第75話 マオとガット
いろいろあって、悪魔を家に迎え入れたヴァルラだった。まずは2人から事情を聞くべくして、ガットが目を覚ますのを待った。
だが、ホップラビットの脚力から繰り出された踵落としは強力すぎて、目が覚めるまでは時間が掛かりそうだった。なので、まずはマオからだけでも説明を聞く事にした。
「うわぁ、これはおいしそうなお菓子ですわぁ……」
目の前に並べられたクッキーなどを見て、マオは目を輝かせていた。悪魔とはいえ、やはり女の子はこういう物に目がないのかも知れない。
「私とキリーでたくさん用意していたからな。正直私たちだけでは食べ切れなかったかも知れないから、遠慮なく食べていいぞ」
目を輝かせるマオに、ヴァルラは小さく笑いながらお菓子を勧めた。
目の前にはケーキもある。しかしながら、ホビィが大食らいだとはいっても正直作り過ぎたと思っていた。
「食べながらで構わない。君たちの事とお兄さんの事、それとキリーを天の申し子だと決めつけた理由を聞かせてもらえるかな?」
ヴァルラが優しく微笑んではいるものの、瞳の奥が笑っていない。自慢の弟子で可愛いキリーを傷つけようとしたのだから、怒っていても仕方ないのである。
マオはそのヴァルラの威圧をひしひしと感じている。よく見れば肩が震えているのだ。悪魔でも怖がるという感情はあるようだ。
そのまましばらく黙っていたマオだが、観念してぽつりぽつりと話し始めた。
先日、「天の申し子を見つけた」とか言って飛び出していった兄だったが、悔しそうな顔をして街に戻ってきた。悪魔たちは素性を隠して別の街に住んでいるそうだ。
気になったガットとマオの2人は、兄にその理由を確認する。すると、天の申し子に返り討ちに遭ったという。よく見れば怪我の一つもないのに、2人は兄がコケにされたと思って家を飛び出し、今に至るのだという。
……実に短絡的で感情的な行動である。
この事情にヴァルラは呆れたものの、ヴァルラの持つイメージでは悪魔も魔法には長けた種族のはずだった。それがどうだろう。ガットとマオの2人の魔法は使い方がまったくなっていなかったのだ。威力の伴わない派手なだけの魔法といい、2人で同時に魔法を使おうとしたあたり、知識はあるようだ。だが、決定的に魔法を扱いきれていない。その結果がこのざまである。
「……まぁ事情は分かった。キリーの能力は確かに高い。しかし、キリーを取り巻く状況を鑑みるに、天の申し子であるとは考えにくい」
ヴァルラはそう言って、マオにキリーの身の上を話した。もちろん、キリーに同意を得てからである。
それを聞き終わったマオは、驚いた顔でキリーを見ていた。想像できないような過去を背負っていたためだ。
メイドの姿をした少女が、元少年で孤児で奴隷という情報の大洪水なのだ。驚くなという方が無理なのである。
「分かりました。ガットは私の方から説得致しますわ」
マオはそう言って、キリーに頭を下げた。謝罪の意味も込めているのだ。
平穏に話がついたというのに、ガットはまだ気を失ったままである。さすがに心配になってきたので、家に余っている治癒ポーションをぶっかけておいた。気を失っている状態で飲ませるのは危険だからである。
それから数分待つと、急に大声を上げてガットは目を覚ました。その慌てる様子に、マオも思いっきり笑っていた。
目を覚ましたガットはキリーに散々怒鳴っていたが、マオにげんこつ一発食らった上で散々説教を食らい、顔を青くしておとなしくなった。やんちゃ坊主とはだいたいこんなものなのかも知れない。
話を聞いているうちにすっかり夜になってしまったので、この日は休む事になった。
「本当に急に押しかけてしまい、申し訳ございませんでした。一度街に戻って、兄さんに報告したらまた来ようと思います。こちらの領主様には、その時にご挨拶させて頂きますわ」
翌日の朝食後、すっかりお淑やかな状態になったマオは丁寧に挨拶をしている。頭に血が上っていなければ、普通のお嬢様のような振る舞いのようだ。
「けっ、天の申し子の居る所になんかもう来ねえよ」
「ガット!」
悪びれた口を利くガットに、マオのげんこつが再び炸裂した。頭にたんこぶを作って、ガットはその場にしゃがみ込んだ。その姿に、蹴りを入れようとしていたホビィが固まっていた。
「本当に弟が重ね重ね申し訳ございません」
マオがまた頭を下げている。というか、マオが姉でガットが弟になるらしい。ちなみに2人が双子である事は、ヴァルラたちはすでに聞いている。
こうやって見ていると、マオも頭に血が上りやすいところがあるが、落ち着いていれば常識人のようである。悪魔にしては珍しいタイプと言えよう。いや、詳しくは知らないのだが。神に反発する種族だから悪魔と呼ばれているだけで、マオのような性格の持ち主は多いのかも知れない。……ヴァルラの好奇心が刺激される。
「兄さんにも謝っておきませんとね。書置きはしてきましたが、勝手に出てきたので心配しておられるかも知れませんもの」
腕組みをして悩むマオだったが、すぐに姿勢をまっすぐに戻した。
「それではごきげんよう。またお会いできる事を楽しみにしておりますわ」
カーテシーをしたマオは、ガットの手を引いてそのまま空へと飛び去って行った。
何と言うか、嵐のような二人だった。
こうして嵐は過ぎ去り、ヴァルラたちには再びのんびりした日々が戻ったのである。
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