第91話 隙あらば口説く

「そういえば、キリーさんってなんでメイド服なんですか?」

 街中ジョギングを敢行された結果、筋肉痛に苦しんでいるマオが突然キリーに質問してきた。

 この日は午前中の運動が禁止されたために、マオはベッドで筋肉痛を緩和する魔法を使っている最中である。そこへキリーが掃除のために現れたので、暇ついでに最初から思っていた疑問をぶつけてみたわけである。

 この質問をぶつけられたキリーは、最初こそそれこそ鳩が豆鉄砲を食らったかのように動きを止めていたが、しばらくして思考が戻ったようである。

「メイド服を着ている理由ですか? さて、なんででしょうかね」

 キリーも首を傾げていた。自分でも分かっていなかったようである。ならばなぜメイド服を着ているのか、ますます謎が深まってしまう。

 だが、しばらくしてキリーは何かを思い出したようだった。

「ああ、そうだ。師匠が自分の助手にするからと仰って、この服を用意して下さったんです。なんでも、貴族の館で働く女性を元にしたそうですよ」

「はぁ、それでメイド服なのね。ヴァルラ様……、さすがは独特の感性をしていらっしゃるわね」

 キリーが思い出した内容を聞いたマオは、どういうわけか妙に納得がいってしまったようだ。

 長く生きる種族というのは、どうしても感覚や感性が周りとは違ってしまうものである。悪魔もどっちか言えば長命の種族に入るので、理解ができてしまうのだ。

 キリーにさらに尋ねれば、着ているメイド服はヴァルラのお手製であり、それが原因でキリーが喜んで着続けているわけなのである。

「僕は元々奴隷でしたから、こういう可愛い服を着た事がありませんからね。それはとても嬉しかったですよ」

 そう言っているキリーの顔は本当に嬉しそうだった。その顔を見ていたら、キリーとヴァルラの関係はそのくらい深い絆なんだなと思えるくらいだった。マオはどこか羨ましく思った。

 キリーはそう時間もかからずに部屋の掃除を終える。マオは結構きれい好きなようで、あまり手を加えるところがなかったのだ。

 そうやって掃除を終えたキリーがマオに目を向ける。すると、キリーをずっと見ていたのか、マオが慌てて目を逸らした。

「もしかしてメイド服に興味があるのですか? 師匠かララさんに言って作ってもらいますか?」

 妙なところだけ鋭いキリー。こう言われたマオは、

「いいえ、羨ましくなんてありませんわ!」

 なんともとんちんかんな答えを返した。言われたキリーは目を丸くしていた。

「あっ、ちっ、違いますわ。私は領主の娘です、メイド服など着るわけには、参りませんもの」

 どんどんと声が小さくなっていくマオ。よっぽど着たいというのが伝わってくるくらい、非常に分かりやすい態度だった。

「ふふっ、そういう事にしておいてあげますよ。午後にはお買い物に行きますから、それまでには筋肉痛を治しておきましょう」

 キリーはこの上ない笑顔でそう言うと、掃除道具を抱えて部屋を出ていった。それを見送ったマオの顔がどんどんと赤くなっていく。そして、

「もう、キリーったら意地悪ですわね!」

 キリーが出ていった部屋の中からは、マオの叫ぶ声が響いてきたのだった。

 昼ご飯の頃には、マオの筋肉痛はすっかり治まっていた。魔力性筋肉痛にかかったり、筋肉痛を起こしたり、なんともマオの貧弱さが窺えるエピソードばかりである。マオの悪魔だというプライドはすでにズタズタであった。それでもマオは、向上心の強さゆえに精神は保たれていた。キリーやホビィに並べなくても、少しでも近づいて差し上げますわと、今日も向上心にあふれていた。

「今日は私はホビィと一緒に畑の手入れをしているからな。キリーとマオの二人で買い物に行ってくれ。買ってくるリストは用意してあるからな、食事の後で渡そう」

 というわけで、午後は2人で買い物だった。

 今日のマオは、ララの店で作ってもらった黒いドレスを着用していた。今は肌の色が悪魔の特有の浅黒い色ではなく真逆の白っぽい色なので、黒のドレスだと際立って白く見えた。

 美少女2人が街を歩いていれば、それはとても待ちの人の目を引いていた。マオが来てからは日が浅いので、まだ知らない人も多い。だからこそ、目が釘付けになってしまう人が多いのである。

「やたら見られてますわね」

「仕方ないですよ、マオさんはきれいで可愛いですから」

 周りを見て警戒しているマオだったが、それに対してキリーはしれっと素直に褒めていく。

「なっ! あなた、そういう事をよく恥ずかしげもなく……」

 どういうわけか、顔を真っ赤にして怒るマオ。

「僕たち女の子同士ですよね? それに友だちを褒めるのって恥ずかしいですか?」

「~~~……!」

 きょとんと可愛く首を傾げるキリーに、マオは言葉を失ってしまった。そんな2人の姿を見て、街の人たちはとてもほっこりしていた。キリーの天然さに程よく癒されているのである。

 こういう事もあって、マオの方はなんとなく気まずそうにしていたが、キリーは相変わらずのフリーダム。マオを振り回しつつ、無事に買い物のミッションを終わらせたのだった。

 ところが、家に戻った2人の前に、更なるサプライズが襲い掛かろうとしていた。

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