第450話 妹と弟の来訪

 さてさて、久しぶりにスランでゆっくりする事になったキリーとマオ。

 ところがどっこい、世の中はそう簡単にゆっくりさせるつもりはないようである。2人を訪ねて、急な来客があったのだ。

「にいさん、来ましたよ」

「ルナ、どうしてここに?!」

 そう、スレブの領主の娘でキリーの双子の妹であるルナがやって来たのだ。ちなみに後ろを見ればガットもついて来ていた。2人揃ってやって来ているとは珍しい話だった。

「パパに許可をもらって、スランに勉強に来たのよ。ね、ガット?」

「あ、ああ……」

 ルナに話を振られたガットは、どういうわけか顔を逸らしていた。その姿に、キリーは首を傾げ、マオは鋭い視線を向ける。

「ガット? こっちを見なさい」

「はい……」

 マオに凄まれて、ようやく顔を向けるガットである。姉の事が怖いのは相変わらずのようである。

「お父さんが許可したんですか。なら仕方ないですね」

 キリーは納得して受け入れていた。

「それで、宿は決まっているのですか、ルナ」

 続けてキリーはルナに質問をしていた。さすがにこれは気になってしまうものである。

「一応、パパから手紙を預かっているので、スランの領主様の屋敷で泊まる事になっているわ」

「だったら安心ですね」

 ルナからの回答で安心するキリーだった。

 スランの街は治安がいいとはいえど、さすがに宿に泊まらせるのは心配だったのだ。

「それにしても、妙ですわね」

 安心しているキリーの横で、マオが訝しんだ顔をしている。

「どうしたんですか、マオさん」

 気になったキリーが声を掛けると、マオはキリーの方へと顔を向ける。

「おかしいと思いません? 領主の娘がよその街に行くというのに、護衛が居ませんのよ?」

「あっ、確かに」

 マオに言われて気が付くキリー。

 よくよく見てみれば、ルナとガットの周りには護衛が1人も居ない。ただでさえ街と街との間は7日間ほどの距離があるというのに、これは普通に考えれば異常な事だった。

「護衛なら、私が断った。だって、エアレ・ボーデがあれば大抵の連中は無視できるんだもの」

 ルナはこう言って踏ん反りがえっていた。教養は身に付いてはきているが、品格は微妙なところなようだ。とはいえ、同じ領主の娘という立場にあるマオが結構歯に衣着せぬ発言をするので、そこまで気にしなくてもいいかと思うキリーだった。

「にいさん」

「はい、何でしょうか」

 考え事をしていたキリーだが、ルナに声を掛けられてにこやかに反応する。

「スランの街を案内してほしいの。構わないかな?」

 両手を後ろで組んで、キリーの顔を覗き込むようにしながらお願いをしてくるルナである。どこでこんな仕草を覚えたのやら。

 いろいろと疑問に思うところはあるものの、可愛い妹の頼みなのでキリーは断る事はしなかった。

「構いませんが、買い出しの用事の最中ですのでね?」

「うん、分かった」

 キリーが一応確認を取るが、ルナは気にしないといった顔で了承していた。後ろではガットがため息を吐いている。おそらくこんな感じでルナに振り回されているのだろう。

 ところが、マオは別に同情していなかった。自分で選んだ道なのだから、頑張れと思う事しかできなかった。天の申し子であるキリーとルナの兄妹に振り回される、悪魔のマオとガットの姉弟なのである。天の申し子に悪魔は敵わない、もはや諦めの境地だった。

 そういえばルナに対しては以前にもスランの街を案内した事があった。あの時は立ち寄ったついでだった。しかし、今回のルナはどことなく顔つきが違う。真剣に街の状態を観察しているようだった。

「ルナ?」

「なあに、にいさん」

 キリーが声を掛けると、ルナが返事をする。

「やけに今回はじっくり街を見てますね。何かあったんですか?」

「うーん、パパの跡継ぎになるための勉強かな。街の状態をしっかり確認して、どういった統治が行われているのか参考にしたいの」

 キリーの質問に、ルナは事細かに答えていた。どうやら、本気で跡継ぎになるつもりらしい。去年までは奴隷としてボロボロな生活をしていたはずなのに、立派になったものである。そのルナの様子を見て、思わずキリーは涙を浮かべてしまった。

「にいさん?!」

 それを見てしまったルナがびっくりしていた。

「うん? 何でもないですよ。では、続きを案内しますね」

 キリーは笑顔でルナたちを案内していた。

(まったく、キリーさんったら……)

 マオはその後ろをついて行きながら、心の中で呟いていた。

 この後もキリーとマオは時間の許す限り、ルナとガットの2人を連れてスランの街の中を案内していった。

 そうこうしているうちに、陽が暮れ始めてしまう。

「では、そろそろ領主邸に向かいましょうか。これ以上遅くなっては迷惑ですから」

「分かった、にいさん」

 キリーの説得をすんなりと受け入れるルナだが、陽が暮れ始めた時点ですでに遅いと、2人の後ろで頭を抱えるマオである。

「姉さん?」

「はあ……、ガットには期待できませんが、もう少し常識というものを教えてあげて下さいません?」

「え?」

 マオの愚痴に、ガットが首を傾げてしまう。これにはマオも言葉を失ってしまう。とはいえ、口を挟むタイミングを見失ってここまで遅くなった時点でマオも同罪である。

 大きなため息を吐くマオだったが、おとなしくキリーたちとスランの領主邸へと向かう事になったのだった。

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