第108話 フェレスの領主
3日後、スランの街にやって来たのは早馬だった。どうやら保険のように通常の連絡手段も送っていたらしい。マオの性格的に伝えない事は考えられないだろうが、もしものための早馬なのである。
「私の性格を疑っているというよりは、正式な先触れですから別に怒ってなどおりませんわよ」
訪問を知らせる早馬が来たという報告に、マオは意外となんとも思っていなかったようだ。さすがはできた子どもといったところだろうか。
それよりも、ヴァルラは違う方向で気にしているものがあった。それは何を隠そうフェレスの領主である。マオの両親であり、ヴァルラと交戦経験のあるチュマーの子どもだ。
悪魔は長命とは言えど、間にまさか1代しかないとは思わなかった。多分、定住地を見つけて安住するまでにそれだけ時間が掛かったという事なのだろう。なにせあれから200年も経っているのだから。
マオから聞いた情報によれば、マオの両親はゴルベとコチカという名前である。兄ビラロは堅物、弟ガットはわがまま、それでマオがしっかり者という子どもの状態である。その状況から察するに、子育てには苦戦している事が窺い知れる。
(やれやれ、あのチュマーの子というだけで、私がここまで気にする事になろうとはね)
キリーたちの観察した日記を付けながら、ヴァルラは不思議と笑っていた。
早馬が来てからその3日後、スランの街にマオの両親がやって来た。西側の門にはマニエスが自ら出向いており、そこにマオもついて来ていた。
「久しぶりのご両親は緊張するかな?」
「……はい。連絡は入れておりましたが、面と向かうとなるとなかなかに緊張致します」
確かにマオの顔は固かった。というのもマオが両親の元を離れてからかなりの日数が経っている。そこそこ過保護に育てられてきたからこそ、マオは会うのが不安なのである。
しばらくして、目の前から騎馬隊に囲まれた馬車がやって来た。その団体のあちこちに一対の黒翼の紋章が見える。間違いなくそれはハトゥール家の家紋である。つまり、マオの両親がやって来たのだ。馬車から感じる魔力も、間違いなく父ゴルベのものであった。
「お父様! お母様!」
マオが叫ぶ。すると、2台ある馬車の前の方の馬車の扉が開いた。
「おお、マオ! 元気だったか?」
馬車から出てきたのはゴルベだった。見た目を人間に偽装しているので、翼も見えない状態である。このままでは親子かどうか怪しまれる可能性がある。ゴルベはすかさず合図を出すと、馬車からは黒い翼を持った女性が下りてきた。
「お母様!」
「あらあら、マオ、久しぶりね」
母親のコチカである。こちらに黒い翼を持たせる事で、混血児と思わせる偽装である。こういう事をすぐにできるあたり、悪魔というのは能力も対応力も本当に高いようだ。
「わざわざ遠い所から、よくぞお越し下さいました。私、このスランの街の領主をしておりますマニエス・スランと申します」
マニエスはそう名乗った。スランはどうやら代々領主が受け継ぐ名前のようである。
「おお、貴殿がこのスランの領主か。うちの娘マオが世話になっている」
「いえいえ、大変優秀なお子のようで、街でも評判になっております」
「そうかそうか。おっとすまない、私がフェレスの街の領主ゴルベ・ハトゥール、あちらが妻のコチカだ。しばらく厄介になるぞ」
マオの両親は名乗り、互いに挨拶を交わす。そして、ゴルベたちの乗る馬車にマニエスとマオも同乗し、スランの街の領主邸へと向かった。その間もゴルベによる娘自慢が続けられた。それをマオは恥ずかしそうに文句を言いながらも耐え続けていた。
そんなこんなでたどり着いたスラン領主邸。そこにはヴァルラとキリー、それとホビィが待ち構えていた。
「ふむ、どうやら私らが到着した時には入れ違いになっていたようだな」
「そうみたいですね」
「マオはずるいなのです!」
三者三様の反応である。
「驚いたな。兎人が居るとは思わなかったぞ」
ゴルベはホビィの姿を見て目を丸くしていた。
「詳しい話は屋敷の中でしましょう。いろいろとありますでしょうから」
「まぁ、そうだな」
マニエスが中へと急かすと、ゴルベそう言って押し黙った。
屋敷に入って通されたのは、食堂であった。おおよその到着時間は読めていたので、それに合わせて料理を作らせたのだ。ちなみにこの料理にはキリーも関わっている。待ちぼうけになるのも嫌だからと、手伝いを申し出たのだった。そのせいもあってか、材料の割には豪華なものとなった。まぁ歓迎の料理なのだから、これでようやく及第点といったところだろうか。6日間あったとはいえ、材料を集めるのにひと苦労したのがよく分かる。
とりあえず、これにてスランとフェレスの領主同士による会談が始まった。本来の目的はマオの様子を直に見る事だったのだが、せっかくなのだからとスランとの取引もする事にしたのだ。外交がまさかのおまけである。
相手は悪魔という種族である。もしもを考えると本格的にマニエスの胃が痛くなる状況なのである。はたして、マニエスの胃は最後までもつのだろうか。腕の見せ所である。
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