第454話 職人冥利ってやつですか?

 ルナたちがスレブへ戻っていった翌日だった。

 ヴァルラが何かを思い立ったようだ。

「キリー、マオ、ホビィ。キャップとビシュの居る工房へと向かうぞ」

 あまりに唐突な事に、キリーとマオは顔を向き合わせて首を傾げていた。

 とはいえ、断る理由もないために、3人はヴァルラの後を追ってキャップとビシュの工房へと向かう事にしたのだった。

「あれ、ご主人様たち。どうしたんですか?」

 キャップが作業の手を止めて顔を上げて反応している。つい先日も来たばかりなせいで、その顔はちょっと驚いているようだった。

「なに、今日は私が用事があってきただけだ」

「えっ、ヴァルラ様がですか?」

 驚いたように反応するキャップ。それに対して不敵に笑みを浮かべているヴァルラである。

「うむ。実は私の以前住んでいた家からいろいろと持ってきていたのを忘れていてな。もしかしたら、お前さんたちなら扱えるのではないかと思ってやって来たというわけだ」

 自分のやらかしを隠さずに言うヴァルラである。これにはキャップも反応に困っているようだった。

「私が森に引きこもって200年だからな。その間の研究結果というのは結構溜まっているのだよ。錬金術師としてはかなりの腕があると自負してはいるが、分野が違えばまた違った見え方がするのではないかと、そう思うわけなんだ」

 ヴァルラは淡々と語っている。

「それは確かにそうかも知れませんね。ご主人様の師匠であるヴァルラ様の研究、とても興味が湧いてきました」

 キャップはそう言うと、工房の奥の方へと視線を向ける。

「ビシュ、ちょっとこっちに来てくれ」

「なによ、キャップ。今忙しいんだけど?!」

 工房の奥から怒り口調で反応するビシュの声が聞こえてくる。どうやら手の離せない作業の真っ只中のようだった。

 そのビシュの反応を聞いて、キャップは頭をぼりぼりと掻いていた。

「やれやれ、ビシュはちょっと動けなさそうなんで、俺だけが話を聞きます。とりあえず、お話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」

 丁寧に対応してくるキャップである。これでも残虐非道で戦闘狂のブラッディキャップである。とてもじゃないが、そこからイメージできる性格ではなかった。

 キャップの言葉を受けて、

「まあ仕方ないな。本当は2人揃って見せながら説明したかったのだがな。うまくビシュにも伝えてくれないか?」

 ヴァルラは仕方ないなとビシュの反応を受け入れ、改めてキャップへと声を掛けている。

「分かりました。これでも職人の端くれです。しっかり教えてやりますから」

 キャップは真剣な表情でヴァルラへと返事をしている。

「では、今から取り出すからな」

 ヴァルラは収納魔法からいろいろと取り出し、机の上へと並べていく。その数はキャップが思っていた以上の数だったがために、言葉を失いながらその光景を見ていた。持ち出しを手伝ったキリーとマオはまったく動じていなかった。

「おいおい、何なんだよ、この数は……。いや、200年と仰られていたから、これでも少ないという事か?」

 机の上の物品の数々を見ながら、キャップはぶつぶつと独り言を喋っている。

「はたして、これ程の物を、俺のような魔物が取り扱ってもいいのか?」

 ヴァルラの研究を目の前に、キャップの独り言は長々と続いている。

「ふむ、これの価値が分かるか。ならばこっちを渡しておこう」

 キャップの行動を見たヴァルラは、改めて収納魔法から別の何かを取り出す。

「それは?」

「私の研究の数々だな。あらかた頭に入っておるから、私には必要ないとも言える代物だ。やる気があるのであれば、これをおぬしにくれてやろうではないか」

「なんと……!」

 ヴァルラが冊子を差し出しながらキャップへと提案する。キャップの方はあまりの事に驚きの声を上げていた。

「それはぜひとも、頂戴したく思います。ご主人様たちの眷属になってからというもの、この工房での仕事に生きがいを感じております。ヴァルラ様の研究に携われるというのであれば、この上ない喜びでございます」

 跪いてまで喜びと感謝を伝えてくるキャップ。その表情はとても生き生きとしており、この上なく光栄だと思っているのがよく分かるものだった。これにはヴァルラはとても満足そうに笑みを浮かべていた。

「そうかそうか。そこまで言ってくれるのであれば預けよう」

 ヴァルラはそう言って、キャップに研究をまとめた冊子を手渡していた。

「ありがたく思います」

 キャップは受け取った後、再びヴァルラに対して深く頭を下げていた。もうブラッディキャップとしての性質なんてどこへ行ったというレベルの紳士的な態度である。しかし、キリーとマオは、キャップのその態度には驚きもしていない。今まで真面目に過ごしているのを街の人たちの証言で知っているのだから。実に彼らしいと思ったくらいだった。

「まあ気長にやってくれ。依頼をこなしながらともなると大変だろうからな」

「お気遣い、実に嬉しく思います」

 キャップはそう言うと、嬉しそうに奥に居るビシュの元へと駆けていった。それを見送ったヴァルラは、満足そうにしながら机の上に広げた研究結果を収納魔法へと片付けたのであった。

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