第93話 走っていたらいつの間にこうなる
翌日からは、マオはキリーとホビィと一緒に体力作りを始めた。運動をするので冒険者用の服に身を包むマオだったが、表情がやさぐれていたのでやはりどうにも気に入らない服らしい。その一方で、キリーはいつものメイド服、ホビィもワンピースを着ている。何があってもこの二人の衣装は変わらないのである。
「マオにはまだスカートで動くのは無理なのです。その状態で体術などしようものなら、あちこちに服を引っ掛けて破くだけなのです」
「うぐっ!」
ホビィの容赦ない正直な口撃がマオを襲う! あまりのどストレートな物言いに、マオはショックを受けてその場に手をついた。
「わ、私だって、いつかは華麗に戦える悪魔になりますのよ……」
声がどこか泣いているようだった。
「まあまあ、マオさん。最初は誰だってポンコツなんですから、まずは頑張りましょう。僕だって、格闘はあまり得意じゃなかったですし」
キリーがマオを慰める。それにしても、意外とキリーの単語選びが酷かった。
実際のところ、シュトレー渓谷であれだけの動きを見せたキリーも、最初は奴隷少年からメイド少女になって、体の動きが何かとちぐはぐだったのだから、説得力があると言えばある。魔物を倒す事も最初はビビっていた。ただまあ、その状態を知っているのはヴァルラだけなのだが。
さてさて、体力作りとしてまずは柔軟体操から始める。体をほぐしておかないと後々危険な事もあるので大事な行動である。
それにしても、マオは結構体が硬かった。翼で空を飛ぶというのが多いし、家でも比較的閉じこもっていた。そのせいもあってか、魔法も訓練で随分使えるようになったとはいえ、肉体が強化されたわけではなかったようだ。
「うぐぐぐ……、これ以上は、曲がりませんわ……」
キリーに背中を押してもらっての長座体前屈だが、マオの手は足首に届かなかった。どれだけ体が硬いのだろう。いや、硬すぎる。
「マオさん、これは曲がっているうちに入りませんよ?! というか、全然曲がってません!」
「む、無理ですわ!」
騒いでいる2人の横で、ホビィは余裕で上体を脚にくっ付けていた。きれいに真っ二つに折り畳まれている。さすがホップラビットの柔軟性である。
「ここまでできるようになるのですよ。頭も体も柔らかくなのです」
「むぅ……。ま、負けていられませんわ!」
ホビィがうまい事言って、マオを煽ってくる。またマオもその煽りに乗るから割と収拾がつかなくなってきてしまう。本当にこれで大丈夫なのだろうか。
ホビィの煽りがありながらも、準備運動は十分。まずはスランの街を走って回る事から始める。
正直、今の服装で街の人の目に触れるのは避けたいマオ。というのも冒頭通りに、普段のドレス姿は運動には適していないとの判断から、仕方なく冒険者用の服装を着ているからである。
ところが、いざ街に出て走っていると、すれ違う街の人たちの反応は思っていたものとは違った。結局はただのマオの被害妄想だったようである。実際、先日にも走っていたのだが、マオにはそこまで余裕がなかったので実質初めてなのである。むしろ、ジョギングをするメイドの方が目立つくらいだ。最初の休憩を入れる頃には、マオの精神もだいぶ軽くなっていた。
「なんだか、服装の事を気にしなくなったら、気が楽になりましたわね」
もう完全に堂々としている。さっきまでの悶々としていたのは何だったのだろうか。まぁ実際、スランの街には冒険者もたくさん出入りしている。そうなれば、マオの着ている冒険者用の服装程度の格好などそこらにあふれていたりするのだ。つまり、服装自体は実にありふれたものであり、気にしなかったのである。
水分も取って十分休憩した後、キリーたちは再び走り始める。ヴァルラの家からスランの外周一周し始めて、まだ全体の8分の1程度である。時間にして数10分という時点で、マオは一回音を上げたのであった。まあ、服装を気にし過ぎた気疲れもあったのだろう、キリーもホビィもあえてツッコミは入れなかった。
一度休憩を入れた後からは、実に軽快だった。ただ、マオの体力はなさすぎたようで、休憩は小刻みに入れながらである。
「マオさん、身体強化は使ってますか?」
とある休憩のタイミングで、キリーはマオに確認を入れてみた。
「えっ、身体強化?」
マオは驚いたような反応を見せる。これでキリーははっきりと理解した、マオは使っていないと。
「身体強化を使えば疲れにくくなるんですよ。最初の内は使わなくてもいいでしょうけれど、段々疲れて体が動かなくなってきます。ここはまだ街の中ですし、僕たちも居ますから大丈夫ですけれど、街の外、特にダンジョンなら命を落としかねませんからね。いざという時のために使って体力を温存しておくのも必要なんですよ」
「そ、そうなんですのね」
キリーの説明に感心しているマオ。というわけで、マオは早速、身体強化の魔法を使ってみた。ここまで魔法の練習をしてきていたマオにとっては、これくらいは造作のないほどになっていた。これを見たキリーは、満足そうに微笑んでいた。
「むむっ、こうなったら誰が最初にゴールするのか競争するのです」
「ふふっ、それだったら負けませんよ、ホビィ」
「ちょっと、いきなり何を言っているのよ、2人とも」
いきなり変な事を言い出すホビィとキリーに、マオはとてもついていけなかった。二人が猛ダッシュしていく中、マオはゆっくりと壁の外周に沿って走っていき、先にゴールしたキリーが迎えに来てそのままゆっくり家まで走っていった。
ちなみに競争で勝ったのはキリーだった。負けたホビィはお風呂の準備をさせられる事になったのだった。
「悔しいなのですっ!」
ホビィの叫び声が響き渡った。
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