第76話 家族の会話

「ガット、マオ。どこに行っていた!」

 街に戻った悪魔の双子は、家に帰るなり兄に怒鳴られた。10日間近く勝手に居なくなっていれば当然の結果と言える。

「申し訳ございません、兄さん。例の天の申し子のところに行ってきました」

「なんだと?!」

 不機嫌な顔をしているガットは放っておいて、マオは素直に理由を話した。

「お前たち、よく無事だったな」

 怒ったものの、兄は心配してくれたようで安心した声を漏らしている。だが、マオが安心したのも束の間だった。

「親父とお袋に会ってたっぷり怒られろ。詳しい話はその後で聞く」

「えっ、ちょっと?!」

 兄の発言に、マオから血の気が引いた。

「どれだけ親父たちが心配したと思ってるんだ。私兵たちも疲れ切ってる。自分勝手を反省する事だな」

「兄さんがそれを言う?!」

「お前たちが知らなかっただけだ。俺は親父たちには相談したからな」

 兄はこうだけ言うとさっさと自室に戻った。残されたガットとマオは、この世の終わりのような顔をして両親の元へと向かった。

 結論から言うと、滅茶苦茶怒られた。げんこつは食らうし平手打ちも飛んできた。ただ、両親からそれぞれ一発ずつ2人とも食らっただけである。その後は長々と説教で、マオは反省して聞いていたが、ガットはとても耐えられなさそうに涙目になっていた。

「で、お前たち。言う事はないか?」

 父親の方が凄い鋭い目つきをしている。謝罪と反省を口にしろというのが分かるくらいの圧力である。ガットは圧に屈して「ごめんなさい」と言って泣いていたが、マオはむしろ逆だった。

「勝手に出て行った事は謝りますけれど、私は非常に有意義だったと思います」

「なんだと?」

 マオのあまり反省していない口調に、父親が睨む。

「お父様、お母様。私をスランの街に行かせて下さい。ヴァルラという方、あの方こそ師と仰ぐにふさわしいです」

「ヴァルラ……だと?!」

 マオがヴァルラの名前を出した途端に、父親も母親も見るからにうろたえた。

「まさか、あのヴァルラだというのか?」

 両親は揃ってぶつぶつと呟いている。過去に何かあったのだろうか。

 しばらく両親は悩んだようだったが、再びマオに向き直った。

「……分かった。スランの街に行く許可を出そう。そのヴァルラという人物にあったらこれを渡してくれ」

 父親はそう言って、何やら手紙らしきものを出した。

「手紙?」

「そうだ。これを見せれば話は通ると思う。ただし、お前は絶対に見るな、いいな?」

「は、はい。分かりました……」

 訳も分からず手紙を渡されるマオ。それにしても、一瞬で手紙をしたためるとはさすが悪魔である。

「ガット、お前は駄目だからな。俺がたっぷり鍛えてやる」

「は、はい……」

 父親がガットに視線を向けると、それはもう震えて小さくなっていた。

「で、お前たちはどうして勝手に家を出て行った。理由を聞かせてもらおう」

「はい、分かりました。実は……」

 ここでようやく父親が理由を聞いてきたので、マオはすべてを正直に話した。それを聞いた両親は、話を聞きながらなにやら考え込んでしまった。

「そこまであっさりだったのね。ちゃんと教えてきたつもりだったけれど、甘やかしちゃったかしらね」

「そうだな。もしかしたら、ビラロはあの通り厳しい性格になってしまった反動かも知れんな」

 両親は子育ての難しさを痛感しているようである。こういうのは人間も悪魔も関係ないようだ。

「それにしても天の申し子の疑いのある人物か」

「はい。兄さんが返り討ちに遭ったという少女も見てきました」

「そうか。ならば、ついでにその少女も見張ってこい。危険だと思ったらすぐに連絡するんだぞ、分かったな?」

「はい!」

 これで無事にマオだけは両親から解放された。ガットは生意気な態度が響いて、そのまま説教継続である。泣きそうな顔をしていたが、こればかりは仕方がない話だった。

 両親から解放されたマオは、兄のビラロの部屋に向かった。

「兄さん、入りますわよ」

「マオか。ガットはどうした」

「ガットはお父様たちの説教が継続中ですわよ」

「そうか、入れ」

 マオは部屋に入る。

「兄さん、私、スランの街に行く許可が下りましたわ」

「そうか。天の申し子の監視か」

「ええ。それとヴァルラさんの下で修業する事になりましたわ」

「……」

 ビラロは黙り込んだ。

 悪魔はなにぶん姿が目立つ。ビラロも行商人に偽装して出入りをした事があるが、基本的に人間は他種族への当たりはきつい。妹を送り出すのは不安なのだろう。

「心配ありませんわ。あそこには立って歩くウサギが居ますでしょう? 私に敵意が無いと分かれば受け入れてもらえると思いますわ」

 マオの考えはまだ甘い。ビラロはそう思った。

 確かに、普通の人間とは違う人型の生物が居れば、自分たち悪魔も受け入れてもらえる可能性は出てくる。だが、今に至るまでの経緯を考えるとそう甘い話ではないのだ。両親から厳しく育てられたビラロは、妹は甘いと考えたのである。

 だが、マオは行く気満々でいるので、ビラロも止める気はなかった。

「早々に泣いて戻ってきても知らんからな」

「そんなに弱くはありませんわ!」

「そうか、頑張ってこい」

 こうして、弟のガット以外に認められる形で、マオはヴァルラに弟子入りする方向に決まったのである。

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