第462話 空気に乗ってひとっ飛び
翌日、キリーはハスールとマスールの兄弟をエアレ・ボーデに乗せて空を移動していた。さすがのハスールもものすごい速度で移動する見た事もない乗り物に腰を抜かしているようだった。
「やっぱり兄貴でも無理だったか。俺もこれに初めて乗せられた時は怖くなったもんだぜ」
「ったりまえだろ! こんなもの、どうして落ち着いてられるってんだ!」
声を荒げているハスールである。
それにしても、キリーのエアレ・ボーデも成長したものだ。筋肉だるまを2人も乗せても大丈夫な強度と広さを兼ね備えているのだから。
「揺れないから大丈夫だと思いますけれど、騒ぐと舌を噛みますよ」
キリーは少し不機嫌そうに言っている。大声で騒ぎ続けるので、うるさくて仕方がないのだ。一応エアレ・ボーデに乗り慣れているマスールが落ち着けようとしてはいるものの、一向に静かになりそうにないのだ。
「そろそろノレックに着きますよ。ここで一応ひと晩泊っていきましょう」
「ああそうだな。さすがに兄貴が混乱しきっちまってる。落ち着ける時間が必要だな……」
キリーの意見にマスールは賛成だった。なにせ、ハスールは気を失っていたのだ。まるで初めて乗せられた時の自分を思い出すマスールである。こんなところで似なくてもいいのに。そう思うキリーとマスールだった。
ノレックで1泊して、再び南下を続けていくキリーたち。
ノレックまででもかなり標高を登ってきたのだが、ここからはいよいよ峠越えである。さすがに暖かいというか暑い時期になってきているので、辺りからはすっかり雪が消え失せていた。残っているのは高い山の上の方だけである。
ノレックからの峠越えも、2日間で越えてしまったキリーたち。
ここではスレブに寄っていく。スレブではキリーが有名すぎるので、街のあちこちから声を掛けられる始末だった。なにせ、街の中では領主の子どもだという事がすっかり広まっていたからだ。黙ってもらうようにはお願いしたものの、広まってしまっていたのだ。
原因は言わずもがなルナである。かなり吹聴して回っていたらしく、完全に抑え込めないレベルで広まってしまったのだ。
「なんだ、キリーって領主の娘さんだったのか」
「まぁそうですね。娘というのは違いますけれど」
「うん? どういう意味だ?」
ハスールが確認するように尋ねる。それに対して返ってきたキリーの言葉に、マスールともども混乱するハスールである。
「にいさん、来た!」
宿に泊まると、やっぱり当然というレベルでルナが突撃してきた。噂は駆け巡って、あっという間に領主邸にまで届いていたのだ。
「ルナ、ダメですよ。こんなところまで来ちゃ」
「にいさんに会うため、仕方ないのですよ」
キリーは叱るものの、ルナは相変わらずの様子である。これには、キリーも呆れてしまうレベルだった。
「にいさん?!」
ルナがキリーに対して言い放った言葉に、ハスールとマスールは混乱をしていた。
説明するのも面倒なキリーは、
「あまり深く聞かないで下さい。ちょっと複雑な事情がありますので」
二人に少し強めに釘を刺しておいた。
「あ、ああ。分かった。俺たちにもあったように、お前にも事情はあるもんな」
少し後退りながらも、筋肉だるま兄弟は事情を察してくれたようである。
「ほら、ルナも屋敷に帰りなさい。僕は依頼を受けている真っ最中なんです。遊んでいる暇はありませんよ」
「むむむむ……、仕方ない今回は我慢します。また遊びに来て下さいね、にいさん」
ルナは不満げにしながら、宿を去っていった。ルナがあっさり引き下がってくれたので、キリーはほっとして大きなため息を吐いていた。
「これで今日はよく眠れそうです……」
キリーはルナの相手にちょっと疲れたようだった。
翌日を迎えると、スレブを出てスランへ向かう。ここからは街道に沿って真っすぐ南に下っていくだけである。スランまではもう少しだ。
「ここらまで来るとかなり暑いな。ブランの気候とは大違いだぜ」
ハスールは少々参っているような感じだった。
無理もない。山を越えた先であるブランの街は、少し寒い場所なのだ。そこの気候に慣れたがゆえに、ハスールはこの暑さが少しこたえているのである。
キリーはそんな事に構わず、スランへ向けてエアレ・ボーデを飛ばしていく。魔法に集中しているので、長く会話に加われないのだ。その間の気の紛らわしは、マスールがしっかりやってくれている。本当に最初の事を思えば、だいぶマスールとも打ち解けたものだ。それだけキリーもスランには馴染んでいるという事だろう。
スレブを発ってから2日が経った。全部でたったの5日間。あっという間にスランについてしまったのである。
「この外観、懐かしいな……。街を取り囲む壁は昔のままなのか」
ハスールはスランの街の入口を、感慨深く眺めていた。キリーもマスールもその感傷を邪魔しなかった。
「よし、さっさと親父とお袋に会いに行くか」
感傷タイムを終えたハスールは、気合いを入れるために自分の両手の拳を突き合わせる。さすがにもう何年と離れた故郷なのだ。両親に会うにも覚悟が必要だったのだ。
キリーはそんなハスールの様子を見て柔らかな笑みを浮かべる。そして、街に入るために門へと近付いていったのだった。
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