第458話 北へ北へ

 スランを断ったキリーとマスール。まずはノレックへ向けてエアレ・ボーデで一気に移動を開始する。

 エアレ・ボーデに乗る事が今回で2回目となるマスール。さすがにもう慣れたのか、平然とした顔をして乗っかっていた。

「キリー、これはブランまで直接行くのか?」

「いえ、まずはその手前のノレックへと向かいます。ブランはまだ行った事がない場所なので、さすがの僕でもそこまで危険は冒しませんよ」

 マスールの質問にすらすらと答えるキリーである。12歳とはいえども、本当にいろんなものに慣れ過ぎである。

 それはともかくとして、エアレ・ボーデはかなりの上空に浮かんでいる。スレブを過ぎてノレックへ向かうには、非常に高い山々を超えなければならないからだ。

 冬場であれば雪で真っ白に染まってしまう山々だが、今の時期ならば青々とした木々の波を見る事ができる。

「スランの北の方はこんな風になっていたのか……」

「あれ、マスールさんってこっちの方って来た事がないんですか?」

 マスールの呟きを拾ったキリーは、マスールに質問をしている。

「ああ、俺はほとんどがスランの近隣だ。あとはフェレスの方だな。北の方はいい話を聞かないもんだから、来た事がねえんだよ」

「ああ、なるほど」

 マスールの話を聞いて納得のいったキリーである。

 いい話を聞かない。つまりはスレブに長らく蔓延っていた奴隷制度の事だろう。最近キリーたちの手によって潰され、新たな制度が始まったのだが、知らなければそんなものなのである。

(これはもっと宣伝する必要がありますね。ですが、これはお父さんたちの努力次第です。今はよそ者である僕があまり口出しするべき事ではありませんね)

 マスールの話を聞きながら、そんな事を思うキリーなのである。

 そんなこんなで、急ぐこと6日。キリーたちは山間の街ノレックに到着した。

 時期が外れているので、トレントに生活を脅かされる事なく、街の人たちは賑やかに過ごしている。

 街の近くでエアレ・ボーデを地面に降ろしたキリー。

 まずはノレックの街でハスールの情報収集である。

 そう思って街の入口に近付いた時、門番から意外な反応をされてしまった。

「おや、ハスールさん。ブランに戻ったのではなかったのですか?」

 なんと、門番がマスールをハスールと間違えたのだ。

「いや、俺はハスールの弟だ。兄貴を知っているのか?」

 マスールはずいっと門番に詰め寄る。

「な、なんと! ハスールさんの弟さんでしたか。これは失礼をしました。……それにしても、さすがご兄弟。よく似てらっしゃいます」

 門番はまじまじとマスールを覗き込んでいる。

「やめろ。今は兄貴について教えてくれ」

 門番を睨みながら、マスールはさらに詰め寄っている。

「わ、分かりましたよ。ですが、私が分かるのは先ほど言いました通り、ブランに戻られた事くらいです。それ以上の話となると、冒険者ギルドであれば何か分かるかも知れません」

 マスールの迫力に押されて、門番は焦ったような状態で話をしている。これにはマスールもその通りだなと納得したのか、凄むのをやめていた。

「ありがとうございます。それでは僕たちは冒険者ギルドに向かいますね」

「あ、ああ。君だったらいつでも歓迎するから、いつでもおいで」

「ありがとうございます」

 門番とのやり取りを終えて、キリーとマスールは冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドに到着すると、やっぱり先程の門番と同じようなやり取りが起きる。キリーからすればマスールとハスールはそんなに似ていないのだが、マスールを知らない人からすれば、似ているように見えるようだ。

 それはともかくとして、キリーたちはハスールの情報を求める。すぐには対応できなかった上に、やっぱり今はブランに居るんじゃないかという情報しか手に入らなかった。こうなったらブランに向かうしかないようである。

 そこでキリーたちは、ブランの街の位置を教えてもらう。ここから先はキリーにとっても未知の領域だ。エリエ・エンヴィアがあるとはいっても、頼り過ぎもよくないのである。自分でしっかり地理を把握しておかないと、迷う可能性だってあるのだ。

「ブランの街でしたら、街道に沿って行けばいずれ着きます。地形的に一本道ですから、それこそ森の中に入らない限り迷う事はありませんよ」

 冒険者ギルドの職員からそんな事を言われたのだった。

「ありがとうございます。とりあえず今日は1泊しようと思いますけど、宿は空いていますか?」

「そうですね。トレントの時期も過ぎましたし、今ならどこの宿も空いていると思います。おすすめは商業ギルドに一番近い宿ですね」

「分かりました、ありがとうございます」

 宿の位置を聞いて冒険者ギルドの職員にお礼を言うキリー。

「お、おい。先を急がねえのか?」

「急ぎたいのは山々ですけれど、ここは一度休憩を入れておくべきです。さっ、宿に向かいましょう」

 結局キリーの言うがままに宿に泊まる事になったマスールである。

 キリーだって12歳で、今は少女だ。長くお風呂に入れなかったのだから、我慢ならなかったのである。マスールはそんな事に気が付けず、ひたすら首を捻っていたのだった。残念な筋肉だるまなのである。

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