第448話 知っているけど知らない

 キリーとマオが用事を済ませに出ている間、ヴァルラは商業ギルドにやって来ていた。今後の取引の再確認とかもあるが、主な話題はキリーたちの事だった。

 その場に同席しているのは、商業ギルドマスターのオットーと担当のマリカ、冒険者ギルドマスターのコターンと担当のカンナの4人である。全員の表情はそこまで硬いものではなかった。

「いやはや、窓から見ていたが、何だったんですか、あのでかい魔物は……」

 オットーが口火を切った。

「うむ、キリーとマオが砂漠で倒してきた魔物らしい。最近シュトレー渓谷で変異種が出たというのがあっただろう? あれが砂漠でも起きていたらしいのだ」

「なんと?!」

 ヴァルラの説明に、オットーは目が飛び出るくらいの反応を見せていた。

「オットー、お前が驚くのも無理はないな。なにせ俺だって驚いたくらいだからな。あの渓谷を越えた先でそんな事が起きてるなんて、誰が想像できたかって話なんだ。第一、クサバへ行った事のある連中からも、今まで報告のひとつもなかったんだからな」

 コターンもこう言うくらいなのだ。どれだけ寝耳に水だったかがよく分かるというものである。

 だが、実際にキリーとマオが持ち込んだ魔物を調べてみると、確かに砂漠地帯に生息する魔物だったのだ。しかし、一般に知られているそれらとは明らかに大きさが違っていた。その場に居た冒険者ギルドの職員たちは、それは度肝を抜かれて腰を抜かしていたものである。

 その魔物たちを必死に持てる知識を活かして解体しているのだが、今もなお解体の真っ最中である。外からはその苦戦する声や音が聞こえてくる。

「なあ、コターン」

「なんだ、オットー」

「あれを身近で見せてもらっても構わないですかな? 正直商売人としては、直に見ないと価値がつけられませんのでな」

 オットーにこう言われて、コターンは正直悩む。

 なにせあのでかさだ。途中で何があるか分かったものではない。いくら鑑定で安全性が分かったからとはいっても、間近で見るとなると不慮の事故を想定してしまうのである。コターンとしては悩ましかった。

「私が間に入れば問題なかろう。防御魔法もひと通り扱えるからな」

 コターンの様子を見かねたのか、ヴァルラが提案していた。

 その提案にコターンは少し驚いていたが、ヴァルラが同席するのなら問題ないだろうと、解体場へと移動する事にしたのだった。

 解体場へ移動するコターンたち。そこではいまだに職員たちが巨大なサンドスコーピオンやデザートリザードを相手に苦戦していた。なにせでかい硬いとあって、通常の方法ではなかなか解体できなかったのだ。

 キリーもマオもあれだけ簡単に解体していたというのに、何が一体違うというのだろうか。経験ならば、冒険者ギルドの職員たちの方が豊富なはずなのに、どうしてこうなっているのだろうか。

 結局、サンドスコーピオンとデザートリザード1体ずつだったというのに、その解体には相当の時間を費やしてしまった。その話を聞いてみると、

「このでかいサンドスコーピオンは外殻が固すぎる」

「デザートリザードってこんなに弾力あったっけか?」

 と、予想外な状態に手間取っていたようだった。通常の魔物と大きさが違うだけではなく、その素材の強度などもかなり違っていたのだった。それが職員たちが手間取った原因なのである。

「うーん、これだけの強度があれば、いい装備にできそうだな」

 コターンはサンドスコーピオンの外殻を叩きながら、感想を漏らしている。コンコンといい音を立てている。

「こっちはずいぶんと弾力があるな。ただ、使い道にはかなり困りそうだな」

 オットーはデザートリザードの皮を触りながら、何とも言えない渋い顔をしていた。

 ここに居る面々たちは、知っている魔物の知らない素材の数々を目の前に、どうしたらいいものかと途方に暮れているようだった。通常のものと違い過ぎていたのだ。こればかりは仕方がない反応である。

「これは、しばらくギルドの保管庫行きだな。使い道が見つかるまで眠らせておくしかないな」

 コターンもこういう結論に至っていた。これにはオットーも同意しているようである。ヴァルラも2人の意見に賛成だった。ヴァルラにとっても、これは手に余る素材だったようなのだ。

「やれやれ、こんなものを仕留めてくるとは、あの2人はもう私を十分超えてしまったな」

 こう呟きながら、弟子たちの成長を喜ぶヴァルラなのである。

 ただその表情は少し複雑そうなものだった。師匠である自分を超えてくれるのは嬉しいのだが、あの2人はさらに遥か彼方に行ってしまいそうだったからだ。

 なにせキリーとマオの2人はまだ12歳。成長期の真っ只中なのである。だというのに、もうあの実力なのだ。このまま成長を続ければ、一体どこまで大物になるのか。それは楽しみである一方、恐ろしさも持ち合わせていた。

(あの2人なら道を外す事はないとは思うが、これからもしっかり見守っていかねばならんな)

 コターンたちが素材をしまい込む様子を見守りながら、ヴァルラは心の中で誓うのだった。

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