第104話 息の入れ方ひとつ

 その日の夜、ヴァルラは自室にこもってここ数日の事を書きまとめていた。

 その中でも最も興味があったのは、やはり光魔法と闇魔法の関係性の事だろう。魔法の種類によっては同じような効果ではあるながら、正反対の性質を持ち合わせていたり、そもそもの効果が反対な魔法があったりと、マオを通して分かった事がたくさんあった。

 マオのように光と闇の両方の属性を使える人物は、ヴァルラの長い人生の中でも見た事はない。それだけ稀有な存在だ。彼女のおかげでヴァルラの魔法の研究も進むというものである。

 大きな成果としては、同時に光と闇の魔法を使う事は可能だが、大きく体力を消耗してしまうという難点が判明した事だろう。下級魔法同士ですらあの消耗具合である。中級魔法など使わせれば、それこそ命を落としかねない。しばらくは慎重に、使わせないようにしながら見守っていくしかないだろう。

 闇の魔法と光の魔法については、とりあえず次の事が分かった。

 マオの見せてくれた「シャ・ソルデ闇の剣」と「リヒテ・ソルデ光の剣」は、効力自体はまったく同じである。名前の通り、剣を作り出して対象に突き刺す魔法だ。ただ、属性だけの違いだが、光は光に、闇は闇に対して効力をなさない。それを考えると両方使える事はやはり戦法に幅が出る事になるのだ。一方の属性だけに絞れば、複数本を同時に生み出して、位置や動きも制御できるそうだ。これはこれで有用な魔法と言えるだろう。

 もう一つ面白いと言えば、「シャ・スフェア闇の玉」と「リヒテ・スフェア光の玉」であろう。通常の明かり取りとして使うのは後者ではあるが、前者は逆に光を吸い取ってしまう。今まで存在しないと言われていた魔法が故に、その性質はまったくの未知である。だが、これはこれで使い道が無いかと、ヴァルラは机上でいろいろ考えてみたくなった。まったくこういうところは相変わらずの研究者気質である。

 戦いとなれば、この「シャ・スフェア」は有用だと考えている。なにせ光を奪ってしまうのだから。多くの生き物は視覚からの情報が多くを支配している。その視覚を奪う事ができるのであれば、それだけで相手を無力化する事も可能だからだ。ただ問題は、こちらからも相手を視認できなくなるので、思わぬ攻撃や反撃を食らう可能性は捨てきれない。何にしても、魔法の性質を知る事は重要であるだろうと考えた。

 ただ、マオの性格はあまり戦いを好きではない感じである。早とちりしやすいという欠点はあるものの、物事を冷静に見られる向きがある。あとは家族思いといったところか。そういうところを考慮してみるに、キリーとは性格が似通ったところがあるように思える。

 ただ、キリーがいろいろと天然なところに対して、ツッコミを入れる常識人という関係だ。さらにマオの周りにはわがままな双子の弟ガットだったり、天然ボケのキリーとその相棒ホビィだったり、周囲には振り回す側の人物があふれている。なるほど、気苦労の絶えない立ち位置のようである。これに魔法の負担まで増えては、正直可哀想というものである。時々ちゃんと労ってあげないといけない。

 ヴァルラは、ここまでのマオに関する出来事をデータとしてまとめ終える。これだけでもかなりの時間が経過しており、外を見ても真っ暗で何一つろくに見えない状態だった。

(もうこんなに時間が経っておったか。さっさと寝て明日に備えるとするか)

 ヴァルラはカーテンを閉めて寝床を整える。

(明日は特訓とかそういうのはやめにして、久しぶりにのんびり過ごすとしようか。畑の方も気になるしな、マオにもいい気分転換になるだろう)

 ヴァルラはそういう事を思いながら、その日は眠りについた。


「というわけで、今日は特訓はお休みだ。のんびりしよう」

 ヴァルラが朝食の席でこう宣言すると、キリーたちが揃って目を点にしていた。一体どういう反応なのだろうか。

「頑張り過ぎるのは良くないと言っているんだ。今日はゆっくり畑でもいじるとしよう」

「分かったなのです!」

 ヴァルラの提案に声を上げたのはホビィだけだった。まあホビィは毎日のように畑いじりをしているから、ただのいつもの作業なのである。

「特にマオ。君にはここのところ無理をさせてしまったからな。ここで一度息を入れるべきだろう」

 ヴァルラにこう言われて、マオはようやく理解したようである。確かに、キリーに負けじと張り合おうとした事もあるし、闇と光の魔法を同時に使ってとても疲れてしまった事もある。つまりは一旦息を入れて冷静になれという意図なのだろう。

「分かりました。では、今日はそうさせて頂きます」

「ああ。だが、マオはまじめだし、負けず嫌いのようだからな。そこだけは気を付けてくれ」

「あっ、うぅ……」

 痛いところを突かれたマオは、人差し指をちょんちょんと突き合わせながら恥ずかしそうにしていた。

「そうなんですね。マオさんが負けたくない相手って誰なんですかね?」

「ご主人様なのですよ、ご主人様」

 キリーがボケれば、ホビィが即突っ込んだ。

「えっ、そうなんですか? いやぁ、目標にされるというのは嬉しいですね」

 もうどこから突っ込んだらいいか分からない。あまりにもひどいキリーの天然っぷりに、全員が笑うしかなかった。

「えっ、どうして皆さん、笑うんですかね。酷いですよ、怒りますよ」

 困惑するキリーだったが、これのおかげで今日もまた一日平和に過ごせそうである。

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