第78話 できる少女

「すまない。例の悪魔がまた来たので、約束通り連れてきたぞ」

 領主邸を訪れるヴァルラたち。そこにはマオの姿があった。

 今回会ったのは昼前だったので、お昼を食べてから訪問している。この時の食事はキリーが作ったのだが、マオはおいしそうに食べていた。悪魔の味覚は人間と変わりはなさそうだった。

 領主邸に向かう間は、マオは外套に身を包んでいた。悪魔の姿はとにかく目立つのだ。領主に目通しするまで、姿を隠す事にしたのである。

 そうしてやって来た領主邸。マオは意外と緊張していない様子だ。

「やぁ、ヴァルラ殿。先日ぶりですね」

「うむ、そうだな」

 領主が立ってヴァルラたちを出迎える。

「この子が話していた悪魔の子だ。ホビィが言うには昼前には来ていたらしいのだが、ちょうど私たちはポーションの納品で出かけていたのでな、お昼を済ませてからの訪問となったのだ」

「なるほどな」

 ヴァルラの説明中も、マニエスはマオの方をじろじろと見ていた。

「領主殿、外套でよく見えないとはいえ、この子は女性なのだが?」

「おおっとこれはすまない。だったらもう私の部屋の中だ。姿を見せてもらって構わないかね」

 マニエスが声を掛けると、マオは外套を脱いで姿を見せる。その姿は先日の襲撃時と同じ服装だった。

「マオ・ハトゥールと申します。スラン領主マニエス様、以後お見知りおきを」

 悪魔とは思えない美しいカーテシーを決めるマオ。親が厳格なのだろうと思わされる瞬間だった。

 ただそれだけではない。黒い角に黒い翼、ちらちらと青く見える黒髪。悪魔特有の浅黒い肌ではあるものの、外見も本当に美しいのである。

「ハトゥール家の者なのですか。という事は、フェレスの街の領主のご息女というわけですね」

「はい、その通りでございます」

 驚きの事実である。キリーを狙った人物は、スランの街からヴァルラの住んでいた森とは別の方向に進んだ所にある、娯楽都市フェレスの領主の身内たちだったのだ。これは驚きでしかなかった。

「なるほど、風変わりな街だとは聞いていましたが、悪魔が治める街だったのですね」

「普段は擬態の魔法を使って人間を装っております。気が付かなくても仕方のない事でございます」

 マオが説明すると、

「では、君も使えるのかね?」

 マニエスが当然のように尋ねる。

「いえ、私は未熟ゆえに使えません。いつもは兄のビラロに掛けてもらっておりました」

 マオは正直に答えた。このマオの態度は、ヴァルラの記憶にある悪魔のイメージとはかなりかけ離れている。そのせいかヴァルラはマオを訝しんで見ている。ただでさえ、先日勢いに任せて襲撃してきたのだから、なおの事当然である。

「そちらのキリーさんも兄が迷惑を掛けたようで、本当に申し訳ありません。自分がしでかした事も含めて、心よりお詫び申し上げます」

 マオは謙虚な態度でキリーに対して深々と頭を下げた。そういえば、お嬢様言葉がすっかり鳴りを潜めている。状況に応じた使い分けができるとは、なかなか頭の良い子のようである。

「本日お伺いしましたのは、両親を説得してヴァルラ様の弟子となる事を認められたためでございます。スランの街でお世話になりますので、領主様にご挨拶をするのは当然の事でございます」

「はははっ、ついでみたいな言い方ですけれど、常識は弁えているようですね。この街は商業都市ですし、もちろん歓迎しますよ」

 マニエスは笑っている。

「しかし、悪魔の事を知らない者が多いとはいえ、その姿は目立つでしょう。ホビィさんが居るとはいえ、どうしましょうかね」

「まあ、その姿を見れば魔物と勘違いする連中は居るだろうからな。どれ……」

 マニエスが困ったような表情をすれば、ヴァルラが動く。ヴァルラが何やら魔法を掛けると、マオの姿が次第に変わっていった。

「こんなものかな。肌の色と角さえどうにかすれば、有翼種と勘違いしてくれるだろう」

「そうですね。有翼種自体はそこそこ存在していますから、これなら目立ちませんね」

 2人の会話に、マオは頭を触ったりくるくると回ったりして、自分の姿を確認する。肌の色は人間っぽくなっているが、翼の色はそのままだった。

「角、角は触った感じあるんですけれど?」

「ああ、不可視化見えなくしただけで、角はあるぞ」

「ええ、見えません」

「見えないのです」

 キリーとホビィもヴァルラの言い分を肯定する。というか、ホビィも居たようだ。よく黙っていたものである。

「そういえば、弟くんはどうしたのかな?」

「あっ、ガットでしたら置いてきました。性格が悪すぎて、両親の許可が下りませんでしたから」

「そうか」

 ヴァルラはちょっと残念そうにしていた。実は言うと、ああいうのを鍛えるのがどうやら楽しみだったようだ。

「と、とにかくヴァルラ様。これからお世話になります」

 マオは頭を深々と下げた。

「ふっふっふっ、ホビィたちの方が先に師匠の弟子になったのです。先輩として崇めるといいのです」

 ここぞとばかりに踏ん反り返るホビィ。

「はい、よろしくお願いします。ホビィ先輩」

「おうふっ、なのです」

 素直すぎるマオの一撃が、ホビィにクリティカルヒットする。

「はははっ、仲がいいのは良い事ですよ」

 マニエスの笑い声が響く。

 こうして無事に、ヴァルラの家に家族が一人増えたのだった。

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