千の極太のレーザーは全て叩き潰されて霧散した。

「ハァ、ハァ……で、出来るなら最初からやりなさいよ……」

「無駄に疲れたよー!」

「一発かましてやらないと気が済まないと言っていたから、やるだけやった方が諦めも付くかと思ってな」

「アンタマジで後で覚えてなさいよ……!」

「俺が悪いのか?」

「悪くはないけどムカつくのよ!」

「理不尽な」

愉しそうにニヤリと笑った境夜は、そのまま女神像に向けて走り出す。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

境夜が接近してきた瞬間、女神像が再び悲鳴を上げる。それを合図に、天空に敷き詰められた魔法陣が八か所に集約され、それぞれひとつの巨大な魔法陣を成形しなおした。

その挙動は、明らかに境夜を警戒したものだ。

「行くぜ【次元の混命(ボーダー・クォーター)】。人造の奇跡がどれだけ真(オレ)に近づくのか見せてみろ」

助走を付けて跳び上がり、女神像に接近する。

「おお! きょーちゃんジャンプ力やばっ!」

跳躍は約三十メートル。地上の生命としては異常としか言いようが無いが、天空まで届くはずもなく、いずれ重力に従い落下を始める。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

そこを逃すまいと八つの魔法陣を起動してレーザーを準備する女神像。

「何やってんのよ境夜! 無限の奇跡が使えるならジャンプ力も無限にしなさいよ‼」

「そんな無茶苦茶な……あーあ。ひひろんが変なこと言うから落ちて来てるよー」

「落ちてくるのは自然の摂理のせいであたしのせいじゃない!」

「ひひろにゃん、ひひろにゃん」

魅傀がちょんちょんと日緋色のつむじを突く。

「何よ魅傀。旋毛押さないでよね。迷信とはいえ背が伸びなくなるなんて言われるようなことされると縁起悪いじゃない」

「ごめんにゃ。でも、ほら。境夜にゃんを見てみるにゃ」

「何よ?どうせアイツの出鱈目さ加減なら、落ちて来ても無傷なんでしょ?」

言いながら大体このぐらいかと予想した着地点の周囲を見渡す。だが、あの金髪の巨体は見当たらない。まさかもう一度跳んだのかと思って上を見れば、やはりいない。

「? ねえ魅傀。アイツどこ行ったの?」

「上にゃ」

魅傀が指を指す方を見る。だがいない。代わりに見えるのは、魔法陣から放射されたレーザーが直線で曲がりながら飛んでいる光景だけ。光がクリスタルを描くようにして残留しているのが、幾何学的に美しさを演出している。

「いないじゃない」

「あっち! あ、あっちにゃ! ああーアッチにゃ‼」

「ん~~? 全然分かんないんだけど、って言うか、みけみけが星座を繋げてるだけにしか見えないんだけど」

魅傀が慌ただしく指し示す位置を変えて行く。銀河(うちゅう)も境夜の姿を探してみるが、まるで見えない。

「とりあえず、きょーちゃんはどうやって飛んでるの?魔力でぼーとか、翼生えてぴゅーんとか。飛び方が分かんないと軌道も読めないし探せないよ。あと、みけみけの視力がヤバいのも無限にあると思うけど」

「そうね。あいつが飛んでたってもう驚かないけど、せめて状況が分からないと見つけられないわ」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー‼」

女神像の悲鳴が再び響く。怖くは無いが、声量が過剰に過ぎるためにいちいち身体が怯む。それに負けるまいと睨みながら見上げる日緋色。だが、視界は真っ黒だ。

「あれ? 女神像がいない⁉」

「ひひろにゃん。またさっきの島落としにゃ」

驚愕する日緋色に対して、冷静な声で魅傀が返す。

「みけみけ、ここに来てからずっと驚かないね。感情どうしたの? 怖い気持ちどっか落とした?」

「にゃあ。その言い方じゃ、ミケがロボットみたいにゃ」

心外にゃ。とむくれる魅傀。その表情からは、とても感情が喪われたようには思えない。

「それに、うちゅーにゃんも、ひひろにゃんも、もうあんまり怖がってないにゃ」

「んー。まあ、そうかもね~」

魅傀の指摘にあははと笑って答える銀河(うちゅう)。おちゃらけたその様子には、たしかに恐怖は読み取れない。同じく日緋色も、恐怖よりも、一種の呆れの方が強いようで。

「だって仕方ないじゃない。どうせアイツがなんとかしてくれるんでしょ。なんか慣れちゃったわよ。アイツ本当に……」

日緋色の期待(あきれ)に応えるように、さっき境夜が受け止めたのと同じサイズの大きさの島が真っ二つに割れる。そして何かを殴りつける音がして、二つに割れた島の塊が左右に吹き飛んでいった。

「存在が【奇跡(まほう)】そのものなんだもの」

それからすぐに境夜が空から降りてくる。片膝を付いた良い子はマネしちゃいけないヒーロー着地だ。

「おかえり。どこ行ってたの?」

「ん? 戦っていたぞ。天空(あそこ)で」

「あーはいはい。翼でも生やした? それとも魔力でぶわー?」

「いや、空気を踏んで足場にして跳びまわったんだ」

「あーそうなんだね凄い凄い。じゃあついでに」

理解することを完全に諦めた日緋色は、着地の体制のままの境夜の頭を撫でながら、他人事のように天空からの更なる追撃を指さして。

「また撃ってこようとしてるレーザーもなんとかしてもらえる?」

「任せておけ」

境夜が振り向くと、女神像は悲鳴と共にレーザーを射出する。境夜は自身の両手を胸筋の前で構えると、手のひらの間に球体の超高密度魔力丸を造り出してブーメランでも投げるようなフォームで撃ち出した。

