第97話 再登場の筋肉
練習を積んだ翌日は、ヴァルラに頼み込んで、キリーとマオ2人で冒険者ギルドの依頼を受ける事にしてみた。マオの服装は不本意ながらも冒険者の服装である。まだドレスでの動きに慣れないので仕方のない事である。
「あら、キリーちゃん、マオちゃん。今日はどうされたんですか?」
受付には今日もカンナが居た。休みの日もあるらしいけど、ほぼ毎日居るカンナである。
「今日は2人で依頼をこなそうと思いましてやって来ました」
「そうなんですね。では、マオちゃんに合わせた依頼をご用意しますね」
カンナはそう言って、現在来ている依頼の確認へと席を立った。
待っている間、キリーが周りを見ていると、見覚えのある筋肉だるまがギルド内に居たのだ。
「あっ、マスールさん!」
「ゲッ、見つかった!」
キリーが叫ぶと、ばつが悪いらしくて背筋を丸めて立ち去ろうとしていたマスールは、驚いて背筋を伸ばしてしまった。そして、ぎりぎりとゆっくり振り返ってきた。
「な、何の用でございましょうか……」
コテンパンにされた恐怖からか、マスールは丁寧語でキリーに対応している。まぁあれだけやられればトラウマになっても仕方ないだろう。
「マスールさん」
「はいっ!!」
キリーが呼び掛けただけで、条件反射的に背筋が伸びるマスール。何も知らないだろう冒険者は驚いてその様子を見ている。もちろん、マオもである。
「あら?」
カンナが戻ってきて、ギルドの内の様子の異変に気が付いた。
「あらあら、マスールさん。キリーちゃんに見つかっちゃったのね」
のんきに言うカンナに、
「あの、あれはどういう状況ですの?」
マオは意味が分からないので聞いてみる事にした。
「ええ。キリーちゃんが初めてギルドに来た時、あの筋肉の男性マスールさんが絡んできたんですよ。そしたら、直接戦ったらあっさり負けちゃいましてね、それからキリーちゃんの事を恨んでたみたいなんです」
カンナが長々と経緯を語り出した。
「で、悪魔が仕掛けた依頼書でキリーちゃんを罠に掛けて、シュトレー渓谷の入口で待ち伏せてたらしいんですけれど、手も足も出ずに返り討ちに遭ったそうですよ」
それを聞いたマオの表情が複雑である。依頼書の罠は、マオにも心当たりがあったからである。兄ビラロが仕掛けた作戦だったからである。マオはちょっと申し訳なく感じた。
「で、結局マスールさんは鉄級に降格となって、今に至るわけです。冒険者資格を剥奪されなかったのは、キリーちゃんの恩情というわけなんですよ」
「な、なるほど……」
つまり、マスールはキリーに対して二重の意味で頭が上がらないというわけなのだ。あの態度には納得がいくものである。
「マスールさんにお願いがあります」
「な、何でしょうか!」
キリーの元気な声に、マスールは体を強張らせる。メイド服の華奢な少女に、筋骨隆々の男が縮こまっている。なかなか奇妙な光景である。
「今から依頼を受けるのですが、あそこに居るマオさんに、物理による戦闘の見本を見せてあげて欲しいんです。僕だと参考にならないと思いますので」
「へ?」
キリーから言われた言葉に、マスールは耳を疑った。罠に掛けて殺そうとした相手に頼み事をするとか、普通は信じられない行動だからである。
「武器の違いはあるとは思いますが、基本的なところは同じだと思いますから。どうかよろしくお願いします」
頭まで下げるキリー。マスールを含めて周りも驚いている。
「ま、まあ、しょうがないな。嬢ちゃんの頼みだ。ひ、引き受けてやろうじゃないか」
声が震えているマスールである。
(冗談じゃねえ。関わりたくはないが、向こうから頭を下げて来たんじゃ断れねえじゃねえか……)
内心悲鳴を上げるマスールだったが、
「ありがとうございます。では、依頼を受けてきますね」
「お、おう……」
キリーの笑顔にマスールもまんざらでもないようである。周りからすごい目で見られてはいたが。
というわけで、キリーたちが受けた依頼は銅級冒険者向けのコボルトの討伐である。一応キリーが銅級であるので受けられる。
「なぁ嬢ちゃん」
「何でしょうか」
「こっちの翼の嬢ちゃんの武器は何なんだ?」
マスールが気にしているようである。それもそうだろう。武器の種類というのは大事である。近距離か遠距離か、リーチのあるものかないものか、そういった要素は大事なのである。
マスールの使う物は近接でリーチの短い斧と柄を伸ばした長斧の二種類である。付け足しの柄は単独で棍にもなる。意外と突きや斬り、払いとどんな攻撃でもできるようだ。筋肉だるまは無駄に多彩だった。
「私の武器はこれですわ」
マオはマスールの質問に答えるように、手に魔力を集中していく。すると、手には鉤爪が付いた状態となった。
「魔力で作り出した爪か。俺の持つ斧よりもさらにリーチが短いな。短剣と同じ扱いにはなるが、まぁ俺の斧捌きは参考になるだろうな」
マオの武器を見て、マスールは冷静に分析していた。さすがは一度は銀級にまで上がった冒険者である。性格的な問題さえクリアできていれば、今頃はトップクラスの冒険者であり得ただろう。キリーによって性根が叩き直されたマスールはきっと大物になれるであろう。
「はい、今日はよろしくお願いします」
マオが頭を下げれば、マスールは照れたように「おう」とだけ返していた。生まれてこのかた、まともに女性と接してこれなかったマスールにとっては免疫が無いのだろう。
この日は今までとは違った意味で、マスールにとって災難の日となるのかも知れなかった。
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