第110話 過去の目と未来の目

 領主たちの話し合いは、結局近郊の特産品のやり取りくらいだった。商業都市と娯楽都市では、これといった強みがなかったのである。とはいえ、領主同士の交流は実に珍しい事なので、これはこれで実に画期的だったと言える。

 ちなみにその席には将来のためにとマオも同席していた。それほど熱い議論ではなかったものの、領主の娘たるマオにはいろいろと勉強になった事だろう。

 ちなみに、スラン領主邸の使用人たちは初めて悪魔という種族を見た者ばかりだったが、ちょっと変わった有翼族という認識しか持たなかったようである。特にマオの変身を解いた状態を見てもである。そのくらいには悪魔という種族の一般認知度は下がっていたのである。

「何だか悩んでいたのがばからしく思えますわ」

 と話すマオだったが、

「うちの使用人だからかも知れないな。外では気を付けた方がいいのは変わりないと思うよ。冒険者の中にはそういう知識を持った者が居る可能性があるからね」

「確かにそうですわね」

 マニエスに言われて意識を改めていた。

 その日の昼にはヴァルラたちが再び領主邸を訪れてきた。交渉の進行具合の確認とマオの迎えである。なにぶん、マオ自身では正体を隠す変身魔法というか錯覚魔法が使えない。誰かが掛ける必要があるのだが、両親ではどうもうまくいかないようだった。同族の力を跳ねのけるのかも知れない。仕方なくヴァルラが魔法を掛けると、黒い翼だけが残るスランの街でのマオの姿になった。

 この日も領主邸での昼食となる。その席で、ヴァルラはマニエスたちに交渉の結果を尋ねてみた。

「これといった事はないよ。双方の特産物を仕入れたり売ったりする貿易くらいだね。予想以上に双方の商売の形態が違うから、そういったところでの折り合いはつかなかったよ」

 マニエスの説明ではこうである。

「そうだな。元々フェレスは先代たちが住み着いてできた場所だからな。土地を追われた事でとにかく楽しんで忘れるみたいな趣向でいたから、今では娯楽都市となってしまった背景がある。街の育った背景が違い過ぎて、人員のやり取りには向かんな」

「ええ、そうですわね」

「ただ、我がフェレスの周りは森林だ。森の木を切っては魔法で回復させているから、木材の提供ができるのが強みだ。魔物がよそと比べても1段階は強いというのも売りといえば売りだな」

 ゴルベがペラペラと少し長めに語っている。

「その点、このスランは開けた場所にあって農業が盛んだから、余剰の作物の一部をフェレスに売る事に決めたんだ。まあ、ヴァルラ殿たちのポーションもいい取引材料だと思って提案させてもらったよ」

「うむ、あのポーションは質が良すぎる。こちらの街の周りではけが人が絶えないから重宝させてもらう事になるだろう」

 結局物品取引だけになったとはいえ、双方ともに満足のようである。

「キリーのポーションは使っても大丈夫だろうか?」

 満足そうなゴルベに、ヴァルラはちょっと質問をしてみる。

「ああ、天の申し子の疑いがあるんだったか。悪魔特効があればそれ相応の名前が付くし、私たち2人が鑑定して問題はなかったから使っても問題ないだろう」

 ゴルベからは問題ないという妙に自信にあふれた回答だった。

「それよりもヴァルラ殿」

 改まってゴルベがヴァルラを見る。

「これからもうちのマオの事を、よろしく頼みますぞ。一流の魔法使いにしてやって下さい」

「私からもお願い致しますわ。ガットがわがまますぎて手を焼いておりますので」

「ガットったら、相変わらずですのね」

 コチカの言葉に、マオは正直額に手を当てて頭を左右に振った。双子の弟はどうしてここまでわがままなのか、それがはっきり言って分からないのである。

 まあそれはさておき、ゴルベとコチカは残りの予定を使ってスランの街を見学する。そして、翌日にはフェレスへと戻っていく事になった。慌ただしい日程ではあるが、領主である以上はあまり街を留守にできないのである。仕方のない事なのである。とはいえ、マオたちは久々に直接お互いの姿を見て安心できたので、これはこれでよかったと言えるのだ。

「マオくんにしてもフェレスの領主夫妻たちにしても、悪魔といっても別に我々と変わらないと思ったな」

「言葉からくるイメージのせいだろうな。元々は神への反逆を為そうとした種族だからな」

「そうか。一度ついたイメージというのは、払拭が難しいものだな」

 両親に街を案内するマオを見ながら話すヴァルラとマニエス。

「早く、本来の姿で過ごせるといいものだな」

「それは思うな。だが、悪魔たちも天の申し子を敵視しているようだし、なかなか難しいものだと思うぞ」

 そうやって見守る中、走り回るものだから、マオがつまずいてこけそうになる。

「きゃっ」

「危ないですよ、マオさん」

「あ、ありがとう、キリーさん」

 それをすっと優しく支えるキリー。

「メイドたる者、常に気を配るものですから」

 にこっと微笑むキリーに、マオはドキッとして顔を真っ赤にしていた。キリーの笑顔は相変わらずの破壊力である。それを見た両親は、

「おやおや、そういう事か」

「あらあら」

 と微笑ましそうに眺めていた。

「マオさん、ずるいのです!」

 ぼふっとホビィがキリーに抱きつく。

「な、何をするんですか、ホビィ」

「ホビィもご主人様に抱かれるのです」

「ホビィ、それは抱きつかれるんじゃなくて抱きついてますよ、一度離れて下さい」

 和気あいあいとした3人の様子に、大人たちは笑いが止まらなかった。

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