「はあっ‼」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

天空を覆い尽くす数から集約された八つの魔法陣。そこから放たれるレーザーは日緋色と銀河(うちゅう)が対抗していた物とは比にならない威力になっていて、大地に近づくごとに土も木々も崩れて行く。そんなものが一点に集中して撃たれているにも関わらず、境夜の撃ち出した魔力丸はそれを全て薙ぎ払いながら女神像に直撃した。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

「いやほんとに凄いわアイツ」

「いいぞー! きょうちゃーん! やったれー!」

「境夜にゃんカッコいいにゃー‼」

声援を受けた境夜は、気恥ずかしそうにしつつ、何か思いついたのか日緋色に近寄った。

「日緋色。あの銃貸してくれないか?」

「銃って、REXを? 貸してもいいけど、アンタの呼び捨てが気に入らないわねえ」

「代わりに一発かましてやるから」

「ふーん? そういうことなら、まあいいか。はい。

間違っても 握 り 潰 す ん じ ゃ な い わ よ ? 」

「大丈夫だ。多分」

「オイこら、今はっきり聞こえたわよ⁉」

「…………」

日緋色の怒りを無視してREXを受け取ると、そのまま天空に向けて構える。

「あ! そそもアンタ使い方知らないでしょ⁉ 薬莢カートリッジ撃ち尽くしたからまずチャージを……おい聞け!」

「問題ない。こういう魔導具は基本設計の段階で外部から魔力を込める為の魔力光玉が組み込まれているんだ。ちなみにREXの場合は、このトリガーの上辺りの如何にもな紅玉だ。

だから容量を超えない程度に魔力を込めてやれば……」

境夜の魔力補充に呼応して、REXが吼える。口の部分が大きく開いて射出口が二倍になった。

「それって……アンタまさか⁉」

「こう見えて昔は、色んな武器を使ったこともあったんだ。

見せてやるよ。この武器の本当の性能。魅傀は耳を塞いだほうがいい」

「にゃあ」

「ちょ、ちょっと! それまだアタシだって使ったことないのに!」

「――デストラクションブラスター」

「ああああああああああああああーー‼」

カチン。トリガーを押して、込めた魔力を解放する。可視化された魔力は、境夜が撃った魔力丸の大きさを優に超えている。境夜が発射の衝撃を感じて少ししてから……


ドン――‼


振動に遅れて音が鳴り響き、鼓膜を震わせる。撃ち放たれたデストラクションは大きな魔力丸を中心に、惑星の恒星のような少しサイズの小さい球が周囲に八つほど付き従って女神像に突き進む。

「アアアアアアアアアアアアーー‼」

だが、女神像もむざむざ受けるつもりはない。島落としをした時と同じように天空に巨大な次元の穴を空けて、別次元から何かを出現させる。

「また島を落とすつもり⁉ ちょっとアンタ‼気軽に別世界から島一つ消してんじゃないわよ‼」

「そうだそうだー! 島だって落とされると思って生まれてないんだぞー」

「だいたい落とすなら海水で充分でしょうが!」

「そうだそうだー! 実際にそんなの落とされたらたまったもんじゃないからひひろんは今すぐ口を閉じて」

日緋色の言葉を知ってか知らずが、空間に空いた穴からは島ではなく大量の水が落ちてきた。

それも滝と呼ぶのも烏滸がましいほどの、まるで惑星全ての海水を流し込むような物量に、放たれた魔力丸は大爆発を起こしはしたものの、それも流し尽くす激流が押し迫る。

「あれ?なんか本当に水が落ちて来てない?

