第105話 雨の日は室内で

 ゆっくり休んだ翌日、外は雨模様となった。そのためか、ヴァルラはまた何かを言い出した。

「今日は天気が悪い。室内で済む作業でもせぬか?」

 雨が降ると憂鬱なのはこの世界でも同じようである。

「そうですわね。雨だと翼が湿ってしまって調子が狂ってしまいますもの」

 マオもこれには賛成のようである。有翼族の系統の翼は、鳥とは違ってそう水には強くないようだ。

「ホビィもあまり雨は好きではないのです」

「分かりました。みんな嫌みたいなので、僕も我慢します」

 キリーだけ外に出るのもなんなので、みんなと意見を合わせていた。

「キリーよ」

「なんでしょうか、師匠」

「以前作ったゴマ油をまた作らぬか? 在庫が無くなってしまったようなんでな」

「分かりました。では、倉庫からゴマを取ってきますね」

 ヴァルラと簡単に話を済ませると、キリーは以前収穫して保存しているゴマを取りに行った。

「ゴマ油? 何なんですの、それは」

「ゴマという種から作られた油だな。炒め物や揚げ物に使うどろっとした液体だ」

「へえ、そんな物がありますのね」

 マオは尋ねておきながら、あまり興味がないような反応を示していた。

 さて、キリーがゴマを取りに行っている間に、ヴァルラたちはそのための道具をそろえておく。大体は台所のどこかに眠っている。とはいっても、引っ張り出すのはキリーが魔法で作った石臼くらいなものである。

「戻りました」

 キリーがゴマの入った麻袋を持って戻ってきた。袋はぎっしり入っているのが分かるくらいパンパンでかなり重そうなのだが、それをキリーは軽々と持っている。

「師匠、どこに置きましょうか」

「その辺の床で構わんよ」

「分かりました」

 こう言ってキリーは麻袋を床に置く。どさっというすごく重い音がしたので、マオはとても驚いている。

「えっ? どれだけの重さなの、これ」

 マオはそろりそろりと麻袋に近付いて持ち上げようとする。だが、いくら持ち上げようとしても持ち上がらない。床に座り込んでめくり上げようとしても、端が少し浮いただけである。かなり重いようだ。

「よ、よく持てますわね!」

 マオが叫ぶと、

「え、マオさん、これ持てないんですか?」

 キリーは驚いた表情で反応してくる。

「キリー、その重さは普通は大の大人でも苦戦する重さだぞ。キリーが特別過ぎるんだ」

 その様子を見ていたヴァルラが冷静に突っ込んでいた。ホビィは一連のやり取りを見て、ツボに入ったのか笑い転げていた。

 キリーはそのホビィにはまったく触れずに、ゴマを取り出して以前の手順でゴマ油を作っていく。風魔法を使って宙にゴマを浮かべて火魔法で炙り、風魔法で切り刻み、ヴァルラが引っ張り出してきた石臼に投入して挽いていく。一度した事なので、なんとも手際がいいものである。

「あら、何か色のついた液体が出てきましたわね」

 石臼の隙間から出てきた液体に、マオが気が付いた。

「それがゴマ油だよ」

 ヴァルラは保存用の入れ物を用意しながら答える。

「これが、そうなのですのね」

 マオは油を見ている。

 それにしても、キリーの魔法の使い方にマオは驚かされた。こんな魔法の使い方があったのかと、新しい発見をさせられた。

「驚いただろう? なにせ初めて見せられた時は、私も驚いたからな」

「ヴァルラ様もですか?」

「うむ、魔法の研究をしてきた私でも、こういう使い方は思いつかなかった。まぁ、思いついたところで、これだけ行使できる魔力を持つ者はそう居らんだろうがな」

 キリーがゴマを加工する姿を呆然と見るマオ。自分はとてもここまでできそうにない。改めて、兄ビラロを退けたキリーの規格外を認識させられたのである。

「キリーよ、袋半分くらいまでで十分だと思うぞ。それくらいあれば毎日揚げ物をしたとしても、そこそこに日数は大丈夫だと思うからな」

「分かりました、師匠」

 という感じに、ヴァルラは作業の終了地点を指示する。放っておけば麻袋全部を油に変えてしまいそうだからだ。

 あっという間に指定された量まで、ゴマを全部油に変えてしまったキリー。残ったゴマは再び倉庫へと戻しに行った。量が半減したとはいえまだ重いはずの麻袋を、キリーは苦も無く抱えていた。

「それじゃ、お昼にしようか」

 ヴァルラはそう言って、搾りたての油を鍋に入れて加熱を始めた。

「いい勉強になるだろう。キリーの規格外の魔法は」

 ヴァルラが振り返ってマオに問い掛ける。すると、マオは不敵に笑ってみせる。

「ええ、まったくそうですわね。ここに居れば本当に飽きそうにありませんわ」

 マオの表情を見て、ヴァルラはふっと笑う。

「おっにくー、おっにくー。今日はオークカツなのです」

 ホビィが隣で浮かれているので、せっかくのシーンが台無しであった。ホビィのあまりに自由な様子に、ヴァルラもマオも思い切り笑うしかなかった。

「むぅ、何がそんなにおかしいのです?」

「いや、ホビィは自由だなと思ってな」

「むぅ……、それよりも油が温まってきたのです。ここからはホビィに任せるのです!」

 そう言ってホビィは、鍋の前からヴァルラを退けてしまった。

「やれやれ、本当に元がホップラビットなだけある。食い意地が別格だ」

 ホビィの食への衝動に、ヴァルラは笑うしかなかった。

「さて、マオよ」

「なんでしょうか、ヴァルラ様」

 ホビィに押し退けられてしまったヴァルラは、マオに話を振る。

「午後はポーション作りをしてみるかい?」

「教えて頂けるのでしたら、ぜひ!」

 ヴァルラの提案に、新しい事を覚えられるとあって、マオの意気込みは高まっていた。

「うむ、いい反応だな。ちゃんとついてくるのだぞ?」

「はい、分かりましたわ」

 午後のポーション作りで、マオはかなり苦戦をさせられた。初級ポーションすらもかなり失敗しており、街に出ているポーションに対する見る目が変わったそうだ。

 こうして、この日は室内作業だけで過ぎ去っていった。

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