第457話 筋肉の両親
キリーとマオの2人と顔を合わせたマスールの顔色が悪いように見える。一体何があったというのだろうか。
しばらくの沈黙の後、マスールは重々しく口を開いた。
「無理を承知で頼みたい。兄を連れてくる事を手伝って欲しい」
マスールにしては元気がない口調だ。いつもは自信たっぷりにけんか腰に話すというのに、この違和感にはキリーとマオは首を傾げる限りである。
「それは構いませんが、一体どうされたのですの? いつもの威勢がまったくありませんわよ」
「ちょっと、マオさん」
ズバズバと言ってのけるマオである。それに対してキリーが慌てて止めようとしていた。
「いや、確かにこんな弱っちい姿を見せるのはガラじゃねえ……。でもな、今回ばかりはちょっとな」
どうも言葉を濁すような感じのマスールである。本当に彼らしくない態度だ。
「まどろっこしいですわね。はっきり仰って下さいません?」
イライラするマオは言葉がきつくなってしまっている。キリーの制止も利かない感じだった。
「分かった分かった。話すから落ち着いてくれ」
マオの圧力に負けて、マスールは事情を話す事にしたのだった。これを受けて、身を乗り出しそうになっていたマオはようやくおとなしく座ったのだった。
「まったく、私の知らないところとは申しましても、キリーさんに対して何度もちょっかいを掛けているのですから、私許せませんのよね」
髪を掻き上げながらマオはマスールに対して文句を言っている。とはいえ、マオも最初にはキリーに強い敵意を持っていたのだから、どの口が言うのだというものである。まあ、悪魔なんていうのはご都合主義なのだ。
それはそれとして、マスールがぽつぽつと語り出した事に、2人は真剣に聞き入っていた。文句は言うものの、話はちゃんと聞くのがキリーとマオなのである。
「……なるほど、マスールさんのご両親が、ですか」
「それは大変ですわね。まだ若いでしょうに」
どうやら、マスールの身内に何かあったようである。
「数年前から良くないのは分かってたんだがな。最近は急激にって感じなんだ。だから、万一の事も考えて、兄貴……ハスールにも会わせておきたいってわけなんだよ」
マスールの年齢を考えれば、その両親は50~60歳くらいはいっているだろう。
魔法の力があるとはいえ、この世界の寿命はあまり長いものでもない。健康だったとしても、いつ何があるか分からないのが世の中というものなのである。
「事情は分かりましたわ。でしたら、私がご両親を見ておりますので、キリーさんに任せてよろしいかしら」
マオは一度目を閉じる。そして、目を開くとキリーとマスールに対してそう言っていた。
「それでしたら、マオさんにお任せします。一度マスールさんのご両親にお会いしてからにしましょうか」
「……すまねえ」
キリーたちの言葉に、マスールは素直に頭を下げて感謝の言葉を口にしていた。
マスールの家は、キリーたちの家からは思ったよりも遠くない場所にあった。だが、木の板を乱雑に打ち付けて建てられた簡素な小屋に、キリーたちは唖然としてしまったのだった。
「家ですけれど、小屋と言った方がいいですわね」
「貧乏な奴らの家なんて、これでも立派な方さ。俺の稼ぎがもっとあれば、立派な家を建てられたんだがな……」
マスールは元気のない反応を見せていた。
「親父、お袋。帰ってきたぞ」
マスールはそう声を掛けながら家の中へと入っていく。
「ああ、マスール、お帰り」
「おや、そちらのお嬢ちゃんたちは誰だい?」
少し年老いた男女が出迎える。この2人がマスールの両親だった。
「おいおい、あまり無茶するんじゃねえぞ。先日も水の入った桶を持って腰をやりかけてただろうが」
マスールはそう言いながら、両親を手伝っている。外では威張りちらすようなところもある男だが、家では孝行息子っぽい一面があるようである。
「こいつらは冒険者の後輩だ。見た目は若くてそれっぽくないが、俺よりよっぽど強えからな」
「おやおや、そうなのかい。これはこれは、うちのマスールが世話になってるね」
マスールの言葉を受けて、母親がキリーたちに挨拶をしてきた。
「いえいえ、こちらこそです」
キリーが頭を下げて反応する。相変わらずの低姿勢である。
「親父、お袋。これから俺は兄貴を迎えに行ってくる。その間はこっちの子が面倒見てくれるからな」
「おやおや。ハスールの居場所が分かったのかい?」
マスールの言葉に反応した両親が問い質してくる。
「ああ、この2人が会ったらしいし、その時に住んでる場所も分かったんだ。俺とこのキリーとでこれから迎えに行くんだ」
マスールがそう言うと、両親は押し黙って目のあたりを指で触っていた。どうやら泣いているらしい。
「お、おい、泣くなよ。泣くんだったら兄貴が戻ってきてからにしてくれ」
「ああ、悪いな……」
マスールが戸惑っていると、マスールの両親は下を向いたまま呟いていた。
「悪いなマオ。俺が留守の間、両親を頼む」
「お任せ下さいませ。依頼であるなら、こなして差し上げますわよ」
マスールの頼みに、マオはどんと胸を叩いて自信たっぷりに宣言していた。
話を終えたキリーとマスールは、一路山向こうの街ブランへ向けて出発する。その姿をマオをマスールの両親は見送ったのだった。
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