第111話 すべてを知っているわけではない
「それでは私たちは街に戻るよ。しっかり勉強して立派になるんだぞ、マオ」
「はい、お父様」
「気が向いたら戻ってらっしゃいね、マオ」
「はい、お母様」
フェレスの領主夫妻がスランからフェレスに戻る事になったので、ヴァルラたちも見送りに来ていた。こうやって見てみると、悪魔とはいっても普通の親子にしか見えないものである。
「ヴァルラさんも、うちの娘の事をよろしくお願いします」
「うむ、必ずや立派に育ててみせよう」
ゴルベが頭を下げると、ヴァルラもしっかりそれに答えた。マオ自身もやる気満々である。その姿を見届けると、ゴルベとコチカは馬車へと乗り込んだ。そして、門を出てフェレスの街へと進んでいく馬車の姿を、見えなくなるまで見送った。
「……いいご両親ではないか」
「はい。気遣いのできる本当に自慢の両親です」
こういうマオの顔は、ちょっと泣きそうな感じだった。しっかりしているとはいえ、まだ若いし甘えたいのだろう。思うところはあるが、ヴァルラはあえて何も言わなかった。キリーも慮って黙っている。ホビィすらも黙っていた。
完全に見えなくなると、マオはくるりとヴァルラたちの方を見る。
「では、せっかく一人前になると誓ったのですから、早速始めて参りますわよ」
マオは気合い十分だった。その姿を見て、ヴァルラは改めて安心する。本当に立派な子である。
「そうですね、マオさん。僕も微力ながらお手伝いしますよ」
「微力……なのですかしらね」
キリーが両手を握りしめてマオに声を掛けると、マオは引きながら首を傾げていた。微力というにはあまりにも強力すぎるのだ。はっきり言って心強過ぎるのである。その横では、ホビィもふんすと鼻息を荒くしていた。
「まあ意気込むのはいいが、一度領主邸に戻ろうか。領主が交わした契約に関しては、マオも見る権利はあるから勉強がてら見てみようではないか」
「はい、分かりましたわ」
というわけで、見送りの終わったヴァルラたちはマニエスと一緒に領主邸へと戻った。
領主邸に戻ったヴァルラたちは、早速マニエスに交渉に関する覚書を見せてもらう事になった。本来は重要書類なので表に出る事はないが、マオは相手方の領主の娘であり、ヴァルラたちも街にとっての要人である。知ってもらっておいて損はない。もちろん商業ギルドにも通達はしなければいけない内容であるので、オットーにも見せる事になるものだ。
「うむ、内容自体は商業的な取り決めだな。冒険者に関しては特に記述が見当たらない」
契約の羊皮紙を確認したヴァルラはそういう内容だと認識した。
「これなら商業ギルドのギルドマスターに来てもらった方がいいだろうな」
「ああ、見送りの際に使いを出しておいたから、そろそろ来る頃だと思うよ」
マニエスがそう言うと同時に、執務室の扉が叩かれた。
「マニエス様、商業ギルドのオットー様がいらっしゃいました」
「通してくれ」
「畏まりました。……どうぞ、お入り下さい」
使用人が扉を開けると、オットーが部屋へ入ってきた。
「聞きましたぞ。フェレスの領主が来ていたらしいですね」
開口一番、かなり荒げた声である。相手が領主とはいえ、商業ギルドマスターの自分の知らないところで交渉が進んだのだから、怒るのも無理はないかも知れない。
「まぁそう怒るな。一応ヴァルラ殿が持つその羊皮紙に交渉内容は書かれている」
「なんと?」
話を振られたので、ヴァルラは持っていた羊皮紙をオットーに手渡した。それを食い入るように見ていくオットー。さっきまでの怒っていた様子は、見る見るうちに落ち着いていった。
「ふむ、フェレスの近郊で手に入る木材とこちらのポーション類の取引ですか。確かにあの辺りの木材はとても質がいいですからね。通常の木材より高いのは仕方がないですが、このくらいなら安い部類でしょう」
オットーは木材価格を見て納得しているようである。フェレス近郊の木材の質も知っているようで、さすがは商業ギルドのギルドマスターといえる。
「しかし、ポーションの数はかなり多いですな。これほどまでに必要としているのでしょうかね」
ポーションの取引数に関しては疑問を持ったようである。
「あら、フェレスの辺りの魔物は一般人にとってはかなり厳しいものですわ。ゴブリンもより好戦的なレッドキャップですし、ひとたび魔物と交戦しようものなら命の危険がありますわよ」
フェレス育ちのマオが、フェレス周辺の情報を伝える。
「スランとつながる街道の方の魔物は弱いのですわ。私が無事にたどり着けるくらいには」
マオが言うには、スランとは反対側の地域は魔物が強いという事なのだそうだ。そのために、深手を負ってもすぐに回復する手段は必須なのだという。これでようやくオットーは納得がいったようだ。
「事情は理解しました。数についてはギルドの中で再度確認を行ってから決定という事でよろしいでしょうか」
「うむ、その方向で頼む」
「承知致しました」
というわけで、オットーは取引内容について完全に納得したようだった。取引内容を別の羊皮紙に書き写してもらい、それを持ってオットーは商業ギルドへと戻っていった。
こうして、マオの両親のスラン訪問は幕を閉じたのであった。
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