第102話 懸念と情報共有

「えー、そんな事があったんですか!」

 夜の食卓で、キリーが大声で叫ぶ。

 それというのも、ヴァルラとマオが行っていた実験の話を聞いたからである。

「闇と光では属性の反転や効果の反転が行えるというという仮説だ。今の段階では確定的な事は何も言えんよ」

 ヴァルラは事情を説明していた。

「現状では光と闇の両方を使えるマオだけの専売特許だな。ただ、可能性と同時に恐ろしい事も起こりうる」

「それは何ですか、師匠」

 キリーは疑問を感じたので、ヴァルラに質問してみた。

「まあ、本人に言うのも何なのだが、これはキリーにも関係のある事なんだ」

「僕に……ですか?」

 キリーが首を傾げながら反応を返すと、ヴァルラだけではなく横のマオも頷いていた。

「さっきも言った通り、光と闇は属性が反対なだけだ。つまり、光だけの適性、闇だけの適性だけを持つ場合、何らかのきっかけで反対の属性に目覚めるかも知れないというわけだな」

「ふむふむ」

「だが、問題はそのきっかけだ。感情的なきっかけで目覚めた場合、本人はもとより周りにもどのような影響を及ぼすか分からないんだ」

 ヴァルラは説明をしているが、キリーにはいまいちピンとこない感じである。ホビィは横でひたすら夕飯を食べ続けている。

「キリーも、その気配が起きた事はあるぞ。先日のシュトレー渓谷へ向かわされた偽の依頼書の件だな」

 ヴァルラからの指摘で、キリーはぴたりと動きが止まる。思い当たる節があるようだ。

「……確かに、あの時の僕はかなり怒ってました。よく誰も殺さなかったなとは思います」

「うむ。それは偉いと思うぞ、キリー」

 キリーの素直な言葉に、ヴァルラは慰めの言葉を掛ける。

「あの時のキリーはまだ感情の歯止めが利いたから、よかったと言えるな。その時の悪魔はかなり恐怖を覚えたらしいからな。もしかするとがあったかも知れんな」

 ヴァルラの言葉に、キリーは身をすぼめた。

「まっ、新しい能力が目覚めるというのは悪い事ではない。問題はそれをいかに自分のものにするかという事だな。感情のままに動けば、その能力に飲み込まれる可能性だってあるからな。私も一時期危ない事があったしな」

「し、師匠にもですか?」

「うむ。だが、詳しくは言えんな。正直人に話すような事じゃない」

 自分で言い出しておきながら、詳細は話せないと言葉を濁すヴァルラ。キリーは気になってヴァルラに催促をするが、ヴァルラの口は固かった。

「ごちそうさまなのです!」

 この話の最中もずっと食べていたホビィが食べ終わったようである。何ともマイペースで空気を読まないホップラビットである。

「はははっ、ずっと食べていたのかホビィ。お前さんは相変わらずの大物っぷりだな」

 ヴァルラのツボに入ったのか、大声で笑っている。この反応には、ホビィはきょとんとした目で戸惑っていた。

「何があったのです?」

「いいんだよ、ホビィ。気にしなくても」

「ご主人様もどうしたのです?」

 訳が分からないといった感じのホビィのおかげで、ヴァルラの黒歴史は追及されずに済んだようである。あぶないあぶない。

 まあそれはそれとして、キリーの危険性とマオの可能性について、それぞれで共有する事ができた。

 キリーに関しては、とにかく感情のコントロールが課題である。普段からあまり感情が大きく変化しないので、シュトレー渓谷での一件のように急激な感情の変化が起きた時が一番怖いのだ。最悪、そっちに飲まれたまま戻れなくなる事だって起こりうる。

 マオの方は、闇だけではなく光も扱えるタイプ。ただ、同時に使うと消耗が跳ねあがるので、それに耐えられるようになる事が課題となった。魔力量や体力の増強である。このままでは光と闇が合わさって最強に見えるだけのこけおどしである。しかしながら、光と闇の両方を扱える人物は、それだけで希少な存在である。マオにはこれからもたくさんの魔法を覚えてもらわないと困るのである。

 それにしても、ヴァルラの周りには本当に稀有な存在が集まり過ぎである。天の申し子の疑いがあるキリーに、獣人化した魔物のホビィ、それだけに飽き足らず、光と闇の両方の魔法が使える悪魔のマオ。正直、ヴァルラには手に負えそうにない面々である。ただ、性格的にはおとなしいので助かっているのが実情である。

「うーむ、一度3人の状況を整理して、領主と冒険者ギルドには報告して、情報を共有しておくべきだろうな」

「私もそれがよろしいと思いますわ。私たちは一歩間違えば危険な存在ですもの」

 ヴァルラの意見にマオが賛同する。というか、マオには自分たちが危険な自覚があるようだ。元々悪魔は知能が高い種族である。だからこそ、冷静に状況を分析できるのだろう。

 その一方、キリーはどうにも理解できないようである。さすがに意識がはっきりしてから1年にも満たないからか、どこか鈍いようだ。

「キリー心配するな。普段通りに生活していれば問題は無いんだからな」

 ヴァルラは頭を撫でながら、キリーに優しく言い聞かせた。それに対して、キリーは「はい」とだけ返事をした。

 光と闇。その属性の特殊性は、可能性と危険の同居したものだった。ヴァルラはやれやれと、この日にあった事を書物にまとめておくのだった。

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