第452話 まさに温度差
翌日、宣言通りにキリーとマオは朝からマニエス邸を訪れていた。
とりあえずは何かと言葉遣いや態度にまだまだ難のあるルナとガットなので、キリーとマオの手によって午前中を使ってみっちりと教え込まれる事になった。
まったく、一般教養に関してはヴァルラから教えられただけのキリーの方が、どうして領主の屋敷で生活するルナやガットよりしっかり身に付いているのだろうか。これがよく分からない話だった。
とりあえず、短時間とはいえども、キリーとマオによる一般教養の講義が始まったのだった。ルナは真剣に聞いていたが、ガットは終始うんざりした顔だった。そんなだから、ちょくちょくマオから雷を落とされていたガットなのである。
それが終わると、昼食の時間を迎える。
この昼食の時間からスレブとの間の交渉事が始まる。全員が揃うのでついでにやってしまおうというわけである。
話としては定期的な取引や人員の交流といったところだ。
スレブは去年から奴隷の待遇を改善する方針になった。奴隷制度を廃止して、純粋な労働力を派遣するという派遣事業へと転換したのである。様々な技術を身に付けるための訓練場を設け、元奴隷たちは手に職を身に付けるべく、一生懸命頑張っているらしい。
ヴォルグからの手紙の中には、そういった事に関連した資料の類も含まれていたので、ものすごく分厚いものだったらしい。正直、こうやって翌日までずらしてもらった事はマニエスにとってもいい事だったようだ。昨日の時点では、手紙の内容が多すぎて、話がまったく把握できるわけがなかったのだから。
「まったく、とんでもない熱意のこもった手紙だったよ。ヴォルグ殿も、ずいぶんとやる気が起きているようだな」
「はい。パパ……、こほん、お父様はスレブの街の改革とイメージ向上のためにギルドとも力を合わせて取り組んでおります。その目的のために、最も近くに位置するこのスランの街との連携を特に重要視しております。決してにいさんが居るからではありませんからね」
せっかく真面目に話していたというのに、最後に余計な一文を加えるルナである。
とはいえ、そこを入れたがるのも分からなくはない。元々ハウルという名前だったヴォルグの息子であるキリーは、今ではスランを代表する冒険者の1人なのだ。地理的に近いという理由もあるが、その点もスレブがスランを重要視する理由の一つとなっているのである。
「最後の一文はともかくとして、私としても隣人たるスレブとは仲良くさせてもらおうと考えている。新たな一歩を踏み出そうとしているのだからね。協力はさせてもらうつもりだよ」
マニエスの方も、ずいぶんと前向きな姿勢のようだ。
それから、食事をしながらいろいろと話を進めていくマニエスたち。だが、片や経験豊富な領主、片やまだまだ幼い子どもである。どうしても交渉のバランスが取れるわけがないのである。
この席に同席にしているキリーとマオもちょくちょく口を挟んでいる。しかし、さすがは冒険者として経験を積んでいるせいか、うまくマニエスとの交渉につり合いを持たせる事ができているようだった。
無事に交渉を終えたところで、マニエスは家令を呼んで話をまとめさせていた。
「実に有意義な交渉だったな。どうだったかな、初めての交渉というものは」
「難しい」
「まったく何を言ってるのか分からなかった」
マニエスの質問に答えるルナとガットである。さすがにガットの答えには頭を抱えてしまうマオである。姉として恥ずかしい限りだった。
「まったく、これではスレブの未来が心配になってきますわ。もっとしっかり鍛えて頂きませんと、フェレスの領主の子どもとして恥ずかしい限りですわよ」
「マオさんはしっかりしてますものね」
額に手を当てて落ち込むマオを、キリーがフォローしている。その様子を実に微笑ましく見ているマニエスだった。
「さて、うちの家令が文書をまとめ終わるまでは時間がかかるだろう。キリーくんとマオくん、砂漠地帯に行ってきた時の事を話してもらっても構わないかな?」
話が一段落したとあって、マニエスは新たな話題を振ってきた。これに対してキリーとマオはこくりと頷いて了承したのだった。
「ただ、ちょっと長くなりますので、それだけは覚悟して下さい」
「分かった。では、話してくれ」
断りを入れたキリーは、マオと一緒に砂漠地帯の街、クサバとイラドであった話をマニエスたちに順を追って話していった。最初のうちこそ普通に聞いていたマニエスたちだったが、割と序盤のうちからその表情が歪み始めていた。大きなサンドワームとか出てきたのだから、そうもなってしまうだろう。
その話がすべて終わった時には、正直言ってマニエスとガットは聞いた事を後悔したという。
一方でルナは目を輝かせていた。特にヘキサや神の話にはすごい食いつきようだった。
「残念、会って戦ってみたかった」
ヘキサに対してはこう話す始末である。
「ダメですよ、ルナ。僕で危なかったんですからね」
「にいさんで危ない。そっか、じゃあやめとく」
キリーに説得されるとあっさり引き下がるルナだった。
結局家令が文書を持ってくるまでの間、マニエスは立ち直る事ができなかったのだった。
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