第77話 ホビィは平常運転

 ガットとマオの悪魔姉弟が襲来した翌日は、ヴァルラたちは領主邸に訪問していた。悪魔が来た事を報告するためである。

 先日招かれた時に、いつでも来てくれというような事を言われていたので、その言葉に甘える形である。

 門兵に「領主に会いたい」と伝えるだけで、あっさりと中へと通されるヴァルラたち。そこまで信用されているのはありがたい事である。

 応接室に通されたヴァルラたちは、領主がやって来るのを座って待った。急に押しかけたのだから、待たされても文句は言えない。領主とは忙しい存在なのである。

「すまない、待たせてしまったようだ」

 マニエスが現れた。よほど慌てて来たのだろうか、服が少しよれていた。

「いや、急な訪問をしたこちらが悪い。その様子だと、わざわざ仕事を中断してきたように見える」

 ヴァルラは落ち着いて対応している。

「いやはや、分かってしまいますかな。昨日、正体不明な何かが街に侵入したという報告がありまして、その処理に追われていたのです」

 マニエスが忙しかった理由は、どうやらヴァルラの話と共通点がありそうだ。ピンときたヴァルラは早速話を切り出す。

「多分、それは私たちが報告しに来た事と関係がある」

「ほお、どういった事ですかな?」

「実は、キリーを狙って悪魔が来た」

 ヴァルラが発した言葉に、マニエスは言葉を失った。領主をしているとだけあっていろいろな情報が入ってくるのだが、その中には悪魔の情報もあった。全体的に黒色で占められる悪魔というものは、誰からもいい印象を持たれない存在だという認識がある。それゆえの沈黙なのだ。

「まぁ、私たち3人で簡単に撃退した。なにぶん未熟な子どもだったからな」

「そうですか」

 ヴァルラの撃退という言葉を聞いたマニエスはほっと安心した様子だ。だが、それもすぐに崩れる。

「また来るというような事を言っていたからな。二人揃ってかはどうかは知らないが、いずれ来る事になると思うぞ。領主に挨拶をしたいとも言っていたし、根は悪い子ではなさそうだぞ」

 ヴァルラはマオが言っていた事をそのままマニエスに伝えた。驚愕の表情を浮かべるマニエスだったが、キリーもホビィも同じように思っているのでヴァルラの言葉に黙って頷いていた。

「君たちはどう思うのかな?」

 マニエスが話を振ってきた。

「僕も師匠と同じ意見です。確かに襲ってきた時は身構えましたが、その後の態度を見ていたら悪い子には思えませんでした」

「あの子たち弱すぎなのです。準備運動にもならなかったのです」

「ホビィ……」

 キリーとホビィがそれぞれに答えるが、ホビィの感想にヴァルラは困惑顔だった。

「とりあえず、先日の悪魔が来たら、すぐにこちらに伺う事にする。領主殿は普段通りにしていてくれ」

 ヴァルラがそう伝えると、

「そうだな。正直我々では悪魔は手に負えないでしょう。ヴァルラ殿、頼みましたぞ」

 領主は少し悩んだのか、間を置いてヴァルラに任せる事にした。

 これは仕方ない話である。悪魔は身体能力こそ人間とあまり差はないが、魔法の技能は人間よりはるかに高い。それこそ魔法が得意な種族であるエルフに次ぐレベルだ。ただ、エルフとは別方向に魔法の適性が高く、とくに精神に作用する魔法はエルフをも凌ぐ。悪魔が嫌われるのは、容姿だけではなくその魔法適性も理由なのだ。

 何はどうあれ、領主に悪魔の事を報告したヴァルラたちは、領主邸を後にした。


 それから7日ほど経過した日の事。

 ヴァルラの家の玄関を叩く音が聞こえてきた。しかし、ヴァルラとキリーはポーションの納品のために不在。留守番をしていたホビィが対応するしかなかった。

「はいはい、誰なのです」

 玄関を開けると、そこに立っていたのはマオ一人だった。

「うげっ、ガットを蹴り倒したウサギ……」

「うげっ、とは失礼なのです。悪魔が何の用なのです。用件次第じゃ蹴り飛ばすのです」

 ホビィが足を上げて構える。マオは顔面を青くして慌てて用件を話し始めた。

「ヴァルラ様に弟子入りをしたいのですわ。私の両親からも言伝を預かってきていますし、ヴァルラ様に会わせて頂けませんか?」

 涙目になったマオは少し早口になっていた。しかし、ホビィはそれをちゃんと聞きとっていた。

「師匠はご主人様と出かけているのです。戻るのはいつになるか分からないのです」

「そ、そうなのですか」

 ホビィの返答に、マオはしょんぼりする。しかし、これで引き下がるわけにはいかなかった。

「分かりましたわ。ですが、私も戻るわけには参りません。お帰りになるまで待たせて頂いても構いませんかしら」

 マオの決意を秘めた申し出に、ホビィは正直困った。こういうのは勝手に判断できないのである。その様子を見たマオは、押し切るためにさらに申し出をする。

「他人様の家の物を勝手に触るわけには参りませんものね。でしたら、ウサギさんの仕事をお手伝いさせて頂くというわけには参りませんか?」

「そういう事なら構わないのです。ホビィも話し相手が欲しかったのです」

 ホビィの許可を取り付けられたマオは、ほっと胸を撫で下ろした。これで両親や兄との約束を果たす足掛かりができたのだ。

 マオはこのまま、ヴァルラとキリーが戻って来るまでの間、ホビィと一緒に畑仕事に精を出す事となった。

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