第443話 掻き乱されるもの

 目を開けたキリーとマオは、目の前の光景に驚きを隠せなかった。

「ここは……確かにクサバですわ!」

 マオはついつい叫んでしまう。

「ふふん、この世界のどこにでも存在できるわしじゃからこそ、この魔法を使えるというものじゃ。その名も”瞬間転移”という魔法じゃ。今の魔法体系では再現できんから、使える者はほぼ皆無に等しいじゃろうのう」

 神は自慢げに話している。

「っとそうじゃ、ここの領主は天の申し子の子孫じゃったな。気になるから会っていくとしようかの」

 間髪入れずに驚く事を言い放つ神である。さすがにこれにはキリーもマオも、跳び上がる勢いで驚いていた。

「ほ、本気ですか、神様」

「そんな簡単に地上に干渉してよろしいですの?!」

 混乱して神にいろいろと言葉をぶつける2人である。

 それに対して神は落ち着き払っていた。

「まぁ心配要るまいて。わしの存在は分かる者にはすぐ分かるからのう」

 ずいぶんと自信ありげな神である。その態度に2人はもうどうにでもなれと、諦めたような感じだった。

 そんなわけで、キリーとマオは神を連れてクサバの街の中へと入っていった。

 しかしだ。神の姿が幼女なせいで、門で1回止められてしまう始末だった。まあ、砂漠のど真ん中でうろついている事自体が奇跡に近いから仕方がない。キリーとマオがどうにか取り繕ってクサバの街に入る事が出来たのだった。

「そうでしたわ。神様の姿って幼子ですから、場所によっては怪しまれてしまうのでしたわ」

 マオは冷や汗を拭いながら、半ば愚痴めいた言葉を漏らしていた。

「ううむ、世界への影響を小さくしようとしたのが、かえって裏目に出てしもうたか。ふむ、人間の世界とは実に面倒じゃのう」

 神も神で、何かをぶつぶつと呟いていた。だが、キリーたちはそれをスルーして、とりあえず領主邸へと向かって歩いていた。

 どうにか領主邸の門番を突破して、中へと入っていくキリーとマオ。神は建物の中が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回していた。普段は隔絶された世界に居るためだろう。

「おお、よくお戻りになられました」

 領主の部屋に入ると、ヤシールがキリーたちを出迎えた。

 ところが、ヤシールはキリーとマオの2人と一緒に居た人物に気が付いて、ささっと跪いて頭を下げていた。

「こ、これは神様ではございませんか。このような場所に出向かれるとは、一体どうなされたのでしょうか」

 なんと、一目で見抜いていた。

「面を上げてよいぞ。そう畏まるな。今のわしは。ただクサバの街に遊びに来た小娘にすぎんのじゃからな」

 神はそう言ってけらけらと明るく笑っていた。だが、ヤシールの方は恐れ多くて畏まったままである。まったく、双方の温度差が凄まじい光景だった。

「やれやれ、困ったもんじゃのう……」

 さすがの神も髪の毛をわしゃわしゃと掻いていた。

「とりあえずじゃ、砂漠で異変が起きておった原因をひとまず解決できたと思うで、おぬしにも伝えようと思う。落ち着いて腰を据えられる場所に移動しようではないか」

「ははっ。ではこちらへどうぞでございます」

 神の言葉に、ヤシールはすぐさま反応する。そして、自分の執務室へと案内するのだった。

 部屋に到着すると、神に対してすぐに飲み物が用意された。到着と同時に飲み物が出てくるとは恐ろしいものだ。

「ようこそおいで下さいました、神様。天の申し子の子孫として、実に感慨深くあります」

 ヤシールは椅子には座らず、やっぱり跪いている。天の申し子からすれば神というのはそのくらいの存在なのだ。キリーとマオは普通に椅子に座っているので、2人揃って驚きの目でヤシールを見ていた。

 その様子を見た神は、ヤシールに声を掛ける。

「お前さんも普通に椅子に座っておくれ。2人が引いておるではないか」

「おおう、これは失礼致しました。では、不遜ながら、座らせて頂きます」

 神の言葉に、ヤシールは恐れ多いと思いながらも椅子に座っていた。神相手だと、普通はこうなるものなのである。

 ヤシールが腰を落ち着けた事で、神から今回の騒動の根本原因たるものが伝えられた。よく思えばとんでもない事である。神の口から直接話を聞くなど、恐れ多すぎるのだ。

 だが、ヤシールのそんな考えはすぐに吹き飛んでしまった。なにせ神から伝えられた内容があまりにも理解の追いつかないものだったからだ。

「あふれ出る地脈?! 巨大化した魔物?!」

 単語の一つ一つに思考が止まってしまうヤシール。それくらいに現実離れした話ばかりだったのだ。

「言っておくが事実じゃぞ。まさか、わしが嘘を話すとか思うておらぬよな?」

「めめめ、滅相もございません」

 神が確認するようにヤシールに問い掛けると、ヤシールは全身を震わせながら否定していた。その様子を見ていたキリーとマオは、ヤシールを哀れみながら苦笑いをしていた。

 話を聞き終えたヤシールは、さすがに疲れて放心しているようだった。神と直接話ができたのだから、それだけで感無量だろう。だというのに、聞いた話の内容はとんでもないものばかりで、情報も感情も整理できないといった感じだった。

 結局ヤシールはそのまま休んでしまい、神も神で用は終わったからと姿を消してしまった。

「どうしましょうかね、マオさん」

「どうもこうもありませんわよ、キリーさん」

 残された2人はどうしたらいいのか分からずに、しばらくそのまま部屋の中で座っていたのだった。

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