第444話 まだ終わっちゃいないので

 翌朝、朝食の場にキリーとマオが出てくると、ヤシールたち家族が勢ぞろいしていた。昨日は完全に取り乱していたヤシールもどうにか落ち着いているようだ。まあ、あれで取り乱すなという方が無理なのだから仕方がない。なにせ、神が直接しゃしゃり出てきたのだから。

「いやはや、昨日は失礼致しました」

 ヤシールがキリーたちに謝罪を入れている。

「いえ、あれは仕方ないと思います」

「そうですわ。驚かない人が居るというのですなら、ぜひ見てみたいものですわ」

 キリーもマオもヤシールを擁護していた。

「何があったのかは分かりませんが、いろいろとこの砂漠地域のためにして下さったようで、クサバの街の者たちを代表してお礼を申し上げます」

 3人の様子に首を傾げながらも、ココはキリーたちに頭を下げてお礼を言ってきた。アパールとパネラも同じように頭を下げている。それに対して、キリーとマオは謙遜に振る舞っていた。

「本当にお二人は謙虚ですのね。悪魔に関しては傲慢なイメージがありましたのに、マオさんにはそういったところが見受けられませんね」

「以前はそうでしたわよ。キリーさんと出会って、わたくしも考えが変わりましたのよ」

「確かに、初めてお会いした時のマオさんはわがままでしたね」

「ちょっとキリーさん!」

 キリーが笑いながら言うものだから、マオが焦ったようにしながら怒っている。

「でも、その時でもすでに素直なところはあったと思いますよ。敵わないと見たらすぐに態度改めたじゃないですか」

「そ、それは……」

 キリーが真面目に言うと、マオは顔を逸らしながら恥ずかしそうにしていた。ヤシールとココがにこにこした表情で2人の事を見守っている。

「いやはや、本当にお二人は仲が良いですな」

「ええ、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに」

「ちょっと、何を仰ってるんですか!」

「私とキリーさんは確かに仲が良いですけれど、そんな風に仰るのはやめて下さいませ」

 あまりに過剰な事を言うものだから、キリーとマオは抗議をする。しかし、ヤシールたち一家は揃って笑っていたのだった。

「おほん。では、今回の調査に対する報酬を……」

「いえ、ちょっと待って下さい」

 ヤシールが任務完了で報酬を支払おうとしたが、キリーはそれに待ったをかけた。

「うん? 一体どうしたかな?」

 驚きで姿勢が一瞬崩れるヤシールである。

「実は、まだ変異種が少し残っています。それに調査はまだ完了していませんので、報酬はもう少し待ってもらえますでしょうか」

 なんと、キリーは調査続行を申し出たのである。

「確かに、神様のおかげでほとんど倒せましたけれど、少し逃げ延びたものが居ましたわね。街道から外れているとはいえ、放置しておくのは確かに危険ですわ」

 マオも腕を組みながら懸念点を挙げていた。

 確かに変異種たちは強力な攻撃手段を持ち合わせているので、1体でも残っていればかなり危険である。分かっているうちに全滅させるのが得策だろう。キリーたちはそう考えたのである。

 だが、真剣な表情をしているキリーとマオを見て、ヤシールはその思いを尊重する事にした。

「分かりました。では、引き続きお願いします」

「はい、任せて下さい」

 話が済んだ事で、その後は朝食を済ませる事にしたのだった。

 ただ、ヤシールはキリーたちにばかり頼っている事に、ちょっと心を痛めたようである。なにせ2人はまだ12歳の少女なのだから。しかし、ヤシールたちには戦う手段がないために、本当にその心中は複雑だった。

 食事を終えると、屋敷の前へ移動して、再度調査に向かうキリーとマオを見送るヤシールたちである。

「我々には何もできませんが、どうかご無事で戻られる事を、切に願っております」

 その声に、キリーとマオはお互いの顔を見合わせると、ヤシールたちに向き合って無言でこくりと頷いた。


 それから数日後の事、無事に調査を終えてキリーたちがクサバに戻ってきた。

 そこで、冒険者ギルドも交えて見せつけられた魔物の数々に、ヤシールたちは驚きを隠せなかった。

「な、何なんですか、これは……」

「変異種のサンドスコーピオンとデザートリザードです」

 震えながら指を差すヤシールの質問に、キリーは淡々と答えていた。

「サンドスコーピオンはまだマシですわよ。大きな針を飛ばすだけですので、なんとか防げますから。問題はこっちのデザートリザードですわ」

 マオがそう話すと、全員の視線が大きなデザートリザードに集中する。

「なにせ、この変異種のデザートリザードは、バジリスクのように睨むだけで相手を石化させる能力を持っているみたいですもの。おかげで少々苦戦しましたわ」

「なんですと?!」

 この説明には誰もが驚くしかなかった。睨むだけで石にされてしまうのであれば、危険どころの話ではなかったからだ。

「いやはや、お二人にはいくら感謝の言葉や報酬をお渡ししても、足りませんね……」

 驚愕の事態が発生していた事に、ヤシールたちクサバの街の人たちは、ただただ立ち尽くす事しかできなかったようだった。

 こうして、キリーとマオが引き受けた依頼はようやく終わりを迎えたのだった。

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