第473話 少女二人旅、ブラン編

 ハンマスに頼んだルナの装備ができ上がるまでの間、キリーはルナを連れてブランの街の中を散策していた。

 ただ、キリーたちの姿はとても目立つといっても過言ではない。なにせキリーはメイド服を着ており、ルナはどこからどう見てもお嬢様なのだ。何も知らない人の目から見れば、貴族の娘とメイドが一緒に歩いているようにしか見えなかった。

 ところが、キリーとルナからはそういう考えがすっぽりと抜け落ちていた。世間からかなり感覚がずれてしまっているのがこの2人なのである。これも長らく奴隷生活をしていたがゆえの弊害なのだろう。

 街の人たちから奇異の目は向けられているものの、それをまったく気にせずに動じる様子もなく歩くキリーとルナだった。

「ここもにぎやかですね、にいさん」

「ええ、さすがは街道に造られた街だと思いますよ」

 商業区画を眺めながら歩くキリーとルナ。今2人が向かっているのは商業ギルドだ。というのも、街の事はあまりよく知らないので、情報を仕入れなければならないからだ。宿がどこにあるのかも知らないのである。

 ハンマスに聞けばよかったのだろうが、困った事にキリーたちはすっかりそれを失念していたのである。ハンマスが作業に入ってしまったために、あえなく冒険者ギルドで商業ギルドの場所を聞いて、それから宿の場所を尋ねるという二度手間な事になってしまったのだった。

 ちなみに道行く人に聞かなかったのは、ルナがまだ少々他人に対して警戒を解かなかったからだった。キリーは兄として、ルナの事を考えているのである。

 ともかく、そんな回りくどい事をしながらも、キリーたちは無事に宿にたどり着いたのだった。

「あらあら、かわいい嬢ちゃんたちだね。大人の方はいらっしゃるのかい?」

 宿に着くと、おかみさんと思われる女性からそう聞かれるキリーたちである。

「いいえ、僕たちだけです」

 きっぱりと答えるキリー。これには目の前の女性は驚いていた。

「おやおや、驚いたねぇ。子ども、しかも女性だけでここまで来たのかい? まあ、うちは宿屋だから泊りたいと言われたら泊めるけれど、トラブルは勘弁しておくれよ?」

 女性が困った顔で言うものだから、キリーは黙ってとあるものを差し出す。それを見た女性は、みるみる顔色を悪くしていった。

「んまあっ! 金級冒険者なのかい?」

 キリーの差し出した冒険者証を見て、女性は大声を上げてしまう。どう見ても子どもだというのに、現状最高ランクと言っていい金級冒険者が目の前に居るのだから、無理もない話だ。

 さすがにキリーもルナもその声の大きさに耳を押さえている。

「ああ、すまないね。金級冒険者っていうのなら、うちで一番いい部屋を用意してやるよ。広さがあって鍵もついてるし、あんたたちにはちょうどいい部屋だと思うよ」

 一気に気前が良くなる女性である。現金なものだが、これが商売人というものなのだ。

「それでは前金で3日分お支払いしますね」

 ちょっと笑っているキリーだが、取引が成立したのでおとなしく応じている。

 3日分と指定したのは、装備ができ上がるまでの最長の日数と、いろいろな事情を考えての事だった。

 新しい装備ができたとなれば、ルナの性格上、絶対試そうとする。キリーはそう読んだのだ。さすがは兄である。妹の事をよく分かっていた。

 今でこそスレブの領主の娘として少しずつお淑やかになっているものの、その実かなり血の気の多い性格なのだ。

 特にケンカを売られようものなら、怖がるどころか攻撃しようとする。ルナはそれくらいに攻撃的な性格をしているのである。

「では、こちらが鍵になりますね。宿を発つ時に返して頂ければ問題ありませんので、それまでは絶対に紛失しないで下さい」

「分かりました」

 代金を前払いして鍵を受け取ったキリーは、ルナを連れて部屋へと向かう。

 さすがに商業ギルドで一番の宿と紹介されただけあって、建物が大きい。キリーが泊まる事になったのは、宿の最上階の通りに面した部屋だった。窓を開ければ遮るものがなく街を一望できる、実に開放感のある部屋だった。

「へえ、ブランの街ってこんな風になっているんですね。エアレ・ボーデから見る景色とはまた違っていい感じです」

 景色を見てにこやかにしているキリーだが、ルナは対照的にベッドで転がって眠ろうとしていた。

 ところが、まだ外は明るすぎる。陽が暮れるまではまだかなり時間がありそうだった。

「にいさん、私もう寝たい」

「ダメですよ、ルナ。今寝ると真夜中に目を覚ましてしまいます。せめて夕食を済ませるまでは起きていて下さい」

「ぶうぅ……」

 キリーに叱られると、ルナはものすごく不満そうな顔をしていた。まったく、困った妹である。

 とはいえ、このまま部屋でゆっくりするのよろしくない。エアレ・ボーデを使っていたキリーはまだまだ元気なのだ。となると、ブランの街を散策するのが一番だろう。キリーは窓を閉めるとルナの手を取った。

「ルナ、領主としての勉強として、この街を散策しましょう。スレブからは峠越えが必要なので遠いですけれど、見聞を広げるのは悪くない話ですよ」

 ルナは嫌そうな顔をしているものの、キリーがキラキラとした笑顔をしているので、やむなくその誘いに乗っていた。

 そんなわけで、2人はまず1階に向かっておかみさんから話を聞く事にしたのだった。

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