第92話 弟子は可愛い
「ただいまです。師匠、ホビィ」
「ただいまなのですわ」
買い物から戻ったキリーとマオ。
「やぁ、おかえり。キリー、マオ」
「お帰りなのです」
それをヴァルラとホビィが出迎えた。
「師匠。頼まれていた物をちゃんと買ってきました」
「うむ、ではしまって来てくれるかい?」
キリーが笑顔で報告してくるので、ヴァルラも微笑みかけて次の指示を出す。
「分かりました。片付けてきます」
すると、キリーは笑顔のままで台所へと向かっていった。
さて、キリーが居なくなったところで、ヴァルラはマオに顔を向ける。マオは何か感じたらしく警戒する。
「おやおや、なぜ警戒するんだい?」
「わ、分かりませんわ。ただ、その笑顔が怪しく見えただけですの」
マオに指摘された笑顔。確かに、ヴァルラの顔はどこか怪しく見える。
「ふーむ、酷いものだね。ホビィ、マオに罰を与えてやってくれるかい?」
「はいなのです!」
ホビィはそう言うと、マオを担ぎ上げて奥へと走っていく。キリーと同じような背丈だけに軽々と持ち上げてしまった。
「ちょ、ちょっと。罰って何の事ですの?!」
マオが叫んでいるが、ホビィは聞く耳持たずに奥の部屋へとマオを運んでいった。そこでマオが見たものとは……!
「ちょっと……、それは、何なんですの?」
「ふふふ、マオの希望していた物なのですよ」
怯えるマオに対して、ずいっと迫るホビィ。威圧感が凄い。
「い、いや。希望なんてしてませんわ」
「ふふふ、証拠は挙がっているのです。観念するなのです」
「ひっ、ひぃっ!」
必死に抵抗を試みるマオだったが、さすがにホビィ相手では話にならなかった。ホビィは格上の相手なのである。
こうして、マオはされるがままにされてしまい……、
「うむ、よく似合うのです」
何かに着替えさせられてしまったようである。
「た、確かにキリーさんの服はいいとは思ってましたが、自分が着るとこう、違うと思うのですわ……」
どうやら、メイド服を着せられたようである。しかも、ちゃんと翼を通せるように背中の開いたデザインになっていた。
「何を言うのです。とても似合っているのです」
部屋に備え付けられた鏡には、メイド服を着たマオの姿が映し出されている。
ドレスのスカート丈はキリーと同じロング丈、パフスリーブから先の袖部分はボタンで着脱可能という変わったデザインになっている。頭の部分はキャップをかぶるキリーとは違い、ホワイトブリムと呼ばれるヘアバンドの一種だった。例の食堂を経営する、妹のレリの付けている飾りと同じものである。
「さぁさぁ、ご主人様にお披露目するのですよ」
「ちょっと、押さないで下さいます?!」
恥ずかしがるマオを、ホビィがその腕力で押していく。マオは必死に抵抗を試みるが、ずるずると移動させられていく。もうどうにも止められないのである。
「分かった、分かりましたわ。こうなったら覚悟を決めますわよ!」
マオがそう叫ぶと、ホビィが押すのをやめた。
「最初からそう言えばいいのです。素直になるといいのですよ」
上から目線での物言いのホビィ。そのホビィを、マオは恨めしそうに頬を膨らませながら睨みつけている。だが、その程度ホビィにはまったく通じていないようである。
「せっかく師匠が作って下さったのです。たまには着てあげると、ご主人様も師匠も喜ぶのです」
ホビィはにっこにこである。マオは嬉しいような恥ずかしいような悔しいような、何とも複雑な感情と表情になっていた。領主の娘としてはメイドの格好など恥でしかないのだが、どういうわけかキリーと同じ服装と言われると違った意味で恥ずかしいのである。
マオにとってキリーは、天の申し子の疑いのある敵なのである。だが、そのキリー自身はとても優しいいい子である。どこかずれてはいるんだけど、真剣にマオと向き合っているのでどうにも憎めないのである。出会ってから本当に付き合いは浅すぎるのだが、マオはキリーに惹かれていたのである。
マオがそうやってもやもやしている間に、食堂へと引っ張り出されてしまった。そこにはひと仕事を終えたとくつろぐヴァルラと、夕食の支度をしているキリーの姿があった。
「ヴァルラ様」
マオがヴァルラに声を掛ける。
「どうしたマオ。……うむ、よく似合っているではないか」
落ち着いて反応をするヴァルラは、マオの全身を確認して感想を言う。
「似合ってるって、ヴァルラ様。私とキリーさんを買い物に行かせて、その間にこの服を作ってましたわね?」
恥ずかしさいっぱいのマオは、思い当たる事をヴァルラに問い詰める。
「おや、分かったしまったかい? 本当は今日一日ずっと作っていたんだがね」
そしたらば、ヴァルラはあっさりとそれを認めてしまった。さすがに、これにはマオも驚いて呆れた顔をする。
「という事は、私が筋肉痛で寝ている間もずっと?!」
「その通りだよ。さすがに私でも、ものの数時間で服を作るなどできんよ」
しれっと答えるヴァルラ。種明かしをすると、マオの寸法については先日の服の依頼の時に手に入れていたのだ。それを元に服の図案を作り、こっそり購入しておいた糸を使って、魔法で縫製していったのである。単純な話、メイド服はヴァルラの趣味なのであった。
騒いでいると、料理を運んでいるキリーがマオの姿に気が付く。そして、料理をテーブルに置きながら、
「マオさん、とても似合ってらっしゃいますよ。お揃いだなんて、僕も嬉しいですね」
笑顔でそんな事を言う。
「な、な、な、なんて事を言いますの……」
マオの顔が真っ赤だった。
「いやはや、これはかなり強力な一撃だな。キリーに自覚がないのが恐ろしいものだ」
「ご主人様にかかれば、マオもいちころなのです。最強なのです」
キリーは頭に「?」を浮かべながら、夕食の準備を進めていく。結局、夕食の席ではマオは一言も発する事はなかったのであった。
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