しかも、地球最後の日を早送りしてるんじゃないってくらいの水が落ちて来てるんだけど」

「あーあ。ひひろんがフラグ立てるから」

「きっと、深海とかに通じる穴を空けたにゃ。

ひひろにゃんの軽率な発言のせいで、今どこかの地球は干からびた死の星になってるにゃ」

「…………あーえっと。境夜、あの海水はどうにか出来る?」

「ひひろん逃げ方がきょーちゃんに依存しすぎだよ」

「さすがに地球上の全ての海水は拍手しても潰しきれない。俺だけなら別に気にしなくてもいいんだけどな」

「あー! きょうちゃんがさらっとうちゅー達を足手まとい扱いしたー! きょーちゃん、真実を語ることは時に人を――お?」

丸太でも担ぐようにひょいと銀河(うちゅう)を持ち上げる境夜。

「すまん、うーちゃん。ちょっと飛んでくれ」

「え? ちょ? 何?うーちゃん星になるの?」

「フン!」

水の影響を受けない場所を狙って空に向かって直角に投げつける。

「うひゃああああああああああああああああーー⁉」

「銀河(うちゅう)ー⁉ちょっと境夜あんた何して――」

「すまん」

「え⁉ ちょ、ヤダ待ってごめんなさい‼」

続いて日緋色を猫のようにつまみ上げて。

「うりゃあ!」

「きゃあああああああああああああああああーー⁉」

海水が降ってくる高さと同じかそれ以上の高さに放っていく。

そして最後に。

「にゃあ~~!(キラキラした目)」

両手を広げて満面の笑みで、今か今かと自分の番を待つ魅傀、をそのままにして。

「はあっ‼」

海水の着地点となる島の土地を殴り砕いて直接海に放流されるようにした。

「ひゃあああああああああああああああーー‼」

「よっと」

「うああああああああああああああああーー‼」

「ほっと」

落下してくる二人を衝撃を逃がしながら受け止めてすぐに軽めに放りなおした。

「何でえええええーー⁉」

「きゃあああああー―⁉」

「よいしょっと」

そして最後に二人を受け止めなおして、ようやく地上に降ろされた。数秒間生きた心地のしなかった日緋色と銀河(うちゅう)は、自分が生きていることをしっかり認識してから……。

「うりゃあ‼」

「おりゃあ‼」

バキッ‼

「いて」

思いっきり境夜の脛を蹴った。

「「殺す気かぁ‼」」

「助けたんだが」

「やり方ってもんがあるでしょうがこんちくしょう‼」

「うーちゃんちょっと漏らすかと思ったんですけど⁉」

「大体何で魅傀は地上にそのままなのよ⁉」

「一番空中適正高いじゃん‼」

 「にゃあ……さみしい。このドキドキはどうしたらいいの?」

「間違って島を割りすぎた時に三人を一気に運ぶには、ちょっと力加減に不安が残ったから保険として。最悪のケースでも、魅傀なら自分の魔導具で自衛出来ると踏んでだな――」

「ほら次来たわよ‼よそ見してないで戦え境夜‼」

「そして戦いが終わったらスイーツで埋め合わせして貰おうか!」

「……理不尽だ」

「魅傀も後で高い高いして欲しいにゃー……」

「分かった。そうしよう」

日緋色の言う通りに女神像は次の攻撃に移るべく魔法陣を起動する。


バリン――‼


「――⁉」

突如背後の魔法陣が砕け散り、動揺の声を上げる女神像。

「思ったよりこの銃、容量が大きいな……これならもう少し注いでもいいか」

バリンバリンバリン――‼

REXのデストラクションモードを正確に照準を合わせて三枚を同時に撃ち抜く。

「アイツ……平然と人の武器つかいこなしてんじゃないわよ……」

神業を披露した境夜に掛けられた声は、暖かい声援ではなく、本来の持ち主の心無い罵倒だった。悲しすぎる扱いに心で泣きつつ、残った四枚の魔法陣も正確に撃ち抜いた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー―⁉」

「これでもう守りを気にしなくていいな。そろそろ終わらせよう。いい加減ダメージが酷い」

主に背後の先輩二人のせいで。

足場はぶっ壊してしまったので、助走無しで垂直に上に跳び上がり、落下する前に脚部に力を入れて何もない空間を踏みしめて更に高く跳び上がる。

「うわっ!マジで何もない場所で跳んでる‼」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

女神像はヤケクソになったのか、もう打つ手が無いのか。クジラやサメ、ダイオウイカなど、水を抜いた海にいたのであろう生物を落として来た。

「ふっ!はっ!せい!」

それを殺さないように海に放りつつ、跳び上がる速度を緩めない境夜。拳を握り、とうとう肉薄したその位置で拳を振り上げて……

「――――。――」

女神像を全身で貫いた。

「やったか⁉」

スパン! ←銀河(うちゅう)が日緋色に殴られる音

「ごめんなさいぃ……」

「今度余計なこと言ったら首から上を飛ばすわよ?」

「怖っ⁉」

女神像に大穴が空いたことを確認した境夜は、重力に逆らうことを止めて落ち始める。ついでに像も回収しようと手を伸ばす。


バサッ‼


「何⁉」

女神像の穴から白い翼が生えてきた。

「何だ、これは」


“時ハ満チタ……。

【次元】の欠片。母なる者の死。そして、オリジナルの魔力ト、存在の設計図…………”

「――まさか!」


“我【次元の混命(ボーダー・クォーター)】”


それを見た境夜は何かに思い至ったのか、落ちる軌道を変えて三人の元に飛び降りた。

「きやっ⁉ 何よ血相変えて?」

「――遊びの時間は終わった」

それだけ言うと、壁ドンのように三人の背後を殴りつける。もちろん、そこには何もない空間が広がっているだけ。

ミシミシと音を立てて、バリンという一際目立つ音が聞こえたあと、そこには【次元】の穴が空いていた。

「今すぐ逃げろ‼」

「は⁉ どうしたって言うのよ⁉」

「な、何か分かんないけど言う通りにしとこうひひろん! こういう時に戸惑ってると絶対にろくなことにならない!」

「アンタが変なフラグ立てたからでしょうがー‼」

「ごめんってー!」

六年前に戦争よりも酷い大災害に巻き込まれた経験上、命が惜しければ説明を求めるよりも言われたとおりに動く方が確実に状況を悪くしないと学んでいた二人の行動は早かった。言い争いをしながら、既に身体は次元の穴の中だ。

