第86話 大切に育てよう

 翌日、この日も庭でキリーと魔法の特訓に打ち込むマオである。服はまだ乾かしているので、マオの服装は冒険者用のいでたちである。さすがに昨日半日着ていたせいか気にする様子は無くなっていた。

 だが、この冒険者用の服、体のラインがはっきり出てしまうものなのだ。そのせいでキリーは自分とどうしても比べてしまう部分があった。元は男の子だし、今のキリーはお年頃なのでそれは仕方のない話である。

「……何を見てますの?」

 視線が気になったのか、マオがキリーの方に視線を向けてきた。

「い、いや、ごめんなさい」

「? 変なキリーですわね」

 慌てたように謝るキリーだったが、マオは気にしないで魔法に集中し直した。

 今日の特訓は簡単な魔法を長時間維持するというもの。出しっぱなしにするというのも、地味に魔力も気力も使う。集中力が大事なので、ちょっとした気の乱れで魔法も乱れてしまうのだ。実際、さっきのキリーの視線への反応で、マオの魔法は乱れてしまっていた。とはいえ、これだけしっかり保てているのなら、マオの魔法センスはやはり高いという事になる。今までがもったいなさすぎた。

 かれこれというもの、1時間はマオは小さな火の玉を維持している。キリーの視線に気づいて崩れた前も含めるとトータルで2時間である。松明の火より小さな火の玉が寸分も狂わずそのまま維持されている様は、はっきり言って異様だった。

「はい、マオさん、魔法を解いてもらって大丈夫ですよ」

 キリーが声を掛けると、マオは体勢を崩して魔法を消した。これだけ維持していたというのに、汗をあまりかいていない。やはり適性が高いようである。

「はぁはぁ、簡単なように見えて、とても大変でしたわね」

「そうですね。基本的に魔法は使う時は一瞬ですからね。このように長く使う事はなかなかないですけれど、使えてそんな事はありませんからね」

 マオの感想に、キリーは元も子もないような事を言う。当然ながら、マオから不満の目を向けられてしまった。

「師匠から言われたんですよ、魔法使いは常に冷静であれと。魔法使いは戦闘では常に最後方ですから、状況がよく見えるんです。さらにわずかな変化を捉えるために、周囲の空気に魔力を混ぜ込んで敵の動きを把握しやすくするそうなんです。これはそういう時のための訓練なんですよ」

「へぇ、それってなかなかすごいわね」

「すごいんですよ。僕は感知魔法に頼ってしまいますけれど、よくよく考えてみれば感知魔法の仕組みと近いですね」

 緊張を解いたマオに、収納魔法から飲み物を渡しながら、キリーは訓練の趣旨を説明していた。

「でも、感知魔法は思った以上に魔力操作が細やかなんですよね。地上だけではなくて地中や水中にも効果が及びますから」

「なるほど、この訓練はそういう魔法のための魔力操作の訓練というわけですわね」

「はい、説明していて思いましたが、その通りですね」

 キリーもよく分かっていなかったようである。こうやって思えば、マオは本当にスペックが高い。キリーが言っていた「魔力量では勝つけど、魔法では負ける」というのはあながち間違っていない評価なのだ。

「だから僕は思うんですよね。きっとマオさんは立派な魔法使いになれると」

 キリーが真面目な顔をして、マオに対して言い切る。その表情に、マオはドキッとしてしまった。

「そ、それは当然でしょう。私はこれでも由緒正しい悪魔の家系なんですから」

 顔を赤くして、キリーから目を逸らしてマオはどもりながら言った。

 しばらく何とも言えない空気が漂う。

「おやおや、ご主人様たち、何やらいい雰囲気なのですね」

「うわっ、ホビィ!」

 ひょっこりと出てきたのは畑仕事を終えたホビィだった。今日もアレーケ草の世話をしていたらしい。不意打ちだったらしく、キリーが珍しく大声を上げていた。

「ふっふっふっ、主人様が幸せであるのなら、ホビィは何も言わないのです。では、ホビィは収穫したアレーケ草の葉を師匠に届けてくるのです」

 ホビィは含みを持たせた笑みを浮かべながら、家の中へと入っていった。

「まったく、ホビィったら驚かさないでほしいですね」

「……」

 キリーはホビィに対して怒っているが、マオはどういうわけか黙っていた。

 はぁっとため息を吐いたキリーが、マオに向き直る。

「さて、お昼までは時間がありますし、もうちょっと訓練を続けましょうか。簡単な魔法を教えていくので、適性を見極めつつ覚えていきましょう」

「……」

 キリーの呼びかけに、マオの反応はない。

「マオさん?」

 キリーがマオの顔を覗き込む。

「ふぁっ!?」

 すると、マオは変な声を出して驚いていた。キリーはその声に驚いた。

「あっ、えと、ごめんなさい。何でしたかしら」

「えっと、とりあえず全部の属性の簡単な魔法を教えるので、属性を見極めましょうという話ですね」

「あ、分かりましたわ。よろしくお願いします」

 というわけで、マオに火属性から光や闇属性までの簡単な魔法を見せていくキリー。簡単な魔法とはいえ、全部の属性を苦も無く使うキリーはやはり化け物と言っていいだろう。

 こうして、昼ご飯の時間まで、キリーによるマオの特訓は続けられたのであった。マオの表情は真剣なもので、頑張り屋のお嬢様である事がより強固なイメージとして定着するのだった。

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