第109話 娘も大概規格外
フェレスの領主ハトゥール夫妻はスラン領主邸へと案内された。さすがの商業都市の領主邸とあって、娯楽都市フェレスにも負けない規模の屋敷である。ゴルベとコチカは屋敷を見回している。興味があって見ているとは思えない目つき。実に品定めをするような目であった。
歓迎の食事会を終わらせると、人払いをした上で、マニエスは夫妻を自分の書斎へと案内した。もちろんながらヴァルラたちは一緒に部屋の中に居る。
部屋の扉が閉じられると、
「ヴァルラ様、お願いします」
マオがまずヴァルラに何かをお願いした。すると、ヴァルラがマオに掛けた魔法を解き、マオの本来の姿がそこに現れた。
「マオ、いきなり何をしているんだ」
ゴルベが叫んだ。
「腹を割ってお話をするというのであれば、やはり本来の姿で交渉するものではないかと思いましてね。大丈夫です、マニエス様は私が悪魔だという事はご存じですから」
マオの言葉に、ゴルベは今度はマニエスを見る。マニエスは顔を引きつらせて笑っている。まるでここで私に振るかと言わんばかりである。
「それと、私の擬態は私の魔法ではありませんわ。ヴァルラ様に掛けて頂いたのですわ」
「うむ、そうだな。私が掛けた魔法だ。そろそろ本人にも覚えては貰いたいが、性格のせいかうまくいかん」
マオがヴァルラの方をちらりと見ると、ヴァルラはそう言葉を続けた。
「マオは素直ないい子だ。ひねくれた様子もないし、感謝も謝罪も普通にできる。これはひとえにご両親の教育の賜物だな」
ヴァルラがマオを褒めると、両親はまんざらでもないようで笑顔である。
「ごく一般的な人間が持つ悪魔像とはかけ離れた子ゆえか、魔法の特性もちょっと変わっておるな。マオ、ちょっと実演してみなさい」
「はい、ヴァルラ様」
マオはそう言って椅子から立ち上がると、みんなが座るテーブルから少し離れる。
「リヒテ・スフェア!」
光の玉を生み出すマオ。光魔法の中では悪魔でも使える者の多い魔法である。悪魔は光魔法が苦手だが、なぜ使えるのかというと生活魔法だからである。
しかし、ここでの問題はその光の大きさだった。人の頭ほどの大きさの光の玉を生み出せる悪魔は存在しないと言ってもいいレベルだという。その大きさなら、大体は「フアレ・スフェア」の方を使うのだ。
「こいつは驚いたな。それほどまでの光魔法を扱えるとは」
ゴルベは驚いた顔をしている。だが、マオは一旦光を消すと、予想外の魔法を使った。
「シャ・スフェア!」
今度は闇の玉を生み出す魔法だった。かねてから存在しないと言われた魔法だが、マオはそれを平然と使っているのである。
「まあ、そんな魔法が存在したなんて」
母親のコチカも驚いていた。
だが、理論上は可能な魔法であった。この世界の魔法は「級」と「属性」と「種類」の構成で成り立っている。一部例外的な魔法は存在するが、ほぼこれで使用できるのだ。となれば、「シャ・スフェア」だって存在しているはずなのだが、今まで使えた者が居なかったという事になる。もしくは闇の玉のイメージができなかったのかも知れない。マオはその先人たちのイメージを覆してみせたのだ。
「素晴らしい。ヴァルラ様にマオを預けて正解でしたな」
ゴルベは満足そうである。
「いや、これで驚くのはまだ早いぞ。なあマオ」
「はい」
マオは続けて、手に魔力を集中させる。すると、その手には魔力でできた鉤爪が装着されたのである。
「魔力の物質化?」
「うむ、その通り」
「これは、マオはそれほどの才能があったのか」
「そういう事だな。これはマオの祖父チュマーにも匹敵する才能だな。あの頃の悪魔にもこういった魔力の武器化を行う者は居ったからな」
ヴァルラは懐かしんだ。丸腰のはずの悪魔が瞬時に武器を構えた光景は今も忘れられない。ヴァルラには真似ができずに、200年研究しても実現できなかった技術である。
「マオには確実に才能がある。キリーと一緒に間違いなく過去最高クラスの魔法の使い手になるな」
ヴァルラがかなり興奮している。こう言い切った後にテーブルに両手をついて大きく息をしていた。
「……というわけで、まだしばらくは娘さんをうちで預かろうかと思っている。構いませんな?」
ヴァルラの息が荒い。そのせいかゴルベもコチカもどこか引いているような感じだった。だが、自分たちの親世代から信用のあるヴァルラが相手なので、どうも断りづらいようだ。お互いに顔を見合わせてから「お願いします」と頭を下げていた。
ひと通りマオの習熟状況を確認すると、メイド服を着たキリーとでかいウサギのホビィも紹介する。キリーは『天の申し子』の疑いのある膨大な魔力を有する人間、ホビィはその影響を受けて兎人化したホップラビットと説明すると、これまたゴルベたちは驚いていた。天の申し子は悪魔の敵ではあるし、魔物が獣人化するという現象もまず耳にする事のない話だからだ。
悪魔にとってもこの衝撃の数々。人間であるマニエスにとってはそれは耐えがたい衝撃だった事には間違いない。
「心中、お察しします」
「心遣い、痛み入ります」
ゴルベとマニエスは、そんな言葉を交わしていた。
この日は衝撃的な事ばかりだったために、マオは両親と一緒に領主邸に残り、交渉は次の日に持ち越し、この日は解散となったのだった。
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