そんな中、魅傀は少しだけ戸惑いを見せた。強い信頼を寄せていた初恋の人を死地に置いて行くことに躊躇している。

「……境夜にゃん……」

「……すまない。ただの欠片だけなら、どうにでもする自信があったが、もうダメだ。

最悪の場合、護り切れない」

「…………やくそく、忘れちゃだめだよ」

「ああ」

ほんの僅かな猶予を使い、精一杯の言葉を交わして、思い人の邪魔にならぬよう、犬飼魅傀も、その場を去って行った。

ここから先は、誰も知らない神話の世界。人が見ることの叶わない、究極者同士の……戦争だ。


「…………」

魅傀が無事に逃げたのを見届けると、境夜は降りてくる何者かを待ち構えた。

バサリ。翼の羽ばたく音がして、女神像から出てきたソレは、叩き割られた島に降り立つ。


まず目に入るのは、天使のような白い翼。そして、その下に生えている蝙蝠のような紫色の翼だ。そして、全身が赤く染まった、境夜と並んでも見劣りしない筋骨隆々な肉体。これまで屠られてきたTCSと同じ怪腕となった右腕。胸部にはひし形のクリスタルが埋め込まれており、下半身は捨てられた赤子を包むような布が巻かれている。

そして、顔。境夜と同じく、獣のような顔立ちをしていながら、正反対の泣き顔をしている。


『ヒトの手が加えられた命(カオス)を……命を弄んだ先の顛末を示す。理不尽ですら侮蔑也。我が母の十年の生涯を穢した蛮行を許さぬ。』


「…………お前は、実験体の……『岸辺織羽』の怨念か?」


「天網恢恢疎にして漏らさず。生命を弄び、死を嘲笑う蛮行に裁きを。


裁く神も無く、拾う神も無き世に裁定を下し、ヒトの世にヒトの狂気…………共愚劣なる惑星(ほし)に終焉を」


「…………まあ、そうなるな。

だがお前の復讐を見逃すわけには行かない。母とも呼べる存在への義理を果たす気持ちを否定はしないが、お前の怨敵、森羅継國を殺しても……世界から戦争(バカ)は無くならない」


「…………なら、オリジナルを滅ぼし、【次元】と【無限】の二つを担い、あの穢れた惑星に滅びをもたらさん」


「ああ。せめてお前の……お前たちの怒りを受け止めよう。それが、俺に出来るせめてもの手向けの花だ。

人造の奇跡、その真価を見せてみるがいい」


「惑星(ほし)に滅びを‼ 愚者に裁きを‼」


境夜、【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の両名は同時に腕を伸ばす。境夜は敵に。敵は真横に。

境夜の行動はシンプルだ。【無限】の魔力に任せて超高出力の『魔力砲』を放出するだけ。対して【次元の混命(ボーダー・クォーター)】は、突き出した手の先に魔法陣が描かれて、瞬時に【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の全身を通り抜けて空へ向かった。その様子は、まるでコンピューターのスキャンでもしているかのようだ。

そのすぐ後、海を抉るほどのエネルギーの放出により、敵は全身をバラバラにされて肉片も残さず葬り去られた。

「はああああああああああっ‼」

敵を葬ったにも関わらず、境夜は魔力の放出を続けて、左腕を未だ移動中の魔法陣を追いかけるように翳し続ける。その手の先には、バラバラに葬ったはずの【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の肉体。魔法陣が移動するごとに二つ、三つと増えて行く敵の肉体。【次元】の奇跡によって、メタバース世界から自身と同一の存在を次々にこの次元に召喚し続けることで疑似的に再現される無限の肉体。それらは命を賭して更なる魔法陣を生み出し、同一存在の複製効率を二倍、三倍と上げて行き、ついには四方八方に散らばった。

今度は自分が攻撃する番だと、散らばった副生体たちが境夜目掛けて【奇跡(まほう)】を使用した。

「隕石落とし(メテオ・ゲート)」

宇宙空間に点在する星に成れなかった固体物質を【次元】の奇跡で吸い寄せて落とす対惑星攻撃用奇跡(まほう)によって召喚された隕石が次々と地表に向かって落下していく。

「はあっ‼」

落ちてくる隕石に怯みもせずに、放出中の魔力砲を鞭のようにぶつける境夜。しかし、一つ二つを破壊することは出来ても、残った隕石が境夜を直撃する。

地上に激突した隕石から、音の壁を打ち破った鈍い音が響く。周囲の海に落ちたものもあって、津波が巻き起こり、ただでさえ地球一つ分増えた海水により侵食されていた島を、一瞬で飲み込んだ。

「地上の断罪、浄化の水。これこそが人の世を洗い流す福音也」

空に飛んでいて増え続けている何千、何万もの【次元の混命(ボーダー・クォーター)】はまるでその影響を受けず、更に追撃をかけるべく、新たな星の成りそこないを召喚し続ける。

抉られて行く地球(ほし)は爆風(ひめい)を上げ、海水(おえつ)を吐き出し、大地(ひふ)を焼かれていく。大気圏を超えて落ちる隕石の熱に宛てられて温度を上げて行く海や、地平線の向こうで燃えている木々や家々。誰もいないこの場所が、誰も住めない地獄へ変貌していく。

そんな海の中でも。神条境夜は当たり前のように生存し、【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の真下まで潜水して移動すると地に足付くまで潜り続け、自らの拳でマントルまで届く穴を空ける。

「何だと……⁉」

惑星の核となる熱と、海水の温度によって異常な蒸気が吹き上がり、地球の熱そのものが直撃した【次元の混命(ボーダー・クォーター)】数千体を絶命に追いやる。代償として干上がった元海、地表に立った境夜は、日本列島を覆いつくす程の体積の魔力球を造り発射する。更に数万、数億体の【次元の混命(ボーダー・クォーター)】が消えていく。

 「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああーー‼」

 チリのように消されて行く【次元の混命(ボーダー・クォーター)】。その全ては命であり、意志ある者。死を受け入れがたしとする生存本能も持ち合わせる。そんな存在が死に恐れを感じないはずもなく、絶叫を上げて行く。

 境夜は思う。これでは、戦争と同じだ。必然性も無く戦わされ、意味も無く価値も無く殺されて行く命。最も罪深き者は安全な場所で笑っているだろうに……!

 

「これが……裁きの必然性。

これが……破壊の必要性。

これらが、終焉を齎す最初の神の鉄槌と成る」

 

泣き顔のまま、血の涙を流した【次元の混命(ボーダー・クォーター)】は、殺された数億の自分を補填し、更に数億を召喚し、奇跡を振るう。


「神は誰も救わない。神は誰も裁かない。神は誰も……愛さない。

ゆえに、我が神となり、この手を振るおう。

まるで成長しない、終わった世界に終焉を」


全ての【次元の混命(ボーダー・クォーター)】が一斉に天空に手を翳す。すると、それまでの隕石とは比較にならない大きさの火球が一つ振ってくる。


「「「破壊の彗星(メガトン・フォール)」」」


凄まじいスピードで地上に激突した火球の衝撃に曝された海は一瞬で蒸発し、抉り取られた大地は、あまりの深さから一部マントルがむき出しになっている。それは正しく地獄。かつて恐竜がそうだったように、この惑星に生命体が有れば絶滅は必須。島も大陸も分け隔てなく更地と化し、国境も差別も特別扱いも存在しない、公平な鉄槌だ。


「…………これが、お前の望んだ裁きのカタチか。凡庸だ。神に成りたがる人そのものだ」


そんな中で惑星の法則の中に存在しない【奇跡】が一柱(ひとつ)。

金髪の巨人が立っているその場所だけは、土も、草も、水も、消えることなく残留している。


「何故だ……【無限】も【次元】も、同格の奇跡のはず……何故こうも、一方的に差し引かれる?」


「同じ武器を持った戦士同士が戦い、決着が付かない。そのようなことがあると思うか?」


「馬鹿な。我が劣っているというのか……オリジナル……神条境夜を生み出すための『神羅計画』によって生まれた我が……?

幾星霜もの命を辱めてたどり着いた人為的な奇跡……神たる我が劣っている……っっ。


――犠牲にされた者たちの踏みにじられた全てが……無為に終わると言うのかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”あああああああああああああああああああああああーー‼」


怒号が鳴り響く。怒りが。

これまでの計画で実験で使われた遺体の数々を悼んだ嘆きが響く。


「多重次元召喚‼」


【次元の混命(ボーダー・クォーター)】達は魔法陣から新たな力を召喚した。


蝙蝠のような翼と、角に牙が特徴的な悪魔。四本の腕に金棒を持った鬼。言わずと知れた龍。


「異世界の悪魔族、鬼に、龍……か。召喚術は【次元】の得意分野だが、召喚したところで従えるが出来るかどうかは別問題だ」


「従える意味などない。いずれも異世界の最強種だ。捨て置いても破壊を選ぶ‼」

【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の言葉を肯定するように、悪魔の口から魔力砲が放たれる。

「グオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

敵も味方も、生も物も関係の無い攻撃が周囲を襲う。


境夜も、【次元の混命(ボーダー・クォーター)】も、諸共攻撃している。

「ぬっ……!」

悪魔の心臓狙いの攻撃を避けもせず直撃した境夜は、魔力の物理衝撃で僅かに身体が後ろに下がる。

「フフフフフフ……!フハハハハハはーー‼」

一方、【次元の混命(ボーダー・クォーター)】に向かってきた攻撃は、それまでの境夜の攻撃とは異なり、途中でどこかに消え失せてしまった。

「【無限】の担い手とは言え悪魔族の魔王の攻撃は痛いか? なら更にくれてやろう!」

「ぬっ⁉」

【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の宣言と共に境夜は背後から衝撃を感じた。

「フハハハハハハ‼『自業自得の返し』。今回は特別に魔王の攻撃に使ってやろう‼」

「……ずいぶん嬉しそうだな。敵の攻撃を吸収し、別次元に送った後に、送った場所から再度召喚。俺の魔力砲に使わなかったのは、門が耐えられないと悟ったからか?」

「ふん!負け惜しみを――」

「はっ‼」

【次元の混命(ボーダー・クォーター)】が言い終わる前に、境夜は右手を悪魔にかざして魔力砲を撃ち込んだ。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

境夜の攻撃に反応した悪魔も同じく魔力砲を口から放つ。

だが

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー⁉」

一瞬たりもとも力が拮抗することもなく、魔王だったらしい悪魔は吹き飛ばされた。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー‼」

それを見た鬼の判断は早く、境夜に四つの腕の金棒で襲い掛かる。身長はおおよそ同じ位。振り下ろした金棒は境夜の頭目掛けて行き……

「ふっ!」

物理法則から外れる握力で圧縮されてしまった。

「ナンダト⁉ ナラバコレデドウダ‼」

武器の一つを潰された鬼は、三本同時に金棒を振るう。境夜の手は二本。鬼は四本。有利は鬼にある。

「はっ!」

だが、有利は境夜の右腕一本で弾き飛ばされた。一回振り抜くだけで、三本の金棒は弾き飛ばされた。

「バカナ‼ ニンゲンゴトキガ‼」

「俺が人間か……久しぶりにそう言われたな」

愉しそうにそう言いながら、手を差し出す。

「何ノ真似ダ?」

「臆せず来るか? それとも逃げるか? 帰り道なら俺が拓いてやろう。拳でな」

「ニンゲンガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー‼」

怒り狂って差し出された手を握りそうと力を込める。だが……

「この程度か? 鬼よ」

「嘗メルナニンゲンンンンンンンンンンンンンンンンンンンーー‼」

怒りの咆哮を上げた鬼を、気にもせずに持ち上げた境夜は、そのまま宙に放り上げた。

「ヌウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアーーーー⁉」

「人間を舐めるな。知恵泣き(・・)子よ」

飛ぶことが出来ない鬼は、重力に従い落下して、そのままハエを払うような手付きで五体を木っ端みじんに吹き飛ばされた。

「……俺は、ヒトではないだろうがな」

最後に残ったのは龍。生命の中でも幻想種と同格。生命・種族の頂点たる存在だ。


「…………」

『…………』

両者視線を合わせて佇むだけ。どちらが動く様子も無く、戦う予兆も無い。

「…………どうする?龍種」

『…………止めておこう』

「そうか。道は要るか?」

『心遣いにのみ感謝しよう』

「そうか」


龍は戦いを拒み、自らの力で次元の壁を破って消えて行く。


「【無限の奇跡(まほう)】……その名に恥じぬ力か」


惑星の命そのものを滅ぼす彗星の一撃すら意に介さず、召喚した異世界の最強の種も物の数にならない【無限】の担い手に、生まれたばかりの【次元】の奇跡の担い手は賞賛の声を漏らした。

「【次元の奇跡(まほう)】……宇宙を創造する上で最初に生まれた第一の奇跡。宇宙創造以前の【無】に対抗した力。

その本来の真価は空間と境界の支配。次元の壁を越えて何かを持ってくることなど副産物に過ぎない。だと言うのに、お前はそれしかやっていない。

その発想では、お前は人の枠を超えられない。神に足りうる器ではない」

「……そうか。真の【奇跡(まほう)使い】から見れば、やはりこれは児戯か」

「人間の脳では『限界』がある。【次元】も【時空】も【夢幻】も。等しく人には分不相応なオモチャに過ぎない。お前が森羅継國に埋め込まれた【次元】の欠片も、新たな死体を手に入れる程度の浅い思慮での利用目的に過ぎない。

俺に言わせれば、お前も翼が生えただけで、他の人間と大差が無い。見た目など、人かどうかを判別するにはあまりにも心もとない判断材料だ。


機械の身体でも人に至れる世界を視た。


獣の姿でも人に成れる世界を視た。


天使も、悪魔も、鬼も、龍も。すべては同じ。殺せば死ぬ命なんだ(・・・・・・・・・)」


「……そうだ。命だ。だから我が母は森羅継國に実験体として弄ばれ、我と言う『命』が………………ああ、そうか。そう言うことか」


「気付いた(・・・・)か。なら、それでいい」


焦土と化した地平を見渡し、隕石の影響で灰に包まれた天空を観て、境夜は太陽を浴びるように両手を拡げた。何をしているのか、人の身では理解出来ない。だが、【次元の混命(ボーダー・クォーター)】はソレを理解しているらしく。


「良いだろう。母の命は十年だった。私の命は十分だった。親子の悲願を果たせぬ雪辱。否…………せめてもの八つ当たりだ。小僧の癇癪と思って、受けてもらうぞ神条境夜‼」


その言葉と共に、一瞬で惑星の全ては飲み込まれ、消えてなくなった。


音も無く、反動も無く、威力も無く。飲み込んだソレは、突然現れて、総てを喰らった。


宇宙空間の喰らう者。それが存在すれば一瞬で全てを飲み込む暗黒の星。

ブラックホール。【次元の混命(ボーダー・クォーター)】の八つ当たりで召喚された暴食者。召喚者自らも喰らわれる巨大な死の星。それにより、地球はおろか、太陽系全てが飲み込まれた結果。世界は暗黒に満たされる。


「…………なぜ生きて、何故殺されるのか。死ぬと分かっていて、何故生きるのか?人はその命題と矛盾から逃れることも出来ず、目を逸らす。或いは……直視しすぎて壊れる」


神条境夜もまた、ブラックホールの重力の渦の中で揺蕩っている。近づくものを飲み込む引力は、いかに【無限】の奇跡であっても変わらない。


「人が命の在り方に干渉すれば、必ず何かが狂って壊れる。その結果、人間はいつか破滅する。


【次元の混命(ボーダー・クォーター)】。人の愚かさの犠牲者の落とし子。


個人的な復讐で全てを破壊していてはキリが無い。


全て壊して無にすれば、壊さなくて良いものまで壊してしまう。


命……愛……欲望……変化……世界が続いていくための希望(まほう)まで壊していては先が無い」


拳を握りこむ。


 「一秒先に滅びを迎える世界など、誰も欲しくはない」

 

 握りこんだ先の拳が発光し、徐々に金色に侵食されて行く。

 

 「戦争も、破滅も、復讐も、悔恨も。全ては誰かを不幸にする我儘だ…………」

 

 腕先の金色が全身を覆いむと、境夜は全身をバッと拡げて、ブラックホールの重力の渦を払いのけて宙に浮いた。

 

「【次元の混命(ボーダー・クォーター)】。俺は探しているんだ。誰もが幸福になる世界を。

お前の母の仇はいずれ俺が取ってやる。だから今は…………」

 

両腕を胸の前でクロスして、力を溜める。

 

「お前の母が生まれた世界の存続を、諦め(ゆるし)てやってくれ」

 

誰も聞いていない言葉を最後に、溜め込んだ【無限】の力を解放し……

 

「根源想起(ワールド・リグレイション)」

 

【次元】の奇跡(まほう)に創造された、偽りの宇宙(ちきゅう)を消滅させた。

 

 

 

一週間後。

校長室の中で導真学園校長――林堂薫は、森羅継國に事の顛末を報告していた。

「以上が、聞き取りで纏めた今回の事の顛末だよ」

モニターに映る白髪の老人に嫌悪感丸出しで目を逸らしながら報告書を読み上げ終わった薫は、今すぐにでもモニターの電源を切ってやりたい衝動に駆られるが、残念ながらこちら側からそれを実行する手段が無いため、向こうの反応を待たざるを得なかった。

「ふむふむ。なるほどのう……まさか死体が材料になった失敗作から生命が誕生するとは……いやはや。まさしく奇跡(・・)の所業よなあ」

「……そもそもジジイ。お前は何故【奇跡の欠片】なんてものを実験体に埋め込んだんだい?

いくらキサマの地位であっても、『【COSMOS】の至宝』のひとつをそんな適当に扱う権利なんかあるとは思えないんだがねえ」

「フッフッフ……なぁに。組み込んだのはほんの砂粒くらいのものよ。爪でひっかいて僅かに付着した物を、気まぐれに振りかけてみたのよ。

そしたらなんと嬉しいことに、そんな砂粒が成長を遂げて、元はただの小娘だった実験体が【次元】の奇跡のほんの一部を宿して、実験室から逃亡、更に他の実験体の強奪までに至ったのだから、行幸も行幸よ。まして、それが子を生み出し、神条境夜との接触があったとは言え、その『子』まで【次元】の奇跡を宿した。それも母体よりも遥かに強力な奇跡だ‼

これが他の実験体でも同じことが起こせるなら、【次元】の奇跡を人為的に量産出来るやもしれぬ! フハハハハハハハハー‼ 笑いが止まらんわ」

「人の命をそこまで軽んじられるとはね。恐れ入ったよ妖怪ジジイ」

それまで逸らしていた目を合わせて憎悪を向ける薫。だが、継國はそれすらもおかしいらしく、一層笑い声が大きくなる。

「ハァ……残念なのは、あの巨人が死に損なった生徒達を一人残らず命を救ってしまったことかのう」

それまでの高笑いから一転。自分の学校の生徒が一人も死ななかったことに肩を落とす妖怪クソジジイ。

「はん! 神条境夜が『神の手』なんて呼ばれる救命のプロフェッショナルであることは、アンタも知っているはずだろうが」

「それはもちろん知っておるが、あの破壊神が関わりも無い人間を助けるとは思わなんだわ」

「ふん……」

鼻を鳴らした薫は、その時の様子を思い返していた。確かに境夜は、TCSにボロボロにされた生徒を助けることを疑問視していた。

と言うのも、彼は死を遠ざけることが出来るだけで、壊れた物を治せるわけじゃない。具体的には、ボロボロに砕かれた足を治して義足生活になる未来を遠ざけることが出来ない。砕かれた背骨を治して下半身不随を治すコトが出来ない。ぐしゃぐしゃにされた顔を戻して元の美人だった顔に戻すことが出来ないのだ。

『死なせてやった方が幸せなんじゃないのか?』

冷たいことを言っているように聞こえるが、命を救うということは、それだけの責任が伴う。生き残らせてはい終わりと言うには、損傷が激しい人が多すぎる。

(あの時代遅れのリーゼントが説得しなければ、おそらく本当にそうなっていただろうね)

『仲間を救えるのならお頼み申す‼ 生き残った仲間たちが死んでいたかったと言うのであれば、ワシも一緒に死ぬ覚悟だ‼

どうか、お頼み申すううううううううううううううううううううううーー‼』

(骨がボロボロな腕でしがみ付いて離れない姿と覚悟に胸を撃たれる辺り、アイツも充分に人間の心があるんだがね)

「それで、報告はもういいかい? アンタのツラと声は寿命に悪いから早く切って欲しいんがね」

「ああ。それでは最後にこれだけ聞いておこうか。

神条境夜は、今何をしている?」

「ああ……あの小僧なら今頃――」




 薫との通信を切って、森羅継國は二時間棒立ちさせていた斉木が持っていた物を受け取ってさっさと下がらせる。

「フフ……フフフフフフ!」

受け取った物を見ながら気持ち悪い笑顔でニヤニヤしながら、この妖怪は何を思うのか。

「これが、神条境夜の【無限】の奇跡とDNAマップを吸収したTCSの残骸か……ウヒヒ……‼ これが有れば創れる。今度こそ。完璧な【奇跡(まほう)】を内蔵した新人類……【完成なる者(アンリミテッド)】が‼


これで……今度こそ。ワシが不死と成る。キヒッ!キヒヒ!キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャーー‼」

歳も考えず高笑いが止まらない醜悪な姿。どれだけ老いさらばえようとも、死を前にした俗物の悲願など、こんなものだ。

「さあて……またどこぞの【次元】からモルモットをかき集めさせなければのう」




同じころ。

自然と人間の過ごしやすさが同居した山中にて。

「にゃあああああああああああああああああああああああ――‼」

「よっと。もういいか?」

「やー。もっともっとー! 一週間もお預けされたミケの心は思いっきり飛び出したいにゃー‼」

「飛び出しているのは身体だと思うが。まあ、いいか。それっ」

「にゃーー‼」

綺麗な青空、済んだ空気の中で山登りに来ていた若い男女。周囲には誰もいない。そんな状況でやることと言えば一つ。思いっきり声を出して遊ぶことだ。出来そうでそうそう出来ることじゃないこれを、魅傀は以前お預けをくらっていた高い高いを境夜にして貰うことで実現していた。安全に配慮して東京タワーのてっぺん程度の高さに調整された高度の『高い高い』を山の上から受けていた魅傀は、日本全てを見渡しているような気分で解放感に浸っている。

「…………まさか俺が、こんな普通な遊びをする日がくるとはな」

「にゃあ?」

魅傀を受け止めた境夜がしみじみと口にする。

「ああ、いや。俺は昔から力が強かったし、ガキの頃は少年兵だったしで、こんな風に遊ぶことなんてなくてな。少し、感動したんだ」

「そっかぁ……じゃあ、魅傀と同じだね!」

「? 同じ? どういうことだ?」

「犬飼家は、昔から犬の神霊や使い魔を使役して国の政に関わってきた古い家系の分家なんだよ。

 なのに、魅傀の耳と尻尾。これって生まれた時にはもう生えててね。宗家の偉い人たちはお父さんとお母さんを物凄く責めたの。犬神を使役し力を高めてきた一族の恥さらしだって。


ずっとそう言われてたから、私も遊ぶとか、それどころじゃなくって。お父さんもお母さんも、私を手放すチャンスだって、導真学園に私を送ったんだよ」

そう語る魅傀の表情は、悲しそうであるはずなのに、どこか感情が喪われているようにも見える。

「【大神災】の時にお家が壊れて、偶然私が隔離されていた場所から逃げ出せなかったら、ひひろにゃんにもうちゅーにゃんにも会えなかったくらいに、ずっと監禁してたのに、あっさり捨てられちゃったにゃ」

「……そうか、お前もそんな調子だったのか」

「うん。だからね、魅傀にとっては二人が初めての親友で……境夜にゃんが、最初に見た親族以外の男の子だったの。初めて会った男の子が境夜にゃんだったから、魅傀はずっと初恋を忘れられなかったよ。だって、あんな衝撃的な出会いも、どんな怖いことからも守ってくる力強さも、感じられなくて、女の子と変わらないような気がしちゃったから」

「それは、なんと言って良いのか分からないな……」

「分からなくっても良いよ?だって、魅傀達はまだ友達になったばっかりなんだから。

少しづつ知り合っていきたいにゃ」

「いきなり求婚してきたのにか?」

「あ、あの時はずっと会いたくて会いたくて、ちょっと焦ってたから……にゃあ」

「そういうものなのか」

「そういうものにゃ!」

そんな会話をしながら、登り続けていると、やがて二人は山頂まで登頂した。重い荷物を降ろして、一層の解放感に浸って、うーんと背伸びを一つした魅傀は、境夜に振り返って


「それじゃあ境夜にゃん。約束通り、ピクニックを始めるにゃ!」


屈託の無い最高の笑顔をで言った。

そんな彼女を見た境夜は……。


(やっぱりこの子可愛いよな。笑った顔も、声を上げて笑う姿も。持ち上げる時結構ドキドキするんだよな柔らかいし、触れる場所とか気を付けないとセクハラで嫌われるかもしれないし。耳とか触ったら怒るだろうか?尻尾は?時折陰のある表情をするのも素直な感じがしてほっとするし…………実は最初に学校で会った時から好きだったから、為にならないと思いつつ告白も断れなかったわけだし。しかしお互いよく知らないし、魅傀が心変わりして振られたりしたらオレ耐えられそうにないしなあ……)


「――ああ」


一言だけ返事をして、境夜はシートを拡げたのだった。

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