第463話 マスール一家
「これはキリーさん、マスールさんもお帰りなさい。っと、そちらの男性はどなたでしょうか……。マスールさんとよく似てますが?」
キリーたちに対応した門番は、ハスールをじろじろと見ている。
「俺の兄貴だ。ちょっと訳あって帰ってきたんだよ」
「なんと、マスールさんのお兄さんでしたか」
マスールの紹介を受けて、門番はハスールに頭を下げている。
ハスールがスランを出て行ってから結構経つので、門番はハスールを知らなかったようだ。2人に確認すれば、10年は前の話らしい。それなら仕方がないかも知れない。街の住民を全員覚えるのは大変だから。
冒険者証を照会して、スランへと入っていく3人。中を見たハスールは一言呟いた。
「……変わってねえな」
「領主様が頑張ってくれてるからな。これでも発展してんだぜ?」
「そうか」
言葉数少ないながらも会話をする筋肉兄弟。そういえば移動中も会話がほとんどなかったなと振り返るキリーだった。
自分はルナとはよく喋るために、いまいちマスールとハスールの心境が分からないキリーである。
沈黙が続く中、キリーたちはマスールの家へとやって来た。10数日間ぶりの帰宅である。
「戻ったぞ、親父、お袋」
玄関を開けるなり、声を掛けるマスール。
「おやおや、無事に戻っていたのかい、マスール」
声に反応したマスールの母親の声が聞こえてきた。
「この声は……お袋か」
母親の声を聞いた瞬間に、ハスールが反応してしまう。
「おや、ハスールかい? あんた、ハスールが帰ってきたよ!」
「な、なんだって!」
呟きが聞こえてしまったらしく、奥がばたばたと騒がしくなった。
「ちょっと、おとなしくして下さいまし。まだ病み上がりでしてよ!」
それと同時に、マオの慌てた声が聞こえてきた。そういえば、マオが様子を見に来ていたのだった。しかし、病み上がりとは一体どういう事なのだろうか。
「ああ、キリーさん、お帰りなさいませ」
マスールの両親を追いかけて出てきたマオが、キリーに気が付いて挨拶をしてきた。その横では、ハスールが両親と感動の対面を果たしていた。
「お疲れ様です、マオさん。それより病み上がりってどういう事なのですか?」
「ええ、ちょっと傷んだ食事をされてみたいで、それに中ったみたいですわ。私の魔法で既に完治はしておりますので、問題はもうございませんわよ。食材も浄化を掛けておきましたし、それでも腐っていたものは捨てましたから」
「ああ、そうだったのですね。お疲れ様です」
マオを労うキリーだった。
そういえば今は暑い季節だ。食材も油断すると腐ってしまうので、こういう事故も時々起きてしまうのである。これは気を付けないといけないと、キリーは改めて思った。なにせキリーの本懐はメイドなのだから。食材管理も仕事なのだと思っているのだ。
「でもまぁ、それよりは今はあちらでしょうかね」
「えっ?!」
マオが腕を組みながら笑みを浮かべながら言うと、キリーはちょっと驚きながらマオの視線の向く方へと振り返る。
そこでは、ハスールとマスールが両親と話をしている光景があった。いい年をした筋肉だるまたちとはいえ、家族がこうやって再会するというのは実に感動的なものである。
「さて、家族が揃った事ですし、僕たちの出番はハスールさんがブランに戻る時までありませんね」
「そうですわね。部外者はさっさと退散するに限りますわ」
そう言ってキリーとマオが帰ろうとした時、がしりと2人は肩を掴まれてしまった。ゆっくり振り向くと、そこにはマスールたちの両親が笑顔で立っていた。
「まあまあ、キリーちゃん、マオちゃん。せっかくなんですから、今日もうちでゆっくりしていって下さい」
「そうだぞ。ハスールとも面識があるどころか一緒に依頼をこなしたそうじゃないか。その時の事を詳しく教えてもらいたい」
この両親ときたら、やたらと押しが強かった。あまりにぐいぐい来るものだから、2人はとうとう断り切れなかった。
「はあ、仕方ありませんね。この後の食事はお作りしますけれど、夜には帰りますからね」
「ああ、それでも構わないよ。くっ~……、息子にこんな可愛い知り合いが居たなんてなぁ。俺は感動で泣いちまうよ!」
「親父、恥ずかしいからやめてくれ!」
本当に号泣しだす父親である。マスールが声を荒げるものの、父親はおいおいと泣き続けていた。ハスールもマスール同様に止めようとしてしているが、父親の泣く勢いは止まらない。母親は目を押さえて涙を拭っていた。
そんなわけで、仕方なくキリーは夕食を作って振る舞い、食べながらマスールとハスールとの間で起きた事をいろいろと話したのだった。
結局ずいぶんと話し込んでしまったので、すっかりと暗くなってしまっていた。そこで両親が2人に泊まっていくように勧めたのだが、さすがに家族水入らずを邪魔するのは悪いし、何よりマスールの家は狭かった。それに、キリーたちの住む家はそこからそう遠くない場所にあるのである。
以上の点から、キリーとマオはお泊りを丁寧に断っていた。残念そうにする両親だったが、それには応えられなかった。
「では、ご家族でゆっくりして下さい」
「失礼致しますわ」
すくりと席を立ったキリーとマオはハスールの家を後にして、やっとこさヴァルラたちの待つ家に戻ったのだった。
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