第84話 弟子同士の戯れ(特訓)

 部屋の飾り立てが済んで、マオはその内装にそこそこ満足していた。正直言うとまだ派手さは足りないような気がするのだが、住まわせてもらっている以上は最低限で我慢する事にした。悪魔とはいえただの一種族なので、その辺りの良識は弁えているのだ。さすがは領主の娘。

 その夜は食事をしながら、マオは改めてヴァルラたちにお世話になりますと頭を下げていた。本当にいい子のようである。

 食事の後に、マオはヴァルラから声を掛けられる。マオの魔法に関する評価の話だった。

 ヴァルラが評するには、悪魔とだけあって魔力の扱い方は及第点と言われた。だが、肝心の魔法への変換はイメージ不足でスムーズに変換できていないと指摘された。その上で無理やり魔法を放っているので、命中精度もかなり低いという評価だった。

「本当は弟君も一緒に見たかったのだがな」

「ガットは性格に難があるという事で、お父様から許可が下りませんでした」

「まぁそうだな。あれでは自由に行動させては問題が増えるだけだものな」

 マオが言ったガットの処遇について、ヴァルラは妙に納得がいったようだ。時間的には短かったが、かなり挑発的な態度で印象的だったからだ。

「明日からはキリーとホビィと一緒に特訓の時間を設けるから、覚悟しておくようにな」

「はい、立派に魔法を使いこなせるようになってみせますわ」

 マオは気合いを入れ直していた。


 翌日、朝食を終えると、マオはキリーたちと一緒に庭に出ていた。スランの街を取り囲む塀の中とはいえ、その中でも郊外に当たるヴァルラの家は庭が広い。畑にもだいぶ面積を割いてはいるが、それでも特訓用のスペースは十分に確保できる。今日はそこでキリーと一緒に魔法の特訓である。ちなみにホビィは畑仕事である。

「僕も偉そうに教えられる立場ではないですが、師匠に任されましたし、マオさんのために頑張らせて頂きます」

「よ、よろしくお願い致しますわ」

 お互いに礼をするキリーとマオ。年齢は近いとはいえ、お互いに知り合って日が浅すぎるのでどう接していいのか分からないといった感じである。

 とりあえず、生活魔法として定番になっている火と光の2つの魔法から試してみる事にした。

「マオさんは悪魔ですけれど、光を灯す魔法は使えますか?」

 キリーは失礼なのを承知で質問をする。悪魔は見た目が真っ黒のためにどうしても光が扱えないイメージが先行してしまうのである。

「もちろん使えますわ。悪魔といえど真っ暗闇では生活できませんわよ」

 失礼ねと言わんばかりに、マオはドヤ顔で言ってみせた。無駄に可愛いこの悪魔である。

「そうですか、それは失礼しました。今は明るいですので、夜にでもぜひ見せて頂きたいですね」

 話題を振った割に使わせないとは、キリーもなかなかに酷い。

 とまぁそんなわけで、光魔法は一旦置いておいて、キリーはマオに火の魔法を使わせる事にした。適性がなければ使えない火の魔法だが、生活魔法としてならば適性を無視して使えるという。何とも不思議な話だ。

「フアレ」

 キリーがこう言えば、キリーの手の平に火が起きる。明かりにも使えるし、火種にも使える握りこぶしくらいの火だ。キリーはこれを詠唱なしに使えるが、フアレというキーワードもなしに使う事もできる。これはすっかりイメージでできているためなのだ。最初の頃は火柱を上げたフアレがここまで制御できているのは、実に喜ばしい成長である。

 キリーはマオにフアレを使わせてみる。火の感じとしては、さっきキリーが見せた程度の大きさである。

 だが、いくらフアレと言って発動させようとしても、マオにはうまく魔法が発動させられなかった。

「うーん、マオさんはイメージがうまくできてないようですね。でしたら、詠唱も入れないと発動できないのかも知れないです」

 というわけで、キリーはフアレの詠唱付きのヴァージョンを教える。

「火の意思よここに、フアレ!」

 その詠唱付きを唱えるマオ。そうすると、キリーが見本で見せた火よりも少し大きな火の玉が目の前に出現した。

「や、やりましたわ。どうですか、キリーさん」

 無事に使えたマオがはしゃぐ。しかし、キリーは実に冷静だった。

「マオさん、集中を乱さないで下さい」

「えっ?」

 キリーに言われて火の玉に目を向けたマオは、恐ろしい光景を目にする。自分に向けてその火の玉が転がってきたのだ。このままでは自分が燃える。マオは青くなった。

 だが、その火はマオに付く事はなかった。

「だめですよ、ちゃんと集中してないと。僕なんて火柱立てちゃいましたからね」

 そう言いながら、キリーは反対属性の水の塊をぶつけて火を消し去っていた。とっさに対応できるあたり、さすが先輩である。

「あ、ありがとうございます」

 マオはキリーにお礼を言うが、顔ははっきりと肝を冷やした事が分かる表情だった。一瞬の油断が身を滅ぼすのである。

「師匠も言われてましたが、マオさんは素質があるようですね。ただ、ちゃんと教えられてこなかったので、魔力の扱い方が雑だと、師匠はそう仰られてました」

 マオに体の側面を向けたまま、キリーはそう語る。そして、マオに顔だけを向ける。

「ですので、僕が師匠から教えられた方法で、マオさんの魔法の特訓を行います。覚悟して下さいね」

 メイド服の少女が、無表情でマオに言い放つ。その雰囲気にマオは飲まれかけた。ピリピリとした空気の中、キリーによるマオの魔法の特訓が始まるのだった。

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