第82話 スラン不思議空間の一つ

 ホップラビット討伐の依頼でマオの実力を見たヴァルラ。どうにもまだうまく魔法が扱えないようで、無駄が多い上に消耗も激しいという課題がはっきりした。そこをどう改善するかは、午後家に戻ってから考える事にして、依頼報告をしてからララから行くように急かされたレリとロロの経営する食堂へと向かった。

 相変わらず大通りから一本入ったひっそりとした通りに構える小さな食堂。商業ギルドの人間が使う割には、賑わいからは程遠いお店である。

「いらっしゃいませ~」

 ヴァルラが入口の扉を開けると、カランカランという音が店内に響く。それを受けてレリの元気な声が聞こえてきた。

「あれ、ヴァルラさんじゃないですか。また来て下さって嬉しいですよ」

「ああ、ここの料理は他で見る事が無い物が多いからな。気分転換に来るにはちょうどいいんだ」

「あはは、それって褒めてませんよ~」

 こうは言いつつも、レリも悪くは感じてないので笑っている。それにしてもお昼時を少し過ぎたとはいえ、店の中は相変わらずのガラガラ具合である。何度見ても経営に関して本当に心配になるレベルだった。

「あれれ、そちらの翼のある子は初めて見ますね。どうされたんですか?」

 レリがヴァルラの後ろに居るマオに気が付いて、覗き込みながら声を掛けてきた。

「なに、新しい私の弟子だ。キリーたち同様に可愛がってくれ」

「もちろんですよ。でも、背中に翼があると服は結構悩みものですね」

「ああ、それでさっきララの店でオーダーしてきたところなんだ」

「そうなんですね。私の着ている服も、ロロ兄が夢に見てあそこで作ってもらったので、欲しくなったら注文頂けると手に入りますよ」

 レリは自分が着ている服を広めたいのか、冗談交じりに勧めてきた。しかし、

「私はそういう服は好みではありませんわ」

「がーん」

 あっさりと撃退されてしまった。マオは翼のせいで背中が大きく開いた服を着ているが、露出自体は嫌う傾向にあるから仕方がない。レリの着ている服は腕は全部出ているし、太ももも見えているので、まさにマオの苦手な衣装なのである。残念。

「しくしく。とにかく席に案内します」

 レリは悲しそうにしているが、マオはツンツンとしたままである。そんな顔をしてもダメだという事なのだ。

 しかし、料理の評価は別である。

「むぐっ、なにこれおいしいですわ!」

 マオががつがつと食べている。

 4人そろって頼んだのは、オークカツ丼である。氷魔法で冷凍したオークの肉を使用しているらしい。こんなこじんまりした食堂がそんな技術を持っているとは驚きである。なんでもこれもロロが夢見た世界の技術なのだという。冷凍技術というもので、物を凍らせて腐敗を防ぎ、鮮度を保つというものなのだそうだ。

 その一方で、冷凍状態を解くのもやり方をミスれば素材が台無しだ。その解凍技術も一緒に見たロロには隙は無かった。適切な解凍で肉の状態は冷凍前に復元され、それがこのオークカツ丼へと変身を遂げたのである。

 この冷凍解凍や卵の問題を一人で解決しているなら、ロロも大した魔法の使い手である事は明白だ。卵は腐りやすいし、雑菌の問題がある。ところが、鑑定で見てみても毒性や中毒の問題は見つからず、「安全」と判定されたくらいなのだから。

 しかし、なぜこんな流行らない食堂をしているのか。そこが疑問になるレベルである。いや、この食堂がなぜ流行らないのか、そっちの言い方の方が適切だろうか。

 その肝心のロロは極度の人見知りのために厨房から一切出てこない。この日も結局黙々と厨房で料理を作ったり皿を洗ったりと、ヴァルラたちの前に姿を見せる事はなかった。

 ヴァルラたちが食事を終えそうになった頃の事だった。

「あの、これ。食後のデザートなんですが、ロロ兄がサービスと言ってますのでお召し上がり下さい」

 レリがそう言いながら何かを持ってきた。それは、黄色いぷるんとした物体に、何やら暗褐色の液体が掛かった見慣れないものだった。

「これは?」

「プリンというデザートです。卵と砂糖を使ったものだそうですよ」

 ヴァルラが尋ねると、レリはそう答えた。

「お代はいいのかい?」

「まだ試作段階らしいので、感想だけ欲しいとの事です」

「ふむ、そうか」

 ガラスの器という、これまた高そうな器に盛られたプリンは、シンプルながらに高級感が漂っていた。

「むむ、甘い香りがするのです」

「不思議な食べ物ですね」

 キリーはガラスの器を左右に揺すっている。すると、プリンは左右にプルプルと揺れていた。

「せ、せっかくですし、頂きますわよ」

 マオが待ちきれないようで、スプーンを手に取ってひと口すくって食べた。

「!!」

 口に入れた時の食感と味に、マオは言葉を失った。

「うーん、僕には少し甘すぎですかね。食感はそれほど噛まなくても崩れていくのが新鮮で面白いとは思いますけれど」

「丸呑みなのです」

「ホビィ、少しは味わって食べなさい。試食の意味がないであろう?」

 ホビィが行儀悪く器から口に流し込んでいたので、ヴァルラは注意した。

「あっ、そうなのです」

 でかいウサギがてへぺろしている。

 それにしてもキリーは元少年というか元奴隷というか、そういうところが影響してか甘いものがちょっと苦手なようである。

 逆にお嬢様なマオには好評、ヴァルラも悪くないと感じた。

「うむ、普通に売れる味だと思うが、卵も砂糖も物量が少なくて値が高い。採算を取るとなると庶民向けの設定は厳しいな」

「はい、仰る通りです」

「まぁ出すとするなら、お祝いの席程度といったところか。料理の腕自体はとてもいいから、お兄さんもそれは誇っていいと思うぞ」

「ありがとうございます。伝えておきますね」

 こうしてヴァルラたちは会計を済ませて店を後にした。

 それにしても、来る度に驚かされるこの食堂。どこまでも謎が尽きないのであった。

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