第83話 家具を揃えよう

 腹ごしらえを終えたところで、マオの課題を一つずつ洗い出していくヴァルラ。その間、マオはキリーやホビィと一緒にマオの部屋の用意をしていた。広めの家を準備したので部屋が余っているのだ。その遊んでいる一室を、マオが過ごす部屋へと変えるべく片付けしているのだ。

「よろしいので? いつまで居るかは分かりませんし、このような部屋を用意して頂いて」

「師匠が構わないと仰られているのです。マオさんがしばらく戻るつもりはないのでしたら、自分の部屋の一つは持っておいていいと思います」

 マオが遠慮気味にしているが、キリーからしっかり説得されてしまった。マオもそれに納得したので、こうやって部屋の中をらしい部屋へと改装しているのである。ただ、家具に関しては注文を出したところですぐに用意できるわけではない。持ち運びは収納魔法があるから楽なのだが、どうしようもできないところはどうしようもなかった。

 キリーとマオは結構趣味趣向が対極的にある。

 キリーは元奴隷少年だった影響もあり、メイド服を着てはいるものの装飾などは比較的シンプルなものを好んでいる。その結果が飾りっ気のない質素な部屋なのである。ホビィが多少手を加えて賑やかにはなっているが、それでも同じ世代の女子からすれば地味で片付く範囲である。

 一方のマオはフェレス領主の娘で、しかも服装も普段から派手気味である。そのせいもあって、カーテンやらベッドの装飾もごてごてなものを好むようだ。仕方なく繋ぎの意味合いで買った冒険者用の服も「地味」と一蹴したくらいである。

 しかしまぁ、それだけ装飾があるのであれば、値段もかなり張りそうである。ところが、ヴァルラは、

「構わんよ。合わない物でストレスを溜めては意味があるまい。何をするにしても、最良の状態で臨めるようにするのは基本中の基本だぞ」

 こう言ってマオの部屋の装飾の方向性を否定しなかった。なので、マオはキリーに連れられて、スランの雑貨屋や家具屋に足を運ぶ事になった。まだ日が暮れるまでは時間がある。

 よく思えば、マオが同い年くらいの子と一緒に行動するのは、双子の弟のガット以外だと地味に初めてだったりする。自分が悪魔であり、領主の娘という立場上、なかなか街の子たちはおろか、使用人の子どもとも触れ合えなかったのである。悲しいかな。そういう点では、こうやってキリーと一緒に行動している事を、マオはちょっと嬉しく思っている。

 部屋に欲しいのはベッド、タンス、机、椅子、姿見、ラグ、カーテン、そんなところだろうか。持ち帰りは収納魔法があるし、お金に関してもいろいろと稼ぎすぎてしまったので心配は要らない。というわけで、ヴァルラにも言われた通り、キリーはマオに遠慮なく買い物をさせる事にした。

「ねーねー、お姉ちゃんのその羽本物?」

 道行く街の人がマオを見てくる。子どもにいたってはこの通り、翼に興味津々の様子。

「ええ、そうよ。私、有翼種っていう種族なのよ」

「へぇ、すごい。飛べるの?」

「ええ、飛べますわよ」

「見せて、見せて」

 子どもがえらく食いついてくる。さすがにマオもちょっと困惑顔になっている。

「こら、お姉さんが困っているでしょう? いい加減にしなさい」

 子どもの母親が現れて、子どもをマオから引き離す。すると、子どもは泣き出してしまった。

「すみません、子どもが無理を言って……」

 泣いている子どもをよそに、母親はマオに謝罪する。しかし、子どもに泣かれてしまっておろおろとし始めるマオ。種族は悪魔だが、性格は優しいだけにどうしたらいいのか困ってしまったようだ。

 少し悩んだマオだったが、

「用事はあるけど、ちょっとだけだったら」

 と言って、翼を羽ばたかせて少しだけ空を飛んでみせた。これが短絡的にキリーに攻撃を仕掛けてきた少女と同一人物なのだから不思議なものである。

 こうやって空を飛んだマオを見て、泣いていた子どもは泣き止んで、空を飛ぶマオを見て喜んでいた。こうして子どもは、頭を下げてお礼を言う母親と一緒に立ち去って行った。

「それじゃ、参りましょうか」

「そうですね。家具屋さんはこっちですよ」

 そして、何事もなかったかのようにキリーとマオは雑貨の購入へと向かった。

 結果からすれば、マオが満足する作りの家具はすぐに見つかった。即金で購入すると、すぐにマオは自分の収納魔法へとそれらをしまっていった。

「いやぁ、お若いですのにそんな魔法が使えるんですね」

 家具屋の店員がそんな事を言う。しかしながら、実は言うと収納魔法は熟練する事で習得する魔法ではないのだ。これは生まれ持った才能と言っても過言ではない。ヴァルラの説明では後天的に持つ事も可能だが、それこそ生涯を賭けたものになるらしい。まぁ多分例外はキリーくらいだろう。

 そして、家具を購入すると、今度は雑貨屋に寄って、布団やテーブルクロス、カーテンや食器類を購入する。こちらは一店舗で決められなかったので、数店舗を巡る事になった。それにしても、この街にあるお店をキリーはしっかり記憶しているようで、迷う事なくすべての用事を済ませる事が出来たのだった。

「こんなに短時間で揃うとは思ってみませんでしたわ。キリーさん、ありがとうございます。すっかり付き合わせてしまって申し訳ございませんわ」

「いえいえ、師匠の弟子になられるのですから、先輩としては当然です」

 マオがお礼を言うと、キリーは当然ですからと微笑んでいた。

 天の申し子の疑いがあるキリーなので、マオとしてちょっと複雑な気持ちになった。悪魔にとって天の申し子は天敵なのだ。それでも、キリーのこういう分け隔てが無くて純粋な姿を見ていると、マオは自分の事が少し恥ずかしくなった。

 そして、キリーの中に将来の理想像を見た気がするマオは、改めてヴァルラの下で修業する決意を固めたのだった。

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