第464話 賑やかな食卓
「ただいま戻りました、師匠」
「おお、お帰りキリー。マオも大変だったな」
「ええ、疲れましたわ。食あたりを起こしておきながら、あの人たち元気なんですもの」
マスールの家から戻ってきたキリーとマオは、ヴァルラと言葉を交わす。キリーはまだ元気そうなのだが、マオは結構疲れたような表情をしていた。
「あ、ご主人様たち、お帰りなのです。ごはんができるので、お風呂に入ってくるといいのです」
食堂の方からひょっこりとホビィが顔を出してきた。
「ああ、ご主人様たち。久しぶりですね」
「やっと仕事から解放されましたよ……」
誰かと思えばラピッドとトゥツも顔を出してきた。2人は商業ギルドの仕事を手伝っているので、ほとんど家に居ないのである。こうやってヴァルラの家に居る事自体が珍しいのだ。
「あれ、2人とも帰ってきてたのですね。お疲れ様です」
「いやー、本当ですよ。今日は昼前に帰ってきて、ようやく解放されました」
キリーが労うと、ラピッドが半ば愚痴めいた事を漏らしていた。
「ほれほれ、そういった話は後でもいいだろう? キリー、マオ、まずはお風呂に入ってきなさい」
「はい、分かりました師匠」
「ええ、ゆっくり入らせて頂きますわ」
長くなりそうだと感じたヴァルラが間に入り、ひとまずはキリーたちをお風呂に向かわせた。愚痴を言おうとしていたラピッドは少々不機嫌な顔をしたものの、キリーたちも疲れている事を配慮して、そこはぐっと堪えていた。
「私たちはホビィを手伝って、食事の支度をしようではないか。愚痴はゆっくりと聞くから安心するといい」
「はい、分かりました」
ヴァルラが諭すと、ラピッドとトゥツはおとなしく食卓の支度を始めたのだった。
ラピッドとトゥツも、そもそもはホビィのホップラビットの最上位たるキッキングバニーの変異種キッキングマスターという魔物だった。ホップラビットとは比べ物にならないくらい大きな魔物で、なおかつ変異種に共通する凶暴性を兼ね備えていた。その蹴りは鉄を楽々と砕くほどのものである。
そんな魔物だった2人も、キリーとマオの2人の眷属となるとホビィと同じように兎人化して、今は商業ギルドの手伝いをしているのだ。巨大な体と足の速さを活かしての運搬業を主に手伝っている。それにフェレスの森に住んでいたという事もあって、スラン近郊の魔物たちは怖がって逃げていく。用心棒としてもなかなか優秀な2人なのである。
まあ、それだけの強さと能力を持っていれば、商業ギルドからは結構いいように扱われてしまっており、自分たちの主であるキリーやマオとなかなか会えなくて、それなりにストレスを抱えていたのである。ブラック労働環境だった。
「ふぅ、やっぱり自宅のお風呂が一番落ち着きますね」
「ええ、まったくですわ。よそに行くと魔法でごまかしてますものね。やはりここのお風呂にはどこも敵いませんわ」
髪の毛を乾かしながら、キリーとマオが食堂へと入ってきた。
「ふふふ、待っていたのです」
それと同時にホビィが怪しい笑いを浮かべながら、お皿に料理を盛り付けていた。
兎人とはいってもホビィはウサギそのものが二足歩行になった状態なので、ウサギの前足で物を掴んでいる状態である。どう見ても握りにくそうなのだが、それでも器用に物を掴んでいたのだった。
食卓の支度が完了するといよいよ食事が始まる。ラピッドとトゥツの2人はかなりお腹が空いていたのか、ものすごい勢いで掻き込むように食事をしていた。
「さてさて、この2人がこのような状態だと、商業ギルドにはちょっと文句を言ってやらんといかんな。今まで気付いてやれずにすまなかったな」
ヴァルラは2人に謝罪する。
「いや、師匠のせいではありませんよ。最初の頃は楽しくやってましたし、戻って来なかった俺たちも悪いですから」
「そうですよ。ご主人様に会いたくなっても我慢してきたのは自分たちですし、みなさんの事は恨んでいません」
ラピッドとトゥツはこう話していた。
「とは言うても、これだけ家に戻って来れなかったのは事実だ。冒険者といえどそこまでになる事はあまりないからな。それこそ遠くの依頼を受け時くらいだ。さすがに苦情くらいは入れておくぞ。私たちは家族なのだからな」
「師匠……」
ヴァルラの言葉に、ラピッドとトゥツは泣きそうになっていた。
この光景には、キリーとマオも食べる手が止まる。ただホビィだけがその手を止めなかった。さすがは食欲の化身であるホップラビットである。
それにしても、増えた家族がこうやってそろって食事をするのはものすごく久しぶりだった。そのせいもあってか、いつもよりも賑やかな食事となっていた。
今頃はマスールたちも家族そろって食事をしているだろう。おそらくは10年ほど溜まった話で盛り上がっているに違いない。
こうやってそろって食事を取れるというのも、どのくらいあるか分かったものではない。久しぶりに一家が揃ったのだ。その日くらいは賑やかに食事を取りたいものである。できれば、その幸せを噛みしめながら……。
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