第73話 平穏は長くないかも知れない
キリーに悪魔の罠が仕掛けられてから数日が経った。
「アレーケ草の生育状況は良さそうだな。これなら近いうちに中級ポーションが作れるな」
特に悪魔がやって来るという事もなく、実に平和な日々が続いている。
ヴァルラはキリーが持ち帰ったアレーケ草を使い、増産体制に入っていた。育成促進魔法を使い、アレーケ草の株増しを絶賛実行中である。
中級ポーションは実に治癒能力がかなり高いポーションである。少し時間は掛かるものの、通常品質ですら欠損部位の再生を行えてしまうという高級品である。強い魔物が住む地域や迷宮へ向かう冒険者なら、ほぼ確実に持っておきたい一品なのだ。値段は下級ポーションの10倍にも及ぶし、品質が向上すると倍々で跳ね上がるので正直手が出しにくく、その所持は一流冒険者の仲間入りと言っても過言ではないほどだった。
ちなみに、エーリ草を使う上級ポーションは死んでなければ完全とは言わないまでも回復できてしまうし、その最優良品質となれば、死者蘇生もできてしまうんじゃないかと噂されている。まぁ作れる錬金術師は居ないし、魔物がごくごく稀に落とす上級ポーションは通常品質固定なので誰にも分からない事なのだ。
さて、キリーが悪魔の襲撃を受けた事もあって、ここ最近は冒険者ギルドの依頼をこなす事なく、畑仕事とポーション作製で時間を潰している。
今もホビィがヴァルラと一緒に畑仕事をしており、キリーは家の中で各種ポーションの作製をこなしている。商業ギルドだけではなく、領主からもポーションの納品依頼が入っているので、かなりたくさん作っておいても問題は無い。ポーションは製作者の腕次第では永久に劣化しない物だって作れるのだ。冒険者の数は多いし、兵士や住民たちもケガや病気をするので、ポーションはいくらあってもいいのである。
「師匠、薬草栽培は順調なのです?」
ヴァルラがアレーケ草の様子を見ていると、畑仕事が一段落したホビィがやって来た。ホビィはキリーの影響で、ヴァルラの事を師匠と呼んでいる。ホビィはホップラビットであるので、草に関してはそこそこ知識を持ってはいるが、やはり長年を生きるヴァルラには敵わなかった。なので、師匠と呼ぶのも間違ってはいないのだ。
「ああ、アレーケ草に関する情報は持っていたしな。実践してみたが、情報は間違っていなかったよ。さすがはエルフといったところか」
ヴァルラがエルフと呼ばれる種族と知り合ったのは、200年以上前の冒険者時代の事だ。エルフを独占しようと画策した人物との戦いの最中であった。森の民ともいわれるエルフは植物や薬学に精通しており、ヴァルラの持つ錬金術の類もその時に学んだのである。もちろん、アレーケ草やエーリ草などの情報もその時に詳しく学んだ。その知識が今こうやって役に立っているのである。
「エルフなのですか。ホビィも会ってみたいのです」
「エルフは自然を愛する種族と言われているから、ホビィも会えなくはないと思うぞ」
ヴァルラにこう言われると、ホビィは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。こうやって飛び跳ねる仕草がすぐに出るあたり、ホビィがウサギだという証左なのだろう。まぁ見た目もウサギなのだが。
「さて、作業が落ち着いたから、家に入っておやつにしようか。キリーも作業を終わらせているだろうからな」
「分かりましたのです」
念のために畑に防護魔法を張ると、ヴァルラはホビィと一緒に家の中へと入っていった。
その頃、スランの街には怪しい2つの影が迫ってきていた。
「あそこに、兄さんを追い詰めた天の申し子が居ますのね」
「うん、間違いない。戻ってきた兄さんが散々喚いていたからね」
2つの影は、浅黒い肌に漆黒の角と翼を持つ小さな影だった。特徴からすると2人は悪魔のようで、男女のペアのようである。
その姿はよく見ると、キリーくらいの年齢のようにも見える。二人ともキリーと似たような銀髪を持つが、黒っぽい感じの色である。ちなみにキリーは青っぽい色である。
少年の方は、活発そうな外見をしている。髪は短く逆立った感じで、服は袖の無いジャケットのような見た目をしていて、ショートパンツを穿いている。
少女の方は、見るからにお嬢様といった感じだろうか。肌の露出は控えめだが、背中だけはなぜか大きく開いているドレスである。足首丈のロングスカートの中は暗い紺色のタイツである。この世界ではニーハイ、サイハイは一般的ではないのであしからず。髪の毛はサイドテールを三つ編みにしていて、その長さは肩ほどまで。ほどけば腰まではある感じだ。
靴は男女差はあるもののお揃いのデザイン。おそらく双子なのだろう。
「俺たちで兄さんの仇を取ろう」
「そうですわね。私たちにとって、天の申し子は危険な存在ですものね」
2人は向かい合って頷くと、スランの街へと向けて移動を始める。
そうとは知らずに、キリーはヴァルラとホビィと一緒に紅茶を飲みながらお菓子を味わっている。
スランの街へと近付く不穏な影。それが出会う時はすぐそこまで迫っていた。
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