第94話 有翼族っぽい?

 それからも、マオは一生懸命体力作りに取り組んだ。朝夕に近所の走り込みをしたり、短剣を持って庭に作られた的の人形を攻撃してみたり、一週間もあればだいぶ変わってきたようである。

 ホビィとの訓練も徐々にだがこなせるようになってきたある日、久々に冒険者ギルドの依頼を受けてみる事になった。

 という事で、今まで先延ばしにしてきたマオの冒険者カードも作る事になった。今までは領主の娘という立場だったし、ヴァルラの弟子という事で特殊なカードは何も持っていなかったのだ。何気に初めて持つ身分証明書である。

「おう、久しぶりじゃないか」

「うむ、久々に魔物討伐の依頼でも受けてみようかと思ってな」

 コターンの挨拶に、ヴァルラが答える。

「おや、そっちのお嬢ちゃんは冒険者ギルドは初めてかい?」

 すると、すぐさまコターンはマオに気が付いた。黒髪に黒い翼を持っていれば、それは嫌というくらい目立つから仕方ない話か。

「え、ええ。初めてですわね」

 たどたどしく答えるマオ。こうやって見ると、やはりあまり他人に慣れていないようである。強気なお嬢様口調からすると、実にギャップのある様子である。

「という事は、まずはこの子の冒険者登録か。しかし、悪魔とは珍しい種族が来たもんだな」

「おや、コターンはさすがに分かるのか」

「ああ。先祖から特徴的な種族の事は代々伝えられてきたからな。どこまでいっても俺の家の血筋は冒険者だ。これくらいは朝飯前だろう」

 驚くマオを目の前に、ヴァルラとコターンは落ち着いて会話をしている。

「マオ、このコターンは私と一緒にお前さんの先祖とやりあった者の子孫だ。知ってても不思議じゃない」

「そ、そうだったのですね」

 ヴァルラの説明に、マオは一応納得がいったようである。

 だが、ヴァルラの魔法で有翼族に見た目が変わっているのに、それをすぐに見抜けるとはさすがは冒険者ギルドのマスターといったところだろう。

 そういうやり取りをしている間に、マオの冒険者カードができ上った。

「一応、悪魔族だという事は隠蔽させてもらった。表向きの有翼族で登録してあるから安心してほしい」

「いいのか? ギルド自らそんな不正をして」

「悪魔も有翼族も変わらんだろ。肌の色と角だけだからなぁ、違いなんざ」

 ヴァルラが確認すると、コターンはそう言い切った。

「それにだ、今の連中は悪魔族を知らん。有翼族で通しても誰も気付きやせんと思うぞ」

 ついでにそう言い加えて押し切った。

 確かに、今のマオはヴァルラの魔法の効果で健康そうな有翼族にしか見えない。着ている服はドレスだから、それこそ育ちのいい少女にしか見えないだろう。それに加えて、

「キリーというメイド姿で冒険者をしている人物を知っていれば、そんな冒険に不向きな格好でも誰も気にしないだろう」

 このコターンの言葉がすべてを理解させてくれた。それを受けてマオは改めてキリーを見る。……ため息しか出なかった。

 とまぁ、マオの冒険者登録を終えると、ヴァルラたちはスランの街の外へ出る。

 まずはどれくらい能力が上がったのか、前と同じホップラビットの群れで試す事となった。1群れ10匹でも残っていれば、その数は結構すぐに戻る。温暖な気候もあって、しょっちゅう繁殖期を迎えるからだ。食欲旺盛なせいで成長も早い。気にしては負けである。

 さて、ホップラビットを前に、マオが構える。ヴァルラ、キリー、ホビィはそれを近くで見守る。

「エアレ!」

 マオが使ったのは風魔法だ。初級の風魔法なら「エアレ」でどんな魔法でも発動できる。慣れれば頭の中のイメージで決められるのだ。初心者の内はそれに種類を表す言葉が後ろに付く。逆に前に付くのは等級を示す言葉になる。まぁ、熟練者ともなると、その発動キーとなる単語すら要らなくなるのだが。

 さて、マオの使った魔法を確認すると、通常なら「エアレ・エゼ」と唱える風の刃を飛ばす魔法のようだ。10匹居るホップラビットのうち、2匹に命中して討伐できたようである。

 魔法一発で2匹を仕留めるとは、格段に魔法の腕前が良くなっている。

 続けてマオが使ったのは風の渦を発動させる魔法「エアレ・ミレ」。これも「エアレ」の掛け声だけで発動させていた。この魔法では3匹を倒す。あれだけ激しい渦だったというのに毛皮に傷がない。

 ヴァルラがその成長ぶりに驚いているうちに、10匹すべての討伐が終わった。くるりと振り向いたマオは、ドヤ顔を決めていた。

「おにくなのです!」

 ホビィが解体しに走り出した。討伐したのはホップラビットなので、ホビィにとっては仲間のはずなのだが、お肉の誘惑には勝てないようだ。どこまでお肉が好きなのだろう、このウサギ。

「風魔法、かなり扱えるようになっておったな」

「はい、必死に練習致しましたわ。有翼族の得意魔法らしいですから、騙るなら使えないといけないと思いましたもの」

 ヴァルラが褒めると、マオは嬉しそうだった。それにしても、マオもマオで律儀である。本来悪魔なのだから、闇魔法だけでも構わないはずなのに、有翼族を通すならと風魔法を覚えてしまうとは、これはちょっと予想外だった。

 この後、ゴブリン討伐の依頼もこなしたが、こっちは以前使っていた「シャ・ソルデ」を複数本同時に扱った上で連発できるようになっていた。

 飛躍的に魔法の腕を上げたマオに、ヴァルラは感動を覚えたのだった。

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