第455話 神の憂鬱

「ふむふむ、なかなか元気にやっておるようでよいな」

 キリーたちの様子を見守る人物が居た。

 ……言わずもがな、キリーたちの居る世界の創造主たる神だった。

「あれ以降は落ち着いておるようじゃが、またいつ地脈が暴走するやも知れん。まったく、わしの世界じゃというのに自分で調整できんというのは実に歯がゆい話じゃ。地脈の乱れはわしの関与するところでないというのが問題じゃ」

 神はすっと上を見る。そこには、神の本体が立っていた。そう、話をしている神は、キリーたちの前に現れた神の分体である。

「やれやれ、わしの世界に影響を及ぼしておるガイアに、ちょっとばかり説教をせねばならんな」

 両手に腰を当てて、口をへの字に曲げる神。

 次の瞬間、神の分体の姿はその場から掻き消えたのだった。


「ガイア、先日ぶりじゃのう」

「おう、豊穣の。なんだ、またその格好か。おぬしも飽きんものだな」

 神の分体が居た空間と似たような空間だが、そこには図体のでかいおっさんが座り込んでいた。

「飽きんとはなんじゃ。仕方ないじゃろう、本体は忙しくて動けんのじゃからな。それはそうと、こっちから連れて帰った悪魔は元気にしておるか?」

「おん? ……ああ、そやつならこの通りだ。よく働いてくれるから、俺はこの通りのんびり構えておれるぞ。おぬしも眷属を増やしたらどうだ?」

 ガイアの足元では鎖に繋がれたヘキサが一生懸命何かをこなしている。表情はものすごく不満ありげな感じだが、さすがに神相手では逆らう事もできず手足のごとく働かされているようだ。

「ふむ、ヘキサを蝕んでおった負の感情の影響はなさそうじゃな。さすがといったところかのう」

「まあな。創造物にすぎん連中の精神などに毒される神なんぞ、中途半端なやつだ。とはいえ、この鎖も一度砕かれたからな。こやつの感情は思ったより強いものだったようだ」

「なんともまぁ。神力で作った鎖を砕くとはな……」

 神はヘキサを見ながら驚いた表情をしていた。

 神力で作られた鎖は、どんな物質よりも硬くて丈夫だ。それを砕くとなると、それなりの精神力が必要となる。つまり、ヘキサはそれほどまでに強い意志を持っているというわけだ。

 精神的な強さだけなら評価に値するのだろうが、ヘキサが持つ感情は神や自分の姉たちへの恨みだ。負の感情であるがゆえに、神はこの複雑な表情をしているというわけである。

「ぐ……、お前は神か」

「いかにも。元気そうでなによりじゃな、ヘキサよ」

 ヘキサは殺気立った顔で神を睨んでいる。一方の神の方は余裕綽々といった表情でヘキサへと言葉を返す。

「この俺を笑いに来たか?!」

「何を思い上がっておる。お前さんが暴走したように、わしの世界にこやつの力が影響を及ぼしておるんでな、文句を言いに来ただけじゃよ。まったく、毎年とまではいかんが、ちょくちょくわしの世界を乱してくれるんでな……」

 ヘキサへジト目を向けながら、神はガイアへの文句を連ねている。

「そういうじゃからな、お前さんも言えば被害者じゃ。ここでおとなしく反省すれば、わしはお前さんを迎え入れる準備はある。わしとていろいろと反省したからのう……」

 神は腕を組んで頷きながら話している。だが、ヘキサの方はそんな事を信じる頭など持っていなかった。

「うるせえっ! 俺はてめえを、神を許せるわけがねえんだ! 今さらいい子ぶってんじゃねえっ!」

 ヘキサは激昂して叫んでいるが、ガイアの鎖のせいで身動きが取れない。ガチャガチャとうるさい音を立てて、その場でじたばたするのが精一杯だった。

「ふん、元気と威勢だけはいい奴だな。だからこそ、俺はお前を手元に置いてやってるんだがな」

 そう言いながらガイアが鎖を引くと、ヘキサはそれに引っ張られて地面に叩きつけられていた。

「ぐはっ!」

 衝撃の強さに、思わず声が出てしまうヘキサである。

「ガイア、やめんか。更生のために連れてきておるのだろうが。恨みを買ってどうするんだ」

「ふん、こういう分からず屋は口で言っても聞きやしねえんだ。だったら、その体で覚えてもらうしかないだろうがよ」

 ガイアは鎖を掴んだまま、ヘキサを見下ろしながら言い放っている。地面に叩きつけられたヘキサは、歯を食いしばりながらガイアを見上げている。

 そんなヘキサの表情に、ガイアはにたりと笑みを浮かべている。その表情を見たヘキサは背筋を凍らせていた。

「……はあ、とりあえずそやつの事はおぬしに任せたから、わしはこれ以上口は出さぬ。ちゃんと更生させるんじゃぞ」

「分かっておるわ!」

 ため息を吐く神に対し、ガイアは大きな笑い声を響かせる。

「とにかくじゃ、あとは地脈の管理だけはきちんとしてくれ。なんでお前さんの世界のせいで、わしの世界が危険に晒されねばならんだ! 手が回らんのじゃぞ!」

「むぅ……、分かった。そっちもなんとかしてみよう。そのためにはこやつに頑張ってもらわねばならんがな」

「いてぇっ!」

 ガイアが鎖を引っ張ると、再びヘキサは地面に叩きつけられていた。その様子を見ていた神は、再び顔を押さえて首を左右に振っていた。

「はあ、今日のところは帰る。ガイア、きちんと管理してくれ。とにかくそれだけじゃからな」

「おう、分かったとも」

 神はガイアの返事を聞くと、自分の世界へと戻っていった。その様子をガイアはにやけ顔で見送り、ヘキサはひたすら睨みを向けていたのだった。

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