第127話 そんな近くにあったのか
この日は久しぶりにあの風変わりな食堂へとやって来たヴァルラたち。その店は相変わらずの閑古鳥な状態で、商業ギルドの人以外はまったく来ていない有様のようだ。
「やあ、久しぶりだな」
「あら、ヴァルラさんたち。お久しぶりですね」
レリがテーブルの上を片付けながら挨拶をしてきた。
「レリか。本当に久しぶりだな。とりあえず4人分の席を頼む」
「はいはーい。では、そちらの席へどうぞ」
レリは片付けの手を止めて、壁際の席を手で差した。席を理解したヴァルラたちは、その席に移動して腰掛ける。その間にレリは、水とメニューを用意してヴァルラたちの席へと持っていった。
「水とメニューでございます。ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
定型句を言い終えると、レリは片付けの続きをしに、席を離れた。
「さて、今日は何を食べようか」
ヴァルラたちがメニューの冊子を開く。
久しぶりに見るが、この世界では見た事のない食事がずらりと挿絵付きで載せられている。以前食べたオークカツ丼もいいが、今日はまた違う物でも食べてみようか。ヴァルラはそう思いながらページをめくっていった。
「うっふっふー。ホビィはオークカツ丼なのです」
ホビィはさっさとメニューを決めていた。ウサギの獣人だから野菜というイメージを覆す、相変わらずの無類の肉好きホビィである。
そうやってわいわいとしている間に、全員注文を決めてレリへと注文を通していた。
「あの衣装、なかなか変わっていますわね」
そういえば、マオはこの食堂は初めてだったのだろうか、レリの着る服に興味を示していた。
レリの着る服は、ベースとなっているのはメイドの着る侍女服である。だが、色遣いは侍女服で見る事のないものだし、スカート丈が短いなど、様々な点において侍女服との相違が見られる。なにせ、その侍女服の見本が隣に居るから、余計に見比べてしまう。
「なんでもレリの兄が夢で見たものらしい。この食堂のメニューもそれを参考にして再現しているらしいぞ」
「へえ、不思議な能力ですわね」
ヴァルラが説明を入れると、マオは興味津々のようだ。だが、マオもあまり肌の露出を好まない傾向なので、正直あの服を気に入るかどうかは別問題である。
「なんでもこの世界とは全く違う世界らしいからな。鉄の塊が動いてるとかいろいろ妙な事を言っていたな」
「鉄の塊が動く……、それはそれで興味が湧きますわね」
どうやらかなりマオの興味を引いているようだ。さすがは悪魔といったところだろうか。
そうこう話している間に、一番最初の料理が運ばれてきた。ハンバーグのようである。
「お待たせしました。ハンバーグ定食ですね」
「僕の頼んだ料理ですね」
どうやらキリーの注文品のようだ。ハンバーグにサラダ、それにスープとパンがセットになったメニューである。お米はあるにはあるが、再現に苦労したために数が少なく丼もの限定なので、定食のセットはパンなのである。
「そういえば、米というのはどこで見つけてきたのかな?」
注文品を運んできたレリにヴァルラが尋ねてみる。
「兄さんの夢ですね。一応フェレスの近郊に自生している場所があったらしくて、そこから仕入れて知り合いの農家の方に作ってもらっているんです」
「あら、フェレスの近くにですの?」
レリの回答に、マオが反応する。出身地の話だから、どうしても反応してしまうものである。
「はい、そうなんです。フェレスの南東に自生している地域があるみたいで、そこから採取してもらって育ててるんです」
「そんな場所がありましたのね。こうなったらお父様に相談ですわね」
マオがぶつぶつと言い始める。レリは首を傾げて見ている。
「マオはフェレスの領主の娘さんなんだよ」
「まあ、そうなんですね。これは失礼致しました」
ヴァルラが説明すると、レリは慌ててカーテシーをしていた。
「いえ、今はいち冒険者として活動してますので、そんなに改まらなくても大丈夫ですわよ。それよりも、その米とやらの話を聞かせて頂いてもよろしくて?」
ちょうど注文品もすべて配膳が終わって暇になったところである。レリは素直にマオにその情報を教える。マオはそれを聞いて育て方などをすぐに紙に認めると、悪魔特有の転送魔法でその紙をゴルベへと送った。
「お父様が興味を示せば、来年には量産化の目処が立ちますわ。そうしたら、もっとお米が食べられますわね。もちろん、その農家の方へかかる迷惑については配慮致しますわ」
マオが珍しく悪い顔をしている。やっぱり悪魔だ、この子。
「流通が増えるのは私たちとはしては歓迎ですけれど、何もここまでして頂かなくてもよろしいですのに……」
レリが遠慮気味に言う。
「いいえ。キリーさんがひいきにしているだけでも応援する価値がありますわ。それに、私もここの料理が気に入りましたもの。これは広めるべきですわ」
マオの妙なスイッチが入ったようである。本当にキリーが絡むと妙な壊れ方をするものである。その様子を見たキリーは困惑しているし、ホビィはまた笑っている。
「マオや、張り切るのはいいが、ほどほどに頼むぞ。第一、ロロ殿の意見も聞かずに話を進めるのはどうかと思うからな」
「はっ! そうでしたわね。それは失礼しましたわ」
ヴァルラの指摘で我に返るマオ。立ち上がって熱弁していたのも落ち着き、おとなしく椅子に座って食事を再開した。
それにしても、思わぬところに接点があるものである。
食事を終えたヴァルラたちは、時々世話になっているお礼にと、家で作ったごま油をプレゼントして店を去っていった。
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