第74話 悪魔の急襲

 部屋でくつろいでいるヴァルラたちだったが、急にキリーが何かを感じたようで、顔を険しくする。

「どうした、キリー」

 当然ながらヴァルラが問い掛ける。

「この間の悪魔に似た感じの気配が近付いてきてます」

 険しい顔のまま、キリーはぽつりとそう答えた。ヴァルラが感知魔法を展開すると、確かにスランに向かって妙な魔力が2つ近付いてきていた。

「ふむ。確かに何か近付いてきてるな。どうする、キリー」

「どうするも、僕の狙うなら懲らしめてあげるだけです」

 ヴァルラがキリーに確認すると、キリーにしては珍しく、眉間にしわを寄せて不機嫌な顔をし続けている。よっぽどこの間の事は頭に来ているようだった。

「ふむ。だが、街は壊さないでおくれよ。直せるには直せるが、できればやりたくないからな」

「ん-、僕もそれはしたくないですが、相手次第だと思います」

 キリーは首を捻っていた。

「ご主人様を狙う奴なら、ホビィも懲らしめるのを手伝うのです」

 ようやく反応したホビィは、腕をぐるぐる回しながらなぜか嬉しそうに話している。キリーの役に立てそうだからだろう。それにしても、思った以上に攻撃的な姿勢が目立つ。これも魔物が故なのだろうか。

 その後も、少しずつヴァルラの家に妙な魔力の気配が近付いてきている。さすがのヴァルラも、この状況に家を出て庭へと立った。キリーとホビィもそれについて出てきた。

「来るぞ」

 ヴァルラがそう喋った瞬間、空から挨拶代わりの魔法弾が降ってきた。

「ふむ、威力が甘いな」

 ヴァルラが迎撃の魔法弾を放って相殺する。飛んできた魔法弾の威力は大した事がなかったようだ。空中には魔法弾がぶつかり合った事で、魔力煙が発生していた。

「くそっ、さすが兄さんを追い払っただけの事はあるなっ!」

 どういうわけか、追撃ではなく声が飛んできた。だが、ヴァルラは構えを解かない。完全に敵を無力化するまで警戒を解かないのは基本だからだ。

 魔力煙が晴れて、攻撃を仕掛けてきた張本人が現れた。そこに居たのは浅黒い肌に黒い角と翼を持つ少年と少女だった。

「おやおや、悪魔とはいえ子どもか。正直、殺すのは可哀想だが、そっちがやるというのなら手加減はせぬぞ?」

 ヴァルラの瞳が鋭くなる。これでも昔は冒険者だったのだから、その時の感覚が戻ったのだろう。そのヴァルラの目つきに、悪魔の子どもたちは少し怯んだ。

「ガット、この人は手強いわよ」

「マオ、分かってる」

 ガットとマオ、これが2人の名前のようである。安易に人前で名前を言うのは危険だと指摘したくなるヴァルラ。やれやれ、キリーとの生活で随分と甘くなったようである。

 ヴァルラが眺めていると、2人は何やら話し合っている。敵と定めている相手の目の前で無防備にしているとは、この2人は戦闘慣れしていないようだ。だが、ヴァルラたちはその様子を何もしないで眺めていた。わざと無防備にして攻め込ませる奴も居たから、一応警戒しているのである。

 だが、それも杞憂だった。

 2人はヴァルラたちに向き直ると、2人で協力して魔法を放とうとしていた。もはや隙だらけでヴァルラも言葉を失っていた。

「ほいっ」

 ヴァルラがそうとだけ言って魔法を放つと、2人が溜め込んだ魔力があっさりと霧散した。何が起きたのか2人はまったく分からずに、目を白黒させた。

「やれやれ、魔力の使い方も戦いの仕方もなっておらんな」

 ヴァルラがこう言うと同時だった。

「ほーい!」

 ホビィが飛び上がって、ガットに踵落としを決めていた。

「ガット?!」

「他人の心配をしている場合ですか?」

 驚いたマオにキリーが飛び掛かっていた。風魔法を使って、空を飛んでいるマオにしがみつくと、そのまま地上まで引きずりおろした。

 こうして、勢いに任せてやって来た悪魔の2人は、あっさりと捕まってしまったのである。

「さて、どうしたものか」

 ガットとマオの2人を前に、ヴァルラはちょっと困っていた。ヴァルラの家が街の壁からそれほど遠くないとあって街の方は騒ぎにはなっていないが、この2人は街への侵入者である。冒険者ギルドか領主に突き出すのはやむを得ない話なのである。

 ちなみにガットは完全に伸びていて、マオはヴァルラたちを睨んでいた。

「まぁそう睨むんじゃない。兄さんとか言っていたが、キリーを襲った悪魔は、君たちのお兄さんという事だな?」

 この問い掛けに、マオは頬を膨らませてそっぽを向いた。答えてはいないが、これは間違いないという事だろう。

「まぁ答えたくないのは分かる。しかし、君たちは未熟すぎる。こうやって来た事は、お兄さんの足を引っ張る事だとは思わんかね?」

 こう言われて、マオは表情が崩れて視線を落とした。

「し、仕方ないじゃないの。私たちは兄さんとは違って未熟な悪魔ですもの」

 マオが涙を浮かべている。悔しいのだろう。だが、ヴァルラは遠慮はしない。

「やれやれ、殺す気が失せたぞ。キリーに危害を加えるなら排除するつもりだったが、未熟すぎて鍛えたくなったわい」

「師匠、本気ですか?」

 キリーとホビィが驚いている。

「うむ、本気だ。私は正直言って、神とか天の申し子とかどうでもいいしな。むしろ、才能があるのにくすぶっている方が許せんのだ」

 ヴァルラはしれっと言い切った。

「キリーたちの気持ち次第だが、どうする?」

 こう聞かれたキリーは少し悩んではいたが、最終的にヴァルラの決定に従う事に決めたのだった。

「というわけだ。お前たち2人も私の弟子として迎え入れよう」

「うっ、不本意だけど、よろしくお願いします」

 悪魔としてのプライドか、不満そうな顔していたマオだったが、生き残りたいので仕方なくその提案を受け入れた。

 ガットは伸びたままではあったが、こうしてヴァルラの家に新たな家族が加わったのだった。

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