第461話 筋肉兄弟

 ブランの街の一角。スッチはキリーたちをそこへと案内してした。辺りにはこれといった目立つ建物はなく、掘っ立て小屋といった感じの簡素な建物がいくつか乱雑に建てられているだけの光景が広がっていた。

 はっきり言ってそこは、スラム街といっても過言ではないくらいのみすぼらしい区画だった。

 スランの街も周りを囲む壁のあたりは何もない場所というのは存在していた。まさにそういう場所に掘っ立て小屋が建っているのである。

 スッチはその中のひとつへ向かって歩いていく。

「ハスールさん、お客さんですぜ」

 そして、小屋の前に立つと、中に向かって呼び掛けた。

「なんだ、うるさいな。今日は休みだと言ってんだろうがよ」

 中からハスールが文句を言う声が聞こえてくる。本当にこの狭そうな小屋で住んでいるようだ。

「まったく。スッチ、一体何の用……だ?!」

 文句を言いに外へ出てきたハスール。だが、キリーたちの姿を見つけて、その声のトーンが落ちていった。まったくもっての不意打ちだったのである。

「ちょっと待て。なんでキリーはともかくとして、その顔、マスールだな。なんでお前がこっちに来てるんだよ!」

 叫びながらハスールは小屋の中に戻ってしまった。

 一体どうしたというのか。キリーは分からずに首を傾げているのだが、マスールは顔を押さえ、スッチはおかしそうに笑っていた。

「スッチ、今度てめえの取り分はなしだ!」

「ひえっ! そ、そいつは勘弁して下さいよ!」

 笑い声はしっかり中まで聞こえており、しっかりとハスールの怒りを買ったようだった。

 しばらくすると、改めてハスールが小屋から出てきた。どうやら服を着替えたらしい。その顔は怒っていたので、スッチに対する怒りが収まっていないようだった。

「兄貴、久しぶりだな。元気なようで何よりだ」

 そんな状態で現れたハスールに、マスールは恐る恐る挨拶をする。すると、ハスールの表情は一気に柔らかくなった。

「久しぶりだな、マスール。そっちこそ元気そうだな」

 言葉を交わす兄弟。その間には、なんとも柔らかい雰囲気が漂っていた。筋肉同士だというのに、なんとも爽やかなものである。

「それにしても、兄貴がまさか峠を越えた先に居るとは思わなかったぜ。どうやって来たんだ?」

 マスールは気になるらしくハスールにその辺りの事を詳しく聞こうとしている。だが、ハスールの方はごまかしていた。語るべき事ではないと判断したのだろう。

 キリーはその兄弟のやり取りを微笑ましく眺めていた。

 しかし、それは長くは続かなかった。

「で、マスールはなんでこっちにやって来たんだ?」

 ハスールが本題とも言える内容に突っ込んできた。その視線は鋭く、マスールですら飲まれそうな冷たさを備えていた。マスールも負けじとその視線に対抗する。

「実はな、兄貴……」

 マスールはもったいぶったように言葉を詰まらせる。それに対してハスールはいらつきを見せ始めていた。その様子にビビったのか、マスールは困惑した表情を浮かべていた。

「あ、兄貴、落ち着いてくれ。とにかく、とにかく理由を話すからさ!」

「おう、すぐ話せ」

 そんなわけで、マスールは観念してブランへとやって来た理由を話した。

 マスールの説明を聞いたハスールは、少し暗い表情を浮かべていた。

 それもそうだろう。なにせ両親の状態が思わしくないという情報だったのだから。

 見送りのために出てきたマスールの親は、まだまだ健康そうに見えた。だが、鑑定魔法で状態を確認したところ、確かに不安要素があったのだ。万一のためにマオを付き添わせているのだが、できる限りは急いだ方がいいのである。

 話を聞いたハスールは、

「分かった。両親に会うとしようじゃないか」

 すぐさま結論を出していた。

 元々、冒険者となって立派な功績を残せるようになった時点で、ハスールはスランに戻る予定を立てていた。だが、冒険者として過ごしているうちに、それがうやむやになってしまったのだった。それが長く続き、今現在に至っているわけである。

「これ以上うやむやにするのも忍びねえからな」

 ハスールはやれやれといった感じに頭を掻いていた。

「悪いな、兄貴」

「まったくだぜ。お前がわざわざ来たって言うんなら、いう事くらい聞いてやらなきゃいけないってもんだ。はっ、兄貴っていうのは本当につらいもんだぜ」

 申し訳なさそうな顔をするマスールに対して、ハスールは笑顔を見せていた。

「で、お前らはどうやってここまで来たんだ? まさかスランから徒歩ってわけじゃないよな?」

 話がついたところで、移動手段について尋ねてくるハスール。だが、これに対してマスールはものすごく言い渋っている。

「それは実際に見てもらった方が早いですね」

 代わりに反応したがキリーである。キリーはこう言うと、両手を前へと突き出す。

「エアレ・ボーデ!」

 こう叫んだ瞬間、キリーたちの目の前には空気の塊の円盤が出現したのだった。

「な、な、なんじゃこりゃあっ!?」

 見た事のないものがいきなり出現したので、ハスールは驚きのあまりに腰を抜かしてしまったのだった